シーザリオステークス
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
同じく電子コミックアプリの『マンガワン』でも後追い連載が始まりました。
4コーナーを回って直線に入り、16頭ものダウチョたちがゴール板目掛けて駆けてくる。
背に乗った騎手たちは、鞍に座りながら必死に手綱を動かしている。
鳴り響く地響き。羽券片手に声援を送る観客たち。
ダウチョレース場は興奮のるつぼと化していた。
俺も羽券を握りしめながら、応援している馬……じゃなかった。ダウチョの名を叫ぶ。
頼んだぞ、キングヘイポー!
お前に100マニー賭けたんだ!
「逃げるキングヘイポー! 後続との差が詰まってくる! アオゾラスカイがキングヘイポーを交わし先頭に立った! アオゾラスカイ! アオゾラスカイ! しかし外からスペシャルデイリーだ! 並ばない! 並ばない! あっという間に交わした! スペシャルデイリー今1着でゴールイン!!」
「また外したー!」
俺は外れた羽券を、他の客に倣って宙に放り投げる。
「ダメだったか、朝陽」
「うう、難しいなぁ。ダウチョレース」
「よし! 獲った!」
隣で同じくレースを観ていたジークさんが、当たり羽券片手にガッツポーズを見せる。
「ジークさん、よく当たりますね。何か秘訣が?」
そう問うと、ジークさんは目を輝かせながら語り始めた。
「ダウチョレースは血統や展開、騎手、トラックの状態などを参考に予想するものだからね。スペシャルデイリーは父サンデーウェブリだから血統的に左回り2400mがベスト……それに外差しのトラックバイアスがかかっていた。自身の本命だったよ、うん。朝陽くんが買ったキングヘイポーは押し出される形でハナを切ったのが失敗だったね。距離も若干長かったかな。テンが速いし、将来は意外にスプリンターとして大成するかもよ?」
めちゃくちゃ早口かつ長文である。
この人、ドラゴン級の誉れ高き戦士かと思いきや、ただのギャンブラーなのでは……
「次はメインレースのシーザリオステークスだ」
ジークさんがそう言う。
「シーザリオステークス?」
「シーザリオとは、この王国の名だな。その名を冠するということは……」
「ああ、国賓も見に来るビッグレースだよ」
競馬で言うところのダービーとか有馬記念のような大きなレースらしい。
「パドックを見に行こう。出走ダウチョの状態をチェックするのも大切だからね」
俺とマヤ姉とジークさんの3人はパドックへと向かった。
その道すがら、老齢の調教師に手綱を引かれたダウチョと遭遇する。
騎手を乗せていたダウチョだったが、急に暴れて鞍上を振り落としてしまう。
「こら、アーサー!」
調教師のその罵倒に、ピクリと反応する俺とマヤ姉。
一瞬、自分のことを呼ばれたのかと思った。
「この駄ダウチョ! まーた騎手を振り落としやがって!」
「いっつぅ……しこたま腰打ったぁ。センセイ、俺もう乗れませんよう」
ムチを片手に激昂する調教師と、腰を押さえ地面にうずくまる騎手。
ジークさんがこのダウチョについて解説をする。
「問題児アーサーだ。シーザリオステークスに出走するダウチョなんだけど、気性が荒くて調教師もずっと手を焼いてるんだ。それが災いして、近走は二桁着順続き……オッズも最低人気さ」
単勝のオッズを新聞で確認する。120倍……100マニー賭ければ12000マニーになる大穴だ。
しかしどうやら勝ち目のないダウチョのようだ。
口角泡を飛ばしながら暴れるアーサーという名のダウチョを、ジッと見つめるマヤ姉。
「アーサーか……朝陽とシナジーを感じる名前だな。心なしか、顔付きも似ている気がする」
「俺、あんなアホそうなダチョウ顔してる!?」
心外なんですけど。
老齢の調教師が、残念そうに呟く。
「騎手がケガをしたんじゃ出走取り消しだなぁ。成績も頭打ちだし、こりゃもう肉か……」
その言葉を聞き、驚く俺。
「に、肉!? 殺処分されるの、こいつ!?」
「結果を残せないダウチョは食用にされるんだ……厳しい世界さ」
ジークさんが不憫そうな表情をしている。
そういったダウチョを何十何百と見てきたような、そんな悟った表情だ。
「か、可哀想だな、なんか……」
こういう言葉も、きっと甘いのだろうなと思うのだけれど。
俺は隣に立つマヤ姉の顔を見た。
マヤ姉は黙ったままただジッと、アーサーの顔を……いや、瞳を見つめている。
「…………」
「マ、マヤ姉?」
マヤ姉がおもむろにアーサーに近寄る。
「なんだ、嬢ちゃん? 関係者以外はダウチョに近付いちゃいかんぞ」
「レースもまた、生き死にの世界だ。弱き者が淘汰されてしまうのは仕方ない。だが……」
マヤ姉がアーサーの首筋を優しく撫でる。
先ほどまで暴れていたアーサーだったが、マヤ姉が触れた途端、不思議と落ち着きを取り戻した様子である。
「アーサーが落ち着き始めた……!?」
「お、おお!? アーサーが急に静かに……じょ、嬢ちゃん、あんたは一体……?」
その光景には調教師やジークさんも驚いている。
「この子の目はまだ死んでいない」