二人の愛の巣
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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コミカライズ第1巻が7/10に発売予定です。
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朝、ベッドの上で目覚める。
「知らない天井だ……」
某有名パイロットじみたセリフを呟く。いやでも本当に知らない天井だ。どこだ、ここ。
ああ、そうか……とすぐに自己解決をする。
家に住み着いた悪霊退治のクエストを解決し、その報酬としてこの一軒家を手に入れたんだ。
この家が俺の新しい家、異世界での拠点なんだ、と。
「宿と違って、いつまでも居ていいんだ……二度寝しよっと」
ごろりと寝返りを打つ。
鼻先がぶつかる距離に、ニコニコと微笑むマヤ姉がいた。
「どわああああああ!?」
俺は吃驚し、飛び起きた。
「おはよう、朝陽」
何事もなかったかのように、朝の挨拶をする。
「なな、何してんのマヤ姉!?」
「カワイイ弟の寝顔を見ていたんだ。小一時間ほど」
部屋に忍び込んで、黙ってずっと俺の顔を見ていたのか。なにそれ怖い。
「か、勝手に人の部屋入らないでくれる……!?」
「朝食が出来ているぞ。着替えて下に降りてきなさい」
そう言うと、マヤ姉は俺の部屋をあとにした。
一階のリビングへ向かうと、マヤ姉が作ったであろう朝食が並べられていた。
パンにシチューにサラダにデザート。まるでホテルの朝食のよう。
インスタ映えしそうな光景ではあるが、残念ながらこの世界にはスマホもSNSもない。
「台所で料理など、異世界に来て以来だったからな。張り切ってしまった」
「おお、美味そう!」
俺は素直にそんな感想を言った。
マヤ姉、実は料理も得意なのだ。
現実世界にいた頃は、忙しい両親に変わってよくご飯作ってくれていたりもした。
戦闘方面に能力全振りキャラにありがちな、”実は私生活スキルはポンコツ”というお約束も、マヤ姉には存在しない。家事スキルもなかなかに盤石なのだ。
我が姉ながら完璧超人のように思う。
マイナスがあるとすれば、ブラコンが過ぎることくらいだろう。
その弊害を唯一受けているのが俺だったりもするので、色々と複雑。
テーブルに座って、朝食を食べ始める。
「はふ、はふ」
「はは、急いで食べなくても私の料理は逃げたりしないよ」
マヤ姉が家を眺める。
「しかし良い家を手に入れた……」
「もぐもぐ、うん、そうだね」
パンを頬張りすぎた。スープを飲もう。あ、美味しい。
「これはもうアレだな。二人の愛の巣だな」
ハートマークを出しながら、頭お花畑のようなことを口走る姉。
俺はブーッとスープを吹き出した。
「その表現やめい! 拠点な、拠点! というか、俺たちそもそも血を分けた姉弟だからね!?」
「とは言うがな、朝陽。私はこの世界に来て思った」
マヤ姉が唐突に、真面目に語り出す。
「ここには人だけではなく、妖精、亜人、魔族……多種多様な種族が存在している。生態や営みもそれぞれ多岐に渡る。現実世界での常識に拘るなど、狭量とさえ思うようになってきたよ」
「……つ、つまり?」
何が言いたいのだろう。単刀直入に聞いた。
すると、マヤ姉。
「姉弟で夫婦になったって別にいいんじゃないかと思うわけよ!!」
爽やかな笑顔で、とんでもないことを言いだした。
「全力でアブノーマルなことを叫ぶなー!!」
どうかしてるよ、この完璧超人姉。
朝食を食べ、一休みし終えると、俺は一人街へと繰り出した。
「マヤ姉のブラコンっぷり、持ち家を手に入れたことでさらに加速した感あるな……」
朝から叫びすぎて喉が痛い。
「とんでもないな、我が姉ながら……元の世界に帰るっていう目的もあるの、マヤ姉忘れてんじゃないか……?」
あの言い分を聞くに、永住すら厭わぬ覚悟を感じる。
まあマヤ姉におんぶにだっこ、ゴリゴリに介護されている身なので偉そうなことも言えないのだが。
「もし、すいません……そこのお方」
街道を歩いていると、住民が話しかけてきた。
エプロンドレスを着た、長い黒髪の女性だ。
服装は一般的……ともすれば、誰の印象にもさほど残らなそうな地味な風貌をしているのだが、しかし一度認識してしまうと、目を離さずにはいられない淫靡なオーラを身に纏っている不思議な女性である。
怖気を帯びた美貌……という表現がピッタリかもしれない。
「は、はい? 俺……ですか?」
「道をお尋ねしたいのですが……」
そう言って近付いてくる。
「あ、はい。いいですよ」
肩と肩が触れた瞬間、ぞわっと悪寒が走った。
「エ…『エスケープ』!!」
咄嗟に逃走スキルのエスケープを発動し、彼女の数メートル後方へと逃れる。
「あら……どうかなさいまして?」
「な、何者だ、アンタ!? ただの住民じゃないな!?」
超人めいた姉といつも一緒にいるおかげか、大体分かる。
肌で感じる、その強さを。
「ほう……」
女性は虚ろな瞳のまま、唇を歪ませた。