悪女に貢がされている
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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「よいしょっと……重い……!」
両手に大荷物を抱え、いつものように冒険者ギルドへと向かう。
俺の姿を見るなり、馴染みのギルド受付嬢ターニャが手を振ってくる。
陰キャに優しい黒ギャル受付嬢は今日も元気そうだ。
「採取クエスト、お疲れ様っす! アサヒくん!」
「はいよ、ターニャ。火の石10個、小妖精の涙10個、ライオン草10個、確認よろしく!」
俺はカウンターに依頼の品を置いた。
鍛冶に使う物、錬金術に使う物、薬の調合に使う物、それぞれの用途があるらしい採取物だ。
「種類も個数もバッチリっす。はい、報酬の600マニー」
ターニャは物品を確認した後、お金の入った銭袋を手渡してきた。
ゲームでは退屈だー水増し要素だーなどとたびたび批判を受けるお使い系クエストだが、実際にやってみればわかる……難易度が低く安全にお金が稼げるお使いクエスト、マジでありがたい。魔物と戦わずにずっとお使いしていたいくらいだ。
「アサヒくん、働き者っすねぇ」
「稼がなきゃいけないからな……他にも手軽に稼げるクエストがあったら頼むよ、ターニャ」
「それはいいけど、家を手に入れて宿代かからなくなったでしょ? なんでそんなに金欠なんすか?」
ターニャが素朴な疑問を口にした。ああ、ごもっともな意見だ。
「……いや、まあ、拠ん所ない事情ってヤツがあってね……」
俺は苦笑いを浮かべながら、ため息をこぼした。
そのとき、ギルドの玄関が勢いよく開き、ツカツカと足音を立てながら何者かが俺に近付いてきた。
拠ん所ない事情様のお出ましだ。
その人物は背後から抱きつきながら、俺の手にあった銭袋をヒョイッと掠め取った。
「金は稼げたかの、アサヒ?」
「キルマリア!」
それはキルマリアであった。
姿は認識阻害の魔術を使って変装した、町娘ファッションである。
突然の登場人物に、俺もターニャも目を丸くしている。
「お、おま……外で待ってろって言っただろう!?」
「遅いから待ちくたびれた。そもそもわらわに命令するのが身の程知らずというものじゃ」
確かに魔王六将が、駆けだし冒険者の俺の命令を聞く義理はないが……
というか、町娘姿で老人口調を使われると怪しさMAXである。
素性隠す気、あります?
「この重み……これだけあれば十分よのう」
銭袋の重みで金額を予想し、ほくそ笑むキルマリア。
「ま、待て待て! 全額使う気か!? 少しは家にも入れないと、我が家の家計が……」
キルマリアは俺の首に手を回してロックすると、そのまま引きずり始めた。
「ケチケチするでない! さあ、行くぞ!」
「ちょ、待っ、ひ、引っ張るなー!」
踵を返し、冒険者ギルドの出口へと向かう。
「…………あ、悪女に貢がされている……!?」
背後から、ターニャのそんな声が聞こえた。
何か壮大な勘違いをされてしまっているようだが、いやしかし悪女に貢がされていると言われれば、そう嘘のない状況でもある。
俺は今、キルマリアのためにお金を稼いでいる。
なぜかって?
それは今いるこの場所、繁華街に理由がある。
キルマリアは顔を上気させ、ヨダレを垂らしながら繁華街にある店を物色している。
その中のひとつの店舗を指差しながら、俺の袖を引っ張る。
「アサヒ! 今日はこの店にしよう!」
「はいはい……」
テーブルに並ぶ料理の山と酒瓶とビールジョッキ。
その光景を目の前に、キルマリアは純真無垢な子供のように瞳を輝かせている。
「いっただっきまーす!!」
喜色満面。
実に良い笑顔で「いただきます」の挨拶をする、魔王軍幹部様。
「うん、美味い! たっぷりと旨味を閉じ込めたハンバーグから肉汁が溢れ出し、とてもジューシーじゃ! ピリリと甘辛いデミグラスソースとの相性もバッチリ! 付け合わせのポテトサラダも絶品じゃ!」
キルマリアはグルメリポーターよろしく味の感想を言いながら、一心不乱に料理をがっつき始めた。
俺はそんなキルマリアの対面の席に座り、その光景を半ば呆れ気味に眺めている。
これが俺の稼ぐ理由。
人間の食事にすっかりハマってしまった、キルマリアのお会計係なのだ。
なにせこの魔王六将様、お金を払うという概念がまるでない。
無銭飲食する気満々で、たらふく飲み食いするのだ。
それを咎められて店側と揉めたりしたら、街ごと吹っ飛ばしかねないからなぁ……だから俺が代わりに支払っているのだ。
「街が破壊される危機を俺が未然に防いでいることを、この店にいる誰も知らないんだ……フッ、歴史に名を残さぬ裏の英雄か。それもまたカッコいいな」
「キメ顔でなに言っとるんじゃ?」
FFタ○ティクスのラ○ザのようなポジションに酔いしれている俺を、冷めた目で見るキルマリア。
正史の裏の英雄とか、ピカレスクヒーローとか、そういう響きに憧れる年頃なんです。放っておいて下さい。
キルマリアはエビの唐揚げをフォークでつまみ、差し出してきた。
「ほれ、アサヒも食べい。美味いぞー?」
「あ、あーんしろってか!?」
「遠慮するでない。あーんじゃ、あーん」
キヒヒとイタズラっぽい笑みを浮かべている。
遠慮というか、そもそも俺の金なんだけど……まあいいか。
俺はパクリとエビの唐揚げを食べた。
「おお、美味いな!」
外はサクサク、中はプリプリで率直に美味しい。
というかエビの褒め方、百発百中でプリプリになる説を提唱したい。
「じゃろ!?」
キルマリアがニカッと満面の笑みを見せる。
その表情に、不覚にも俺は胸が高鳴った。高鳴ってしまった。
こういう顔を見ると、キルマリアが魔族だということを忘れてしまうな……
これはきっと、人間失格の感想だ。