朝陽を怖がらせたな
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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悪霊が取り憑いたらしい物件に辿り着いた俺とマヤ姉。
意を決して玄関の扉のノブに触れた瞬間、それは起こった。
ぞわぞわぞわぞわ!
ノブに触れた右手から、得体の知れないものが身体中を駆け巡る感覚に襲われ、全身が怖気立つ。
「う、うわぁ!」
驚きのあまりノブから手を放すと、そのままの勢いで後方へとすっ転んでしまった。
「どうした、朝陽!?」
「ド、ドアノブを触った瞬間、悪寒が……いや、これは……力を吸い取られた……!?」
事実、まるで100メートル走を全力疾走した後のように、俺の身体は疲弊している。
ドアノブを通して、力を吸い取られたのだ。
「フォフォフォ……」
周囲に黒いモヤが立ちこめ、何者かの声が響く。
「エナジードレインだよ……ドアノブを触ると、力を吸い取る仕組みになっている。この家に近付く輩の生気を吸い取る罠さ……」
誰もいないところから聞こえてきた警告の声にゾッとする。
「ま、まま、まさか……これ、あ、悪霊の声か!?」
ビビリ散らかす俺。
悪霊が取り憑いているという噂は本当だったのか。
「命惜しくば立ち去るがいい……」
悪霊は続けてそう言った。
「立ち去れだと? ふざけたマネを……ならば私が!」
マヤ姉が玄関の扉へと向かう。
「ダメだ! マヤ姉も力を吸い取られる!」
マヤ姉はドアノブに手を掛けた。
「バカめ……その生気、根こそぎ吸い取ってくれる!」
「…………」
「フォフォフォ…! みなぎる……みなぎる……!」
「…………」
「あ、あれ……? く、苦しくなって……う、うぷっ……」
「…………」
平然としているマヤ姉をよそに、悪霊の方がどんどん苦しくなっている様子である。
そしてついに。
「オロオロオロオロオロ……!!」
悪霊は吐いた。
「吐いた!? エナジー吸い取りきれなくて悪霊が吐いたよ!?」
悪霊の許容量を遥かに上回る生気の持ち主とか、我が姉マジパネェ。
ドラ○ンボールで見たことあるよ、パワー吸い取りきれなくて逆に相手が参るヤツ。
「失礼するぞ」
悪霊を根負けさせた超人姉さんは、勢いよく玄関の扉を開けた。
家の中に入る。
木とレンガで作られた西洋風の建物で、リビングは開放的な広さがある。
例えるなら古風なコテージのような内装と言うべきか。ロハス感漂う雰囲気の良い家である。
「ほう、いい家じゃないか」
リビングの中央に置かれている一枚板テーブルを触りながら、マヤ姉がそんな感想を漏らす。
不規則な形をしたテーブル使ってる人って、なんか意識高い系な気がする(偏見)
「元はミッドデイ家に仕える使用人のための貸家だったんだって。豪邸ってほどじゃないけど、二人で住む分にはちょうどいい広さだよね」
2階には部屋数もあるし、仲間が増えれば4〜5人くらいまでなら同居できそうではある。
「耐久性や防音性も申し分ないようだ」
真夜が壁をコンコンと叩く。
「宿ではやはり近隣が気になるからな……だが一軒家ならばやりたい放題だ……じゅるり……」
ヨダレを垂らしながら舌なめずりする実姉。
「そこ! なに悪霊より怖ぇこと考えてんの!?」
このブラコン、隙あらば弟を手籠めにすることばかり考えているようだ。
「予め釘刺しとくけど、マイホームを手に入れても俺を襲うの禁止ね!?」
「はっはっは」
「はいって言ってよ!?」
言質を取らせぬ我が姉、リスクマネージメントが上手い。
「フォフォフォ……まだだ……!」
再び黒いモヤが室内に立ちこめ、悪霊の声が響く。
俺とマヤ姉が振り返ると、そこには実体化した悪霊の姿があった。
黒く蠢く不気味なモヤが、ボロボロの外套を身に纏っているような見た目の霊だ。
「出たぁぁぁー!!」
霊をガッツリ視認するという初めての体験をした俺は、弾みで隣にいたマヤ姉に抱きついてしまった。
「うはっ!」
抱きつかれたマヤ姉は喜色満面。
「あ! いや、こ、これはわざとじゃ……」
俺は頬を赤らめながら弁明しようとした。しかしその弁明は、マヤ姉による強烈なハグで封殺される。
「オバケにかこつけて姉に抱きつくとは、なんてえちちな弟だ! たまらん!」
「もがもがぁー!!」
弁明どころか、息も吸えないんですが!
濃厚接触過ぎる、ソーシャルディスタンスを守って下さい!
「私を無視するなぁー!!」
悪霊が魔法攻撃を放ってくる。
「破ッ!!」
しかしその衝撃波は、マヤ姉の気合いひとつで、パアアンという音ともに弾け飛んでしまった。
「ひっ……! き、気合いだけで掻き消した……!?」
戦慄する悪霊。霊をもビビらせるマヤ姉の凄さよ。
「朝陽を怖がらせたな……万死に値する!」
窒息寸前だった俺を解放すると、マヤ姉は悪霊と対峙し、臨戦態勢に入った。
万死に値するというか、悪霊なんでもう死んでるんだけどね、そいつ。
「実体のない死霊モンスターには物理攻撃は通じないよ!」
「ならば私の魔法で昇天させてやろう」
マヤ姉が魔法陣を展開しようとする。
「ま、待ったぁ! 建物を吹っ飛ばさない程度にね!? なんか悲惨なオチが待ってそうだから予め釘刺しとくけど!!」
家爆破オチからの多額の借金を抱えるルートだけは勘弁してほしい。
詳しいんだ、俺はそういうケース。アニメや漫画でよく観たもの。ええ。
「わかる……わかるぞ……その女の強さは……」
悪霊がマヤ姉に話しかける。
「エナジードレインから感じた桁違いの力……魔王六将である冥府の王にも匹敵しうる力だ……だが……」
悪霊の身体がシュルシュルと流線型になり、床に影のように溶けていく。
その影が這い寄るようにマヤ姉の足下へと移動してくる。
「ならばその身体、乗っ取ってしまえばよかろうなのだ……!!」
マヤ姉を侵食するように、黒い影が足下から上へ上へと駆け上がっていく。
「なに!?」
「マヤ姉!!」
影が侵食していくたび、マヤ姉の顔が苦悶で歪んでいく。
「く……ぐう……! わ、私の中に……入って……くるな……!!」
「い、一体何が起こっているんだ!?」
事態が飲み込めない俺は、ただ狼狽するばかり。
ただひとつ分かるのは、マヤ姉がピンチだと言うことだけだ。
やがてマヤ姉の抵抗が弱まり、顔から表情が消える。
先ほどまでマヤ姉を侵食していた黒い影は霧散している。
「マ……マヤ姉……?」
俺は恐る恐る声を掛けた。
無表情だったその顔が微笑を浮かべる。
そしてその双眸が、ギラリと怪しく光る。
「手に入れたぞ……! 最強の身体を……!」
マヤ姉の口から、そんなセリフが飛び出す。
えっと、もしかしてこの展開は……アレですか?
「マヤ姉の身体が乗っ取られたあああ!?」
異世界転に召喚されて以降、最大のピンチ到来である。