私が腕を振るってやる
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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「ふう……身体中が熱くなってきたわ」
町娘姿に扮したキルマリアが、手で自分の顔を仰ぎながら上機嫌にそんな台詞を吐く。
テーブルの上には空になったジョッキが3、4個ほど転がっている。
前回からの宴はまだ続いていたのだ。
「陽気でいいな……俺は会計のこと考えて、血の気が引いてるよ」
「ほう、それはちょうどいいわい」
「へ?」
キルマリアは席を立って俺の側まで寄ってくると、いきなり頬と頬をくっつけてきた。
「あひゃ~! 冷たくて気持ちいいわ!」」
「うわっ!? ち、近……頬ずりすんな!!」
「カッカッカ! アサヒも赤くなったー!」
「タ、タチの悪い酔っ払いめ…!」
それから数十分後
テーブルの上には空になったジョッキが無数に転がっている。
「いい気分じゃあ……ぐー……」
キルマリアはイスにもたれかかりながら、寝息を立てている。
「いい気分で結構っすね……俺はダメ姉貴を持った気分だよ」
マヤ姉とはまた違ったベクトルで、弟を振り回す系姉さんだ。
でも、よほど楽しいんだな……人間の暮らしってヤツが。
キルマリアには今まで何度も助けられてきたし、気の済むまで付き合ってやるさ。
そんなことを思っていると、ノイズがかったテレビ映像のように、一瞬キルマリアの姿が歪んで見えた。
「ん? 今なんか、ジジッてなったような……」
自分の目をこすり、もう一度キルマリアの姿を確認する。
キルマリアは魔族の姿に戻っていた。
「うわぁぁぁ!? 魔族の姿に戻ってるぅぅぅ!!」
喉元までそう出かかった驚愕の声を、自分で口を塞いで必死に抑える。
叫んでしまったが最後、店中の人がこちらを向き、キルマリアの姿に驚くことだろう。それを咄嗟に防いだ俺、我ながらナイスである。
などと自画自賛している場合では無い。
酔って眠ったせいで、認識阻害の魔術が途切れたのか!?
魔族がいるってバレたら、町中が大騒ぎになる。
それにキルマリアが楽しんでいる食べ歩きだって、もう出来なくなってしまう。
「…………」
それは、ダメだよな。
幸い、店にいる客はまだ誰もキルマリアの変化に気付いてはいない。
俺がキルマリアを守らなければ。
「追加の注文はいかがですかぁ?」
「!!」
タイミング悪く、店主がこちらにやってくる。
「店主! お会計です!!」
俺は店主に向かって、銭袋を高く放り投げた。
店主の視線が上に向く。
その隙に俺は、キルマリアに抱き付いた。
「『エスケープ』!!」
逃走スキルのエスケープを発動して、俺はキルマリアと共に店外へと脱出した。
人気のない路地裏へと転移した、俺とキルマリア。
「はあ、はあ、か、間一髪だった……!」
「んー? わらわ、いつの間に店外におるん?」
寝ぼけまなこで呑気にそんなことを言うキルマリア。
どうやら自分の姿が魔族のそれになっていることも、気付いていない様子。
ツノ思いっきり出てるんですよ、今のあなた。
「よし、二軒目じゃ! 二軒目行くぞー!」
「おおおい! その格好で表に出るなぁぁぁ!」
二軒目へ向かおうとするキルマリアの下半身にしがみつき、必死に抑え込もうとする。
しかしそこは魔王六将様、俺如きズルズル引きずって前進してしまう。
そのとき、前方から突如現れた人物がキルマリアに水平チョップを食らわし、彼女の直進を止めた。
「ほぐっ!?」
もんどり打って倒れるキルマリア。
魔王軍幹部をチョップひとつで止められる人物など、この世界に一人しかいないだろう。
「私の弟を困らせるな、キルマリア」
「マヤ姉!」
それは我が実姉、マヤ姉であった。
「お、おおう……! よ、酔いが一発で醒める一撃じゃったぞ……!」
「最近やけに朝陽の金遣いが荒いと思っていたが、こんな事情があったとはな」
マヤ姉は一瞬で現在の状況を理解したようだ。
話が早くて助かる。
「飼うのが大変なのに軽々しく餌付けなんてしちゃダメだぞ、朝陽」
「ご、ごめん、マヤ姉」
「わらわを野良犬みたいに言うでないわ!」
トリオ漫才みたいな会話になる。
「十分飲食を楽しんで、もう気が済んだだろう。そろそろ帰れ」
マヤ姉がそう言うと、キルマリアは地面に転がりながら、ジタバタと手足を振って暴れ始めた。
「いやじゃい、いやじゃい! もっと人間の食事を楽しみたいんじゃーい!」
「駄々っ子か、コイツ……!」
マヤ姉が引いている。
非常識が服着て歩いているレベルのマヤ姉を逆に引かせるなんて、たいしたものだぞ。
「仕方ない……私が腕を振るってやる」
俺たちは三人は、軍場宅へと移動した。
台所では、エプロン姿のマヤ姉が黙々と料理を作っている。
俺とキルマリアはリビングに腰掛けながら、その様子を見守っている。
「食べ歩きでわらわの舌はずいぶん肥えたんじゃぞ? シロートの作る家庭料理なんぞで満足できると思わんがのー」
キルマリアはブスッとした表情をしていて、不満げな様子だ。
まだ外でハメを外したかったのだろう。
「まあまあ。マヤ姉の料理は美味しいからさ」
そんなキルマリアをなだめすかす。
マヤ姉が料理を運んできた。
海鮮ペペロンチーノに、パプリカソースを添えた白身魚のソテー。
フレッシュ野菜にチーズを乗せた田舎風サラダに、茄子の挽肉はさみ焼き。
ビールに合いそうなミートボールに、ローズマリー薫るローストチキンまである。
豪華絢爛な食卓である。
「……ごくり」
拗ねた顔をしていたキルマリアも、この料理の数々には思わず生唾を飲んだ模様。
「み、見た目はなかなかじゃな。じゃが、味はどうかな」
ぱくりと一口食べる。
「美味ぃぃぃぃぃぃ!!」
目の錯覚だろうか。
キルマリアが着ていた服が吹き飛び、一糸纏わぬ姿になったかのように見えた。
お色気料理漫画のリアクション芸かな?
「なんという美味さ! コックの作る料理と同等……いや、それ以上! 箸が止まらんぞー!!」
テンション最高潮で、マヤ姉の料理を頬張りまくる。
「がっつくねぇ」
「ここまで褒められたら、私も悪い気はしないな」
そんなキルマリアの様子を、俺たち姉弟は生暖かい目で見守っていた。
後日。
マヤ姉が台所に立ち、いつものように料理を作っている。
「朝陽、昼食が出来たぞ。さあ、手を洗ってきなさ……」
リビングに料理を運んできたマヤ姉が、そこにあった光景に目を丸くする。
それもそうだろう。
「待っておった!」
俺の隣に、ナイフとフォークを持ってヨダレを垂らしている魔王軍幹部がいたのだから。
「何を当たり前のように座っているんだ!? オマエは!!」
「ケチケチするでない、マヤ。二人分作るのも三人分作るのも、手間は変わらんじゃろう?
「そういうのは作る側の私のセリフだ!」
二人のトンデモ姉さん方の口喧嘩を眺めながら、俺はフッと笑みがこぼれた。
「ははっ。ウチの食卓も賑やかになってきたなぁ」