最低人気のアーサー
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
同じく電子コミックアプリの『マンガワン』でも後追い連載が始まりました。
メインレース、シーザリオステークスが始まる。
超満員の観客たちが、本馬場で返し馬する各馬に熱い声援を送っている。
いや、本ダウチョ場で返しダウチョする各ダウチョか。
ややこしい上に長い。
音響魔法による解説者の声がスタンドに鳴り響く。
「豪華メンバーが集いました、今年のシーザリオステークス! 大本命の三冠馬ディープコンパクト、女傑アスタラビスタ、ダービーダウチョのクサビ、マイル王モールス、長距離王者ワラサマックイーン……おおっと、今年は飛び入りで女性騎手が参加しています!」
場内の視線が一頭のダウチョに注がれる。
最低人気のアーサー、それに跨がっているのは我が姉、軍場真夜である。
「アーサーは乗り替わりでマヤ騎手が鞍上に!」
ひときわ大きくなる歓声。
女性騎手というのは珍しいのだろう、観客らの声に熱が帯びている。
その様子を外ラチ沿いで見守る俺、調教師、そしてジークさん。
「ほ、本当にダウチョに乗れるのか? お前さんの姉? 急に乗せてくれと直訴してきたが……」
老齢の調教師が戸惑いながら俺に問う。
そう、アーサーに乗ってレースに出ると言ったのは、マヤ姉自身であった。
「い、いや、乗るどころか、ダウチョ自体見るのは今日が初めてのはずですけど……」
もっと言えば、現実世界でも馬にすら乗ったことがないはずだが。
「初騎乗、最低人気……アサヒくんには悪いけど、買える要素が1マニーもないなぁ……」
そうジークさんが呟く。その後すぐに、自分が買った羽券を握りしめながら高らかに叫ぶ。
「このレースは大本命がいる銀行レース! 今日の儲けも含めた全財産をディープコンパクトの単勝にぶっこんで、手堅く増やぁす!!」
目がギャンブラーのそれである。怪しく光っている。
この人、ホントに大丈夫?
「じゃ、じゃあ俺は応援の意味を込めて、マヤ姉の単勝に100マニー……」
「よしよし、いい子だ。お前の真の力、見せてくれ」
カッカと入れ込んで口角泡を飛ばしているアーサーに、マヤ姉は優しく声を掛けた。
スターター役の魔道士が魔法陣を展開させ、空に向けて花火のような魔法を放つ。
ひゅるひゅるひゅると上がったその火種が、空中でパアアンと鳴り響く。
その合図と共に、一斉にダウチョたちが走り出した。
「まずハナを切るのはナンゴクブラック、それを見るように二番手にユズハヤヒデ、ワラサマックイーン。二番人気のアスタラビスタは中段より後方。並ぶようにシンガリクリスエス、ピーナッツアイ。そして大本命のディープコンパクトは後方三番手、ここです、ここにいます!」
先頭から順に実況が名前を挙げていくが、アーサーの名は一向に呼ばれない。それもそのはずだ。
「一頭ポツンと最後方! ダウチョ群から離されている最低人気のアーサー!」
アーサーはまったくついていけてなかった。
「やっぱり駄ダウチョだなぁ、アーサーは」
「買わなくてよかったぁ」
「見所あるのは、乗ってる姉ちゃんのエロい身体くらいだな」
観客らの心ない声が聞こえてきて、ムッと不快感を覚える。
「よしよし……! ディープ、絶好の手応えだ……そのまま上がってこい! 家賃まで突っ込んだんだぞ!?」
なんかもうジークさん、可愛げすら感じてきたぞ。
鞍上のマヤ姉が小声でアーサーに呟く。
「どうした、アーサー? ……そうか、この乗り方では力を発揮できないんだな? 現実世界の競馬では……そうだ、ジョッキーたちは”こう”乗っていたな」
マヤ姉が鞍に乗せていたお尻を浮かす。
「マヤ騎手!? なんだあの乗り方はー!?」
実況が驚きの声を上げる。観客も皆一様に驚いている。俺の隣にいるジークさんも、同じく。
「あ、あの乗り方は……!」
俺は、俺だけは、その乗り方に見覚えがあった。
「モンキー乗り!!」
それは鞍に腰を下ろさず、中腰で前傾姿勢を保つサラブレッドの一般的な騎乗法である。
つまりは競馬の騎手と同じ乗り方だ。常人が真似したら足腰が死ぬ乗り方。
他の騎手らは鞍に座る、いわゆる乗馬の乗り方をしているため、モンキー乗りはとても奇抜に映る。
「ははは! なんだよ、あのおかしな乗り方はー?」
「ケツなんて突き出して、サービスショットか? ねえちゃーん!」
観客らが、その見覚えのない奇異な乗り方に対し、心ない声を飛ばす。
「もうムチャクチャだー!」
そう叫んで、調教師は頭を抱えた。
最初に異変に気付いたのはジークさんだった。
「い、いや……どんどん加速している……? なんだこの人馬一体ならぬ、人ダウチョ一体の乗り方……!?」
ジークさんが言うように、アーサーはグングン加速していき、一頭、また一頭と抜き去りながらマクっていった。
並ぶ間もなく抜かれていったダウチョの騎手らは、皆驚いたような顔をしている。
最低人気のアーサーに抜かれた驚きと、そしてマヤ姉の乗り方に対する驚きであろう。
最後の直線に入る。
先頭は大本命のディープコンパクトだ。
その後ろから猛追するのは、マヤ姉とアーサー。
「先頭はディープ! ディープコンパクト! 後続を5ダウチョ分離して先頭だ! しかし最低人気のアーサーが凄い勢いで迫ってくる! ディープか、アーサーか、ディープか、アーサーか」
残り100メートル、50メートル、10メートル。
「アーサーだぁぁぁ! まさかの大波乱! シーザリオステークスを制したのは最低人気のアーサー!」
ディープコンパクトをアタマ差かわして、アーサーが勝利した。
「やったぁぁぁ! マヤ姉、やった!」
外れ羽券の吹雪が宙を舞う中、マヤ姉がこちらへ向けて拳をグッと突き出した。
我が姉ながらなんてカッコいい姿か。異世界版武豊と心の中で呼ばせてもらおう。
左隣を見ると、調教師が泣きながら喜んでいた。
右隣を見ると……あれ、いない?
あ、いや、地面にいた。ジークさんが泡を吹きながら失神していた。
そういやこの人、ディープコンパクトの単勝に全財産ぶっこんだったんだな……ご愁傷様です。
メインレース後にもまだ最終レースがあったようだが、俺たち姉弟は帰路についた。
「めちゃくちゃ格好良かったよ、マヤ姉!」
「ふふ、ありがとう。アーサーの殺処分も取り消されたようでホッとしたよ」
「100マニーが一気に12000マニーになったし、これでしばらくは家計も安心だよ。ダウチョレースを教えてくれたジークさんには感謝しないと」
本人は破産したが。
「それにしてもアーサーの乗り心地は良かった……ああ、楽しかったな」
「羨ましいな」
俺もダウチョに乗って風を感じてみたいものだ。
「!!」
そんな俺の言葉によって、マヤ姉の目がカッと見開かれる。
マヤ姉が後ろから俺に抱きつき、のし掛かってきた。
その、胸が背中に当たって……いや、乗っかってるんですが。
「羨ましいだって!? よーし、じゃあお姉ちゃん朝陽にも乗っかっちゃうぞー!」
「ちげぇぇぇ! 俺もダウチョに乗りたかったって意味だからぁぁぁ!!」
☆
一方その頃、ジークフリートは質屋へと向かっていた。
「質屋! このコートを買い取ってくれ!!」
ジークフリートは自身が2万マニーで購入したコートを、質屋へと出していた。
「い、いいのかい旦那? 新品じゃないか、この破邪のコート……」
「ああ、構わないよ!」
コートを売って得た銭袋を担ぎながら、質屋から出る。
「このお金を元手に、最終レース勝負だ……! うははは、負け分を取り戻すぞー!」
典型的な破滅型ギャンブラーである。
酒の次はギャンブルに溺れていくジークフリート。
果たして、彼が再び表舞台に返り咲くことはあるのだろうか?