私たちの家
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
https://www.sunday-webry.com/detail.php?title_id=1021
悪霊に取り憑かれたライバルの目を覚まさんと、臨戦態勢に入るキルマリア。
「待ったぁぁぁ!!」
「おおッ!?」
気付くと俺はキルマリアに飛びついて、彼女を床に押し倒していた。
「なな、なんじゃ!? いきなり大胆な……」
「ここで戦われたらマイホーム予定地が木っ端微塵になる! それはやめてー!」
この二人が雌雄を決したクローディオ森林は、火事と台風と地震がいっぺんに巻き起こったかのような荒れ地と化した。
歩く天変地異の二人だ、木造一軒家など初手で倒壊待ったなしである。
「わ、わかったから……い、いつまで掴んでいるつもりじゃ?」
キルマリアが顔を上気させながら、そんなことを言う。
「掴む?」
言われてみると、左手に何やら柔らかい感触が。
どうやらキルマリアを押し倒した弾みで、俺は彼女の胸を鷲掴みにしていたようであった。
なんというTo LOVEる……もとい、トラブルであろうか。
「だぁー!! ごご、ごめん!」
俺は急いでキルマリアから離れた。
「どさくさまぎれにわらわの身体を揉みしだくとは、えっちな少年じゃ」
ポッと頬を赤らめる。魔王軍幹部なのに可愛いところを見せつけてくる。
「ち、違うって! こ、これは不可抗力ってヤツで……って、ッ!?」
ゾワッと背後から圧を感じて振り返ると、今の一連を黙って見ていたマヤ姉feat.悪霊が、どす黒いオーラを垂れ流していた。
一瞬、大魔王かと思った。
「さ、さっきよりオーラが増してない!?」
「ほう……取り憑いた宿主の力をフルにここまで引き出すとは、存外やるのう……このレイス……」
キルマリアは感心している。
「家を壊さずに戦え……か。それでは……」
キルマリアは指を一本立て、テレキネシスのような力を使うと、室内にあった樽を一個リビングの中央へと移動させた。
そしてその樽にドンと肘を置く。
「”こいつ”で勝負じゃ!!」
それはアームレスリングの体勢であった。
「う、腕相撲!? それでどうやって悪霊を祓うのさ!?」
「力比べで負かして、自信を喪失させてやるんじゃよ。そのスキにマヤの身体から悪霊を追い出す……という算段じゃ」
キルマリアが差し出した右手を、ただただ黙って見つめているマヤ姉。
悪霊からすればこんな勝負、わざわざ受ける義理もない……傍観に徹するのも納得ではある。
「なんじゃ? わらわに力比べで負けるのが怖いのかえ? カッカッカ!」
「!……」
キルマリアに煽られたマヤ姉が、ピキッと青筋を立てる。
そして勢いよく樽にドンと肘を置き、キルマリアの右手を掴む。
「つ、付き合うんだ!? 悪霊……」
意外な行動である。
悪霊からすれば、家のことなど意にも介さず暴れ回ってもいい立場のはずだが。
「ほれ、朝陽! ボーッと突っ立っとらんで、審判をせんか!」
「は、はいはい」
俺は両者の握り拳の上に手を置く。
何にせよ、腕相撲勝負になってよかった。これならば家は無事で済むだろう。
「レディー……ゴー!」
二人の拳から手を離した瞬間、ズンッと地響きが起こり、その衝撃で身体が宙を舞う。
「どわああああ!?」
後方に何回転もしながら吹っ飛ぶ俺。
「おりゃあああああ!!!」
「!!!」
腕相撲をしているだけなのに、凄まじいオーラの放出量である。
バチバチッと稲光が走る。
風圧で家の中の物が散乱し、窓ガラスにはヒビが入る。
一体誰だ、腕相撲なら家は無事とか言ったヤツ!?
これもう腕相撲ってレベルじゃねえぞ!
「ほ、ほう……! やるではないか、レイスゥ……!!」
「!……!……」
「まだまだいくぞ! おおおおお!!!」
「!……!……!……」
腕相撲勝負はまったくの互角である。二人の拳は中央の定位置から動かない。
代わりに動きまくっているのが、周囲の家具だったり、俺だったりしているわけだが。
「これ以上腕相撲が続くと、家も俺も保たねえええ!」
しかしそれより先に、耐えられなかったものがいた。
樽だ。
二人の勝負のステージとなっていた樽が耐えきれず、大きな音を立てて粉砕した。
その弾みで、マヤ姉とキルマリアも勢いよく床に倒れ込んでしまう。
「た、樽の方が保たなかった……!? 大丈夫か、二人とも!」
モクモクと煙が舞い、二人の姿を視認できない。
「ど、どっちが勝ったんだ? この勝負……」
煙が徐々に晴れる。
俯せに倒れているマヤ姉と、仰向けに倒れながら目をグルグル回して「きゅう…」と失神しているキルマリア。
ダブルノックアウトかと思われたが、よく見るとマヤ姉の拳の方が上の状態にある。
勝ったのはマヤ姉……ということになるのだろうか。
「…………」
マヤ姉がムクッと起き上がり、こちらを見る。
なかまになりたそうにこちらをみている……ということでは無いですよね、これ。
「ぜ、絶体絶命…!」
マヤ姉は俺に近付いてくると、飛びついて襲いかかってきた。
「うわああああ!!」
俺を床に押し倒すと、身体をまさぐりながら、同時に服を脱がそうともしてくる。
「やめ、ふ、服を脱がすなー! ……って、あれ!? 普段とやられてること、変わんなくない!?」
そうだ。
悪霊に取り憑かれているはずなのに、マヤ姉がやっていることはいつもの行き過ぎたブラコン行為である。これはどういうことだ。
「ち、違うっ……! これは……わ、私の意思ではない…!」
脳裏にそんな声が響く。
「あ、悪霊の声!? どういうこと!?」
「そもそも、最初から乗っ取ってなどいない……この女の意志が強すぎて、乗っ取ることができなかった……! むしろ逆に私が……うう、意識が遠のく……私の存在が……消され……ぎゃああああああ……!!!」
パアアアと聖なる光がマヤ姉の背後から立ちのぼり、浄化されていく悪霊の姿が目に映った。
これはあれか。体内に取り込むことで、逆に悪霊を消滅させた……ということだろうか。
最初から乗っ取ってなどいない。悪霊はそう言った。
「……と、ということは……?」
訝しげな表情でマヤ姉を見る。
すると冷徹な無表情から一転、にひっと満面の笑みを浮かべ始めた。
悪霊に取り憑かれたフリをしていたのだ、この姉ぇぇぇ!
「おおっと! 悪霊に操られて、身体が勝手に朝陽を襲ってしまうー!」
そんなことを宣いながら、俺の身体を引き続きまさぐる。
「ウソつけー! 全部フリだったんだろーがよー!!」
人が悪い姉である。
キルマリアにも同意を求めたかったが、彼女はいまだグルグル目で気絶中であった。
☆
数日後。
俺たちはかつてゴーストハウスと呼ばれた一軒家の掃除をしていた。
「庭の草むしり終わったよ、マヤ姉」
「ああ。こっちも腕相撲対決で壊れた箇所の補修は終わった。まったく、キルマリアのヤツは今回も迷惑だったな……」
「いや、そもそもマヤ姉のせいでしょ!? 悪霊に取り憑かれたフリした!?」
これはさすがにキルマリア無罪。
魔王六将より非常識な一般市民って何なんでしょう。
外から家を眺める。
「今日からここが……」
「ああ、私たちの家だ!」
待望の拠点を手に入れた俺たち軍場姉弟。
これからの異世界生活がより楽しみになった。