夢のマイホーム
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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とある日。
俺こと、軍場朝陽は冒険者ギルドへと向かった。
ギルドでクエストを受け、それをこなし、お金と名声を稼ぐ……これが冒険者の日常だ。
冒険者ギルドは現実世界で例えれば、ハロワのようなものなのである。
…………そう考えたら途端に行きたくなくなってきたな。例えを間違えた。
ギルドには入り、馴染みの受付嬢であるターニャに話しかける。
「また宿代が尽きたよ……」
「またっすか。アサヒくん、いっつも”金ねンだわ”状態っすね」
人を経済力のないヒモみたいに言わないで頂きたい。
「この街に来てからずっとお姉さんと宿暮らしなんすよね、アサヒくんって」
「ああ。連泊も連泊」
宿代がかかる上、過保護なマヤ姉がいつも俺のためにと回復薬を買い込むから、我ら姉弟はいつも素寒貧なのだ。
すり傷ひとつで毎回ポーションをガン飲みさせるのはやめて欲しいものである。そもそも俺がすり傷を負うのは、ほぼほぼマヤ姉の魔法の爆風で吹っ飛ばされるせいなのだが……なんだろう、このマッチポンプ。
「そろそろ冒険の拠点というか、アジトがあると便利なんだけどなぁ……」
溜息交じりにそうこぼす。
そうだ、RPGには主人公の拠点が付き物である。
なのに、我ら姉弟にはそれがない。異世界にやって来て向こう、ずっと宿暮らしである。コスパが悪いったらない。
「なら、良い案件があるっすよ!」
ターニャが依頼書を出す。
「シーザリオ王国でも有数の貴族であるミッドデイ卿。そのミッドデイ卿が所有する物件のひとつに、とある問題が起こっているそうなんだ。それを解決してくれれば、無償でその物件を貸し出してくれるんだって!」
驚きの情報である。
それは願ったり叶ったりというか、渡りに舟というか。
「ぶ、物件を無償で!? なんでそんな大盤振る舞いを……」
「その問題のせいで、あらぬ噂が立てられたりして困ってるんだって。それを解消してくれるなら、そのくらい安いもんだってさ。さすきぞっすね」
さすが貴族でさすきぞか。俺でなきゃ見逃しちゃうね。
貴族イコール、むしろお金にがめつい高飛車なイメージがあるのだが、ミッドデイ卿という人は懐の広い大人物らしい。この名前、覚えておこう。
「で、やるかな?」
「やるやる! 夢のマイホーム!」
他の冒険者に先を越されるわけにはいかない。
俺はノータイムで依頼を受けた。
俺の返事を聞くと、ターニャは喜色満面ニッコリと微笑んだ。
なんだろう、怖いんですが。
「じゃあ頑張ってね! “悪霊退治”!」
…………悪霊?
目が点になった。
その日の深夜。
俺たち軍場姉弟は、件のゴーストハウスへとやってきた。
住宅街の外れにある二階建ての一軒家で、庭や家庭菜園まである。
一見するととても良い物件である。
ド級のいわく付き物件だということを除けば……であるが。
「朝陽。ここが依頼の、悪霊が取り憑いたらしい家か」
「そ、そそ、そうみたいね」
堂々としているマヤ姉に対し、俺は脚が震えている始末。
どうやらこの家に悪霊が取り憑き、夜な夜なポルターガイストを起こしているらしい。
近隣住民からも苦情が多く、それでミッドデイ卿が困って、ギルドに除霊の依頼を出しているとか……
「こ、高ランクのクレリックでも失敗続きの依頼で、ギルドもほとほと手を焼いているって」
それゆえの、ターニャのあの笑みだ。
先を越されるどころか、誰も受けたがらない難解なクエストらしいのだ。
なんつー案件を寄越しやがるんだ、あの黒ギャル受付嬢。
「その悪霊を祓ってくれれば、そのまま住んでいい……だったか。お金と名声が手には入り、さらに住居まで貰えるだなんて、至れり尽くせりじゃないか」
失敗することなど毛ほども思っていないのだろう、マヤ姉は余裕の笑みを浮かべている。
俺も情けなく怖がってばかりはいられない。
懸命に虚勢を張った。
「は、ははん! 霊なんていない、いない! きっとホームレスが悪霊に扮して住み着いてるとかいうオチに決まって……あれ?」
ふと気付くと、マヤ姉の姿が忽然と消えていた。
一体どこに行っ……
「バアッ!」
「ぎゃあああああ!!」
背後から大声で驚かされ、腰が砕ける俺。
「あはは! オバケを怖がる弟、実に可愛いなぁ」
おどかした張本人は、それはもう楽しげな表情をしている。
好きな子にイジワルしたい系の小学生かな、この姉。
「おど、お、おどかすなぁぁぁ!」
心臓の鼓動を必死に抑えながら、涙目でツッコんだ。
腰を抜かして地面に座り込んでいる俺に、スッと手を差し伸べるマヤ姉。
「15年も一緒にいるんだぞ? オバケが苦手なことくらい知っている。姉の前では無理に強がらなくていい」
そう言って、優しげに微笑む。
敵わないな、この姉には。
「…………おう」
照れ半分、ふて腐れ半分の返事。
差し伸べられたマヤ姉の手を取って、俺は立ち上がった。
気を取り直して、ゴーストハウスに訪問する。
「じゃ、じゃあ入るよ……後ろから『わっ!』とかやめてね!?」
マヤ姉に釘を刺す。
「ふふ、了解」
「オバケなんていない、オバケなんていない、オバケなんていない……」
ブツブツとそう呟きながら、玄関のノブにゆっくりと手を掛けた。
その瞬間、”それ”は起こった。