腑抜けた根性
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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ミッドデイ卿が所有する物件に取り憑いた悪霊を祓えば、無賃でそこを貸し出してくれるというオイシイ依頼。
夢のマイホームを手に入れるべく、意気揚々とゴーストハウスへやってきた我ら軍場姉弟であったが……
「手に入れたぞ……! 最強の身体を……!」
「マヤ姉の身体が乗っ取られたあああ!?」
パーティーのメインアタッカーにしてファイナルウエポンでもあるマヤ姉が、なんということでしょう、悪霊に身体を乗っ取られてしまいました!
絶体絶命、最大のピンチである。
「力がみなぎる……凄いぞ、この身体は……!」
マヤ姉feat.悪霊が、手をコキコキと鳴らしながら笑みを浮かべる。
どんなモンスターをも一撃で屠るチート級の身体だ、さぞ心地が良いだろう。俺だって一度は体感してみたいくらいだ。
「マヤ姉が敵に回るなんて……ヤバい! ヤバすぎる! 史上最大のピンチだ!」
恐怖におののきながら、自然と後ずさりをする。
自分の身もヤバいが、この街もヤバい。
マヤ姉が本気で暴れたら、この首都エピファネイア、陥落の危機まであるんじゃないか!?
たかだか一軒家の悪霊退治クエストだったハズが、一転して国家レベルの危機になってしまった。
とにかく、マヤ姉を正気に戻さなければ。
「マヤ姉! 俺だ、朝陽だ! 目を覚ましてくれ!」
しかしそんな弟の叫びにも耳を貸さず、マヤ姉は俺を捕捉せんと、突進してきた。
「エ……『エスケープ』!」
すんでのところで逃走スキル『エスケープ』を発動し、回避する。
しかし避けてばかりでは事態は収束しない。
なんとかして、マヤ姉を抑え込まないと。
「お、抑え込むって言ってもなぁ……マヤ姉と五分に渡り合える人なんて、どこにも……」
「カッカッカ! 元気にしておるか、イクサバ姉弟よ!」
聞き覚えのある声の持ち主が、豪快に玄関扉を開け放って登場する。
キルマリアだ。
魔王六将、キルマリアの登場だ。
「キルマリア!?」
「……!」
思わぬ人物の登場に驚きの声を上げる。
マヤ姉も目を丸くしている。
さすがの悪霊も、人ならざる魔族の突然の来訪には驚いた様子である。
俺はその隙を突いて駆け出すと、キルマリアの元へと向かった。
マヤ姉と五分に渡り合える人物……キルマリアがまさにそれ。
地獄に仏、渡りに舟である。
まあキルマリアは仏でも舟でもなく、むしろ鬼であり海賊船でもあるのだが。
「んん? なんじゃなんじゃ。姉弟ゲンカかえ?」
「キ、キルマリア! いいところに……って、ちょっと待った」
安堵と同時に、とある疑問が頭をもたげる。
「なんで街にいるんだ!? 魔王軍の幹部が!?」
冷静に考えればこれもヤバい。首都陥落の危機がもう一個増えた。
「魔王軍幹部がそう簡単に人里に降りてきちゃダメだろ!?」」
「人を冬眠前のクマみたいに言うでないわ」
「その格好で、よく騒ぎも起こさずここまで来れたね……」
人目を引く魔女めいた格好に、ボロボロの外套。頭には魔族の証である立派なツノ。
一般人が見たら確実に腰を抜かして通報モノの要注意人物である。
「認識阻害の魔術を使っておる。普通の人間にわらわのことは見えておらんよ」
認識阻害……つまり、他の人からは認知されない魔術を使っているらしい。
いわば透明人間状態のようなものか。
便利だな、その魔術。俺も覚えたい。
…………別にえちちな用途で使いたいなどと思っていませんから!
「他の人には見えてないんだ。そりゃ良かった……いや、良いのか!? その気になれば侵攻し放題じゃん!?」
「わらわが興味あるのは強者のみじゃ。侵攻なんぞに興味はないさ。それより……」
キルマリアがマヤ姉と対峙する。
「その強者の筆頭……何やら様子がおかしいのう?」
そう言う割には、顔には怪訝ではなく愉悦の色が見える。
俺はキルマリアに経緯を説明した。
「実はかくかくしかじかで……」
「ほう、そんな愉快なことに」
愉快ではない。
「情けないのう、マヤ。わらわのライバルともあろうものが、レイスのような雑魚に取り込まれるとは」
その言葉に、マヤ姉が眉をひそめる。
雑魚と呼ばれたことに、悪霊が苛つきを覚えたのだろうか。
次の瞬間、キルマリアは全身に炎のオーラを纏いだした。
「あち! あち!」
あまりの熱さに、キルマリアから離れる。
「その腑抜けた根性、わらわが叩き直してやろう!」
静かな夜の住宅街。
とある一軒家のリビングで、超人同士の対決の火ぶたが切られようとしていた。