朝陽が汚物まみれでも
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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雪兎の短角亭。
首都エピファネイアの街角にある、リーズナブルな値段でお腹いっぱい食べられることで評判の大衆食堂だ。本日も街に住む住人や冒険者らで賑わっている。
我ら軍場姉弟も、今はその喧噪の一部となり昼食を味わっている。
「はあ……もったいないことしたなぁ……」
元気なく、ボソリと呟く。
「まだ引きずっているのか」
暴れビーフのタンシチューを味わいながら、マヤ姉がそう返す。
「朝陽だろう? ダンジョンで救出した彼らを”外に放置しよう”と提案したのは」
彼らとは、前回ダンジョンで救出した漆黒の旅団らのことだ。何度口にしても恥ずかしいな、このムダに仰々しいクラン名。
実際ターニャの話によれば、彼らはいずれもゴブリン級の駆けだし冒険者だったらしい。
冒険者の階級は下から順にラビット、ゴブリン、ナイト、オーガ、ゴーレム、ドラゴン、ゴッドからなる7階級制……ゴブリンは下から2番目のランクだ。
そんな初心者連中が、ダンジョンの財宝に目が眩んで考え無しに特攻し、あえなく失敗したのだ。無様と言う他ない。
まあオーガ級を詐称している俺が偉そうに言えることでもないのだが。
「起きるのを待って街まで誘導してあげれば、報酬が貰えたろうに」
そう。
彼らの救難クエストを受諾し、実際に助けたものの、俺たちは彼らを安全な場所に放置してそのまま帰路についてしまったのだ。つまり、ギルドのクエストを形式上は放棄したことになる。ゆえに、無報酬だったのだ。
しかしこれには海より深い理由がある。
「だって食人植物から吐き出された連中を引きずったせいで、身体中べったべたで異臭もプンプン放ってたんだよ!? そんな姿、あの子に見られたくなかった!」
「なんだ、そんなことを気にしていたのか」
マヤ姉は半ば呆れながらそう言っているが、こちとら思春期男子なのだ。
胃液まみれでくっさいくっさい状態のまま、カワイイ女の子とご対面なんてしとうない。
「せっかくこの世界での正統派ヒロイン枠と出会えたと思ったのに……」
こういう物言いをしてしまうあたり、我ながらどこまでいってもゲーム脳である。
「安心しろ、朝陽」
「?」
なにを安心しろと言うのだろう。
「お姉ちゃんは朝陽が汚物まみれでも構わず愛せるぞ!」
親指をグッと立てながら、爽やかな笑顔で言い切る我が姉。
「愛が重いよ、マヤ姉ぇぇぇ!」
あとゴハン食べてるときに汚物とか言わんでください!
「はあ、はあ、はあ……!」
食堂の扉が開くと、一人の少女が息を切らした様子で入店してきた。
その少女は俺を見かけるなり、大声でこう叫んだ。
「勇者さま! やっとお会いできました!」
プリーストのような格好をし、大きなまん丸帽子を被った小柄な少女。
それは以前街中で知り合い、そして先日ダンジョンで救出したヒーラー、ソフィ=ピースフルその子であった。
「ソフィ!?」
俺は自然と席から立ち上がると、彼女の元へと向かった。
「はい、ソフィ=ピースフルです。ずいぶん探しましたよ、勇者様!」
「ゆ、勇者? それ、俺のこと!?」
自分を指差しながらそう訊くと、彼女はこくりと頷いた。
「もちろん! 巨大な食人植物を倒し、私たちを救ってくれた……その勇姿を目の当たりにして確信しました! あなたこそが私の探し求めていた勇者様だと!」
この子は俺が触手から救った後、すぐに気を失ってしまった。
だからその後の顚末を知らないのだろう。
件の食人植物をワンパンでぶっ倒したのは、今後ろのテーブルでタンシチューを味わっているマヤ姉なんだよなぁ。
とはいえ、勇者と言われるのはそう気分の悪いものではない。
いや、ぶっちゃけ気分爽快。
男の子はみんな、勇者と言われたいものなのだから(たぶん)。
「もしかしてお礼を言いに? いいんだよ、そんな……」
「いいえ、違います」
えっ、違うの。
ソフィは俺の手を握りしめると、そのままグイッと顔を近づけてきた。
大きくてつぶらな瞳がキラキラと輝いている。
やめてくれ。そのガチ恋距離は、女性に耐性無い(姉除く)思春期男子に効く。
「勇者様! 私をどうか仲間にお加えください!」
ソフィのその突然の申し出に、俺はただただ目を丸くした。