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私が腕を振るってやる

電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。

https://www.sunday-webry.com/detail.php?title_id=1021

「ふう……身体中が熱くなってきたわ」


 町娘姿に扮したキルマリアが、手で自分の顔を仰ぎながら上機嫌にそんな台詞を吐く。

 テーブルの上には空になったジョッキが3、4個ほど転がっている。

 前回からの宴はまだ続いていたのだ。


「陽気でいいな……俺は会計のこと考えて、血の気が引いてるよ」

「ほう、それはちょうどいいわい」

「へ?」

 キルマリアは席を立って俺の側まで寄ってくると、いきなり頬と頬をくっつけてきた。

「あひゃ~! 冷たくて気持ちいいわ!」」

「うわっ!? ち、近……頬ずりすんな!!」

「カッカッカ! アサヒも赤くなったー!」

「タ、タチの悪い酔っ払いめ…!」


 それから数十分後

 テーブルの上には空になったジョッキが無数に転がっている。

「いい気分じゃあ……ぐー……」

 キルマリアはイスにもたれかかりながら、寝息を立てている。

「いい気分で結構っすね……俺はダメ姉貴を持った気分だよ」

 マヤ姉とはまた違ったベクトルで、弟を振り回す系姉さんだ。


 でも、よほど楽しいんだな……人間の暮らしってヤツが。

 キルマリアには今まで何度も助けられてきたし、気の済むまで付き合ってやるさ。


 そんなことを思っていると、ノイズがかったテレビ映像のように、一瞬キルマリアの姿が歪んで見えた。

「ん? 今なんか、ジジッてなったような……」

 自分の目をこすり、もう一度キルマリアの姿を確認する。


 キルマリアは魔族の姿に戻っていた。


「うわぁぁぁ!? 魔族の姿に戻ってるぅぅぅ!!」


 喉元までそう出かかった驚愕の声を、自分で口を塞いで必死に抑える。

 叫んでしまったが最後、店中の人がこちらを向き、キルマリアの姿に驚くことだろう。それを咄嗟に防いだ俺、我ながらナイスである。

 などと自画自賛している場合では無い。

 

 酔って眠ったせいで、認識阻害の魔術が途切れたのか!?

 魔族がいるってバレたら、町中が大騒ぎになる。

 それにキルマリアが楽しんでいる食べ歩きだって、もう出来なくなってしまう。

「…………」

 それは、ダメだよな。

 幸い、店にいる客はまだ誰もキルマリアの変化に気付いてはいない。

 俺がキルマリアを守らなければ。


「追加の注文はいかがですかぁ?」

「!!」

 タイミング悪く、店主がこちらにやってくる。

「店主! お会計です!!」

 俺は店主に向かって、銭袋を高く放り投げた。

 店主の視線が上に向く。

 その隙に俺は、キルマリアに抱き付いた。


「『エスケープ』!!」

 逃走スキルのエスケープを発動して、俺はキルマリアと共に店外へと脱出した。


 人気のない路地裏へと転移した、俺とキルマリア。

「はあ、はあ、か、間一髪だった……!」

「んー? わらわ、いつの間に店外におるん?」

 寝ぼけまなこで呑気にそんなことを言うキルマリア。

 どうやら自分の姿が魔族のそれになっていることも、気付いていない様子。

 ツノ思いっきり出てるんですよ、今のあなた。


「よし、二軒目じゃ! 二軒目行くぞー!」

「おおおい! その格好で表に出るなぁぁぁ!」

 二軒目へ向かおうとするキルマリアの下半身にしがみつき、必死に抑え込もうとする。

 しかしそこは魔王六将様、俺如きズルズル引きずって前進してしまう。


 そのとき、前方から突如現れた人物がキルマリアに水平チョップを食らわし、彼女の直進を止めた。

「ほぐっ!?」

 もんどり打って倒れるキルマリア。

 魔王軍幹部をチョップひとつで止められる人物など、この世界に一人しかいないだろう。


「私の弟を困らせるな、キルマリア」

「マヤ姉!」

 それは我が実姉、マヤ姉であった。


「お、おおう……! よ、酔いが一発で醒める一撃じゃったぞ……!」

「最近やけに朝陽の金遣いが荒いと思っていたが、こんな事情があったとはな」

 マヤ姉は一瞬で現在の状況を理解したようだ。

 話が早くて助かる。

「飼うのが大変なのに軽々しく餌付けなんてしちゃダメだぞ、朝陽」

「ご、ごめん、マヤ姉」

「わらわを野良犬みたいに言うでないわ!」

 トリオ漫才みたいな会話になる。


「十分飲食を楽しんで、もう気が済んだだろう。そろそろ帰れ」

 マヤ姉がそう言うと、キルマリアは地面に転がりながら、ジタバタと手足を振って暴れ始めた。

「いやじゃい、いやじゃい! もっと人間の食事を楽しみたいんじゃーい!」

「駄々っ子か、コイツ……!」

 マヤ姉が引いている。

 非常識が服着て歩いているレベルのマヤ姉を逆に引かせるなんて、たいしたものだぞ。

「仕方ない……私が腕を振るってやる」


 俺たちは三人は、軍場宅へと移動した。

 台所では、エプロン姿のマヤ姉が黙々と料理を作っている。

 俺とキルマリアはリビングに腰掛けながら、その様子を見守っている。

「食べ歩きでわらわの舌はずいぶん肥えたんじゃぞ? シロートの作る家庭料理なんぞで満足できると思わんがのー」

 キルマリアはブスッとした表情をしていて、不満げな様子だ。

 まだ外でハメを外したかったのだろう。

「まあまあ。マヤ姉の料理は美味しいからさ」

 そんなキルマリアをなだめすかす。


 マヤ姉が料理を運んできた。

 海鮮ペペロンチーノに、パプリカソースを添えた白身魚のソテー。

 フレッシュ野菜にチーズを乗せた田舎風サラダに、茄子の挽肉はさみ焼き。

 ビールに合いそうなミートボールに、ローズマリー薫るローストチキンまである。

 豪華絢爛な食卓である。

「……ごくり」

 拗ねた顔をしていたキルマリアも、この料理の数々には思わず生唾を飲んだ模様。


「み、見た目はなかなかじゃな。じゃが、味はどうかな」

 ぱくりと一口食べる。


「美味ぃぃぃぃぃぃ!!」


 目の錯覚だろうか。

 キルマリアが着ていた服が吹き飛び、一糸纏わぬ姿になったかのように見えた。

 お色気料理漫画のリアクション芸かな?


「なんという美味さ! コックの作る料理と同等……いや、それ以上! 箸が止まらんぞー!!」

 テンション最高潮で、マヤ姉の料理を頬張りまくる。

「がっつくねぇ」

「ここまで褒められたら、私も悪い気はしないな」

 そんなキルマリアの様子を、俺たち姉弟は生暖かい目で見守っていた。



 後日。

 マヤ姉が台所に立ち、いつものように料理を作っている。

「朝陽、昼食が出来たぞ。さあ、手を洗ってきなさ……」

 リビングに料理を運んできたマヤ姉が、そこにあった光景に目を丸くする。

 それもそうだろう。

「待っておった!」

 俺の隣に、ナイフとフォークを持ってヨダレを垂らしている魔王軍幹部がいたのだから。


「何を当たり前のように座っているんだ!? オマエは!!」

「ケチケチするでない、マヤ。二人分作るのも三人分作るのも、手間は変わらんじゃろう?

「そういうのは作る側の私のセリフだ!」

 二人のトンデモ姉さん方の口喧嘩を眺めながら、俺はフッと笑みがこぼれた。


「ははっ。ウチの食卓も賑やかになってきたなぁ」

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