やっちゃってください
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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私をどうか仲間にお加え下さい。
そんなソフィの申し出に、ただただ驚くばかりの俺。
呆気に取られている俺をよそに、ソフィは身振り手振りを交えながら、芝居がかった調子で一人語りをし始めた。
「幼い頃より、神官であったお母様から言い聞かされていました。いつか勇者さまに仕え、救世のお手伝いをするのです……と。その夢を実現するときがきた……そう、きたのです! これはまさに天命!」
なんだろう。
物静かな子かなと思っていたけれど、意外にグイグイ来るな。思い込みも激しそうだ。
しかしヒーラーが加入してくれるなら、こちらとしても大助かりである。
なによりこの子、顔が良い。ハッキリ言って可愛い。美少女だ。
一挙両得というやつである。
「あ、でも他の仲間にも了承を得ないと……」
後ろのテーブルで豪快に料理を頬張っている、我がパーティーのスーパーエースを見る。
「あちらの女性の方ですか?」
「うん、俺の姉」
「まあ! 勇者さまの!」
ソフィはマヤ姉のテーブルへと向かい、笑顔で挨拶をした。
「初めまして! 勇者さまのお姉様! ソフィ=ピースフルと申します!」
そんなソフィを、ギロリと睨み付けるマヤ姉。
まさか、弟に群がる悪い虫と判断して、ソフィをしばき倒すつもりでは!?
テーブルの上にはおあつらえ向きにミートパイが置かれてある……あの熱々のパイをソフィの顔面目がけて投げつける気か!?
「ま、待ったマヤ姉! 落ち着いて話を……」
しかしそんな心配はすぐに杞憂に終わった。
マヤ姉はソフィの肩に手を乗せ、瞳を輝かせた。
「私の弟を勇者と崇めるとは、実に見る目がある! ソフィ!」
「もちろんです!」
俺はずっこけた。
「お、俺を認める人間には寛容なんだな……」
弟に与する者には平和的に接し、敵対する者には地獄の応対をする……実にわかりやすい姉だ。
そのとき、食堂にガラの悪い三人組が入ってきた。
みな身体中に包帯やガーゼが貼り付けており、いかにも怪我人といった見た目である。
その中のリーダー格と思しき男が、ソフィを見かけた瞬間、声を荒げた。
「探したぞ、ソフィ!」
「あ、あなたたちは……!」
ソフィは怯えた表情を見せた。
「ああ、そうだ! お前がいたクラン、漆黒の旅団だ!」
どこかで見たような顔だと思ったら、前回ダンジョンで助けた、食人植物の胃から出てきた3人か。胃液でべったべたになっていたのを、俺たちで外まで運んだのだ。あれはイヤな思い出だった……
「冒険に出るのが初めてのヒーラーだって言うから、パーティーに入れてやったのによう。回復も満足に出来ずにパニクりやがって」
「使えないったらなかったわよ! この小娘!」
「俺たちが全滅したのはお前のせいだ!」
口々にソフィを責める漆黒の旅団。
ゲームでもいるんだよなぁ。全滅したのをヒーラーの立ち回りのせいにするヤツ。
ソフィ、顔を伏せてプルプルと震えているよ。可哀想に。
「……さい……」
ボソリと小さく、ソフィが呟く。
俺と漆黒の旅団の面々は、図らずも同時に「え?」と聞き返した。
「うるさいです! このクソザコパーティー!!」
爆発した。
ソフィは漆黒の旅団の一人一人を指差しながら、マシンガンのような速さで罵り始めた。
「指示も出さずに特攻するしか能がないダメリーダー! 詠唱時間長い割にたいした火力も出せない厚化粧ウィザード! トラップ解除もろくにできないなんちゃってシーフ! あなたたちのような貧弱パーティーに、どうこう言われる筋合いなどありません!!」
欠点を指摘されるたびに、涙目になる漆黒の旅団たち。
「私は入るクランを間違えました! ええ、もう脱退させて頂きます!」
ソフィはぐっと俺の腕を掴んで、前に押し出した。
え、なんなの?
「私には勇者様がいるんです! あなたたちなど、もう用済みなのです!!」
なんだこの子ぉぉぉ!?
清楚キャラかと思ったら、実は腹黒い鬼畜毒舌キャラなんかぁぁぁい!?
いきなり矢面に立たされた俺は顔面蒼白。冷や汗ダラダラである。
「て、てめぇ……黙って聞いてりゃ……!」
「なんてひでえ言い草だ…!」
「二人まとめて痛い目見せてやろうよ! あんたたち!」
ボロカスに扱き下ろされた漆黒の旅団たちが、敵意を剥き出しにしてくる。
っていうか、二人まとめてってしっかり俺まで数に入っちゃってますね。はい。
テーブルをひっくり返すなどして、臨戦態勢だ。
他の客たちは、騒動に巻き込まれまいと次々と店外へと逃げ出していく。
残されたのは軍場姉弟と、漆黒の旅団と、毒舌ヒーラーだけだ。
「さあ! あいつらやっちゃってください、勇者様!」
俺の背中をグイグイ押しながら、ソフィが満面の笑みで三下ムーブをかましてくる。
なにこのトラブルメーカー!?
神官職っぽそうなナリしてるけど、疫病神にでも仕えてらっしゃる!?
こんな状況で戦えば、俺が実はたいして強くないってことが周りにバレてしまう。
それこそソフィにバレたら、どんな悪口雑言を吐かれるか……どうしよう。
そんな風に思案していると、俺の眼前にとある物が降ってきた。
それは食卓に置いてあったコショウの瓶であった。
ビンが割れ、コショウが店内に蔓延する。
「な、なんだ!? コショウ!? はっくしょん!」
「一体誰が……は、は、っくしゅん!」
漆黒の旅団らが次々とクシャミをし始める。
ソフィも鼻をムズムズとさせている。
MK5……マジでクシャミする5秒前だ。
「は……は……は、くちゅん!」
その刹那だった。
マヤ姉は神速の如き速さで動き出すと、ダメリーダーに後ろ回し蹴り、なんちゃってシーフにエルボー、厚化粧ウィザードに当て身を食らわせ、一瞬で昏倒させた。
そして同時に俺をお姫様抱っこして(それとカウンターに料金も置いて)、店外へと脱出した。
この間、わずか5秒ほどである。
「うう…鼻がムズムズしますぅ……あれ!?」
ソフィがクシャミを終え、再び目を開いたときには、すべての事象が終わっていた。
「い、一瞬で3人を倒した……!? さ、さすが勇者さま! あれ、勇者さまは何処に? お姉様もいない……?」
一人食堂に残されたソフィは、きょろきょろと辺りを見渡していた。
俺とマヤ姉は店外へ出てしばらく走った後、ひと息ついた。
「助かったよ、マヤ姉。コショウを利用して、クシャミさせた隙に全員倒すなんてさっすが」
コショウの瓶を投げたのはマヤ姉だったのだ。
「しかし、なぜソフィから逃げた? 仲間になりたがっていたじゃないか」
「いやあの子、まあまあの地雷でしょ!? トラブルメーカー枠! ヘタに関わったら絶対に痛い目に遭う!」
「朝陽を勇者と認める、見る目がある子だと思ったがな」
マヤ姉の覚えが良くても、俺の危険察知レーダーがビンビンなんですよ!
「清楚な癒やし枠かと思ったら、まさかの天然毒舌キャラだったとは……」
俺は頭を抱えながら、溜息をもらした。
「それならもういるじゃないか」
「え?」
それ、とは何の話だろう。
「清楚な癒やし枠」
マヤ姉は”きゃぴるーん”的な効果音が浮かびそうな、きゃわたんポーズを取りながら、媚びるような目でこちらを見てきた。
正直キツいっす。
「…………はっ」
俺は死んだ魚のような目で、乾いた笑いを浮かべた。
「なんだ、その乾いた笑みは!? お姉ちゃんのバブみに癒やされるといい! ほーら、よちよち!」
マヤ姉は俺に抱きつくと、自分の胸へと抱き寄せ、赤ちゃんにでもするようにスリスリし始めた。
「だあああ! ハレンチな肉食女子枠じゃねえかー!!」
スリスリの勢いが強すぎて、摩擦で火が出そうなんですが。
☆
一方その頃、ソフィは朝陽を探して街中を奔走していた。
「はあ、はあ、何処に……」
しかしその瞳には悲壮感は全く無く、希望に充ち満ちた光を宿している。
「ふふふ…! 消えた勇者さまを追え……これも神が与えたもうた試練なのですね!」
他者には情け容赦ない毒を吐くが、自分自身に関してのことはわりかしポジティブなようだ。
「絶対見つけてみせますよ! 勇者さま!」
トラブルメーカーのソフィに見初められてしまった朝陽であった。