緊急クエストっす
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
https://www.sunday-webry.com/detail.php?title_id=1021
冒険者ギルドに着くといきなり、受付嬢のターニャが血相を変えて話しかけてきた。
「緊急クエストっす! 街外れの集落を襲っているワイバーンの群れを討伐せよ! っす!」
「き、緊急クエスト!?」
突然の展開に驚きの声をあげる。
マヤ姉を宿に残し、小銭を稼げるクエストを探しに一人でギルドへ来たのだが、緊急クエストとは一体。
「集落の近くにワイバーンが巣を作ってたみたいで……住人が知らずに足を踏み入れたせいで、ワイバーンが怒ったみたいで! と、とにかく、ワイバーン退治を急ぎでお願いしたいんす!」
「他の冒険者は?」
「今は高ランク冒険者がみんな出払ってて……前にワイバーンをぶっ倒したアサヒくんに、ぜひ!」
ターニャの焦り具合からも、事の深刻さが窺える。
確かに、俺はワイバーンに追われた経験(思い出したくもない)を持っているからよくわかるが、あのモンスター相手では一般人はひとたまりもないだろう。群れをなしているなら尚更だ。
そういえば、以前魔王軍討伐のために遠征したクラン”バルムンク”。
しかしその数日後に何者かにやられ、街まで命からがら撤退してきたのだが、彼らはどうなのだろう。
「ジークフリートさんは? いないのか?」
「ジークさん一行は全滅したショックがまだ尾を引いてて……傷も癒えてないし、とても戦える状態じゃないんすよー」
所謂PTSDみたいなものだろうか。
あれだけ派手な壮行式をやってもらったのに、即撤退してきたもんな……俺なら恥ずかしくて帰って来れないまである。
しかしドラゴン級のジークフリート擁するあの面々を一蹴するとは、一体どんなバケモノにやられたのだろう。
さて、話は戻ってワイバーン退治の緊急クエスト依頼だ。
確かに強敵だが、しかしマヤ姉ならば余裕だろう。なんせ異世界に来て早々、ワンパンでぶっ倒すほどだ。害虫駆除感覚でワイバーンの群れも撃退できるはず。
「わかった。じゃあ一旦宿屋に戻って……」
宿屋で待機しているマヤ姉を呼びに行こうとしたが、そうは問屋が卸さなかった。
「そんな時間無いっす! さあ馬車に乗って乗って! 現地まで速攻で送り届けるから!!」
「は!? いや、ちょっと待っ……」
ギルドの正面玄関前に止まっていた馬車に、問答無用で押し込まれる。
即オチ2コマよろしく、気付いたら次の瞬間、俺はワイバーンの群れの前にいた。
「ぜ、絶体絶命……!!」
俺は青ざめた。
ちなみに馬車は俺を降ろした瞬間、巻き込まれまいと大急ぎで去って行ったので、逃げる術もない。
逃走スキル『エスケープ』も、瞬時に移動できる距離は20〜30メートルほどが限界だ。一体ならともかく、群れを振り切ることは難しいだろう。
ワイバーンが叫声をあげながら襲いかかってくる。
「うわああああ!」
俺も叫び声をあげた。
次の瞬間、空から幾つもの火球が降り注いでくる。
その火球はワイバーンを一撃で消滅させ、一体、また一体と、断末魔をともなって撃退されていく。
「な、なんだ……!? こ、この攻撃は一体どこから……?」
俺はその光景を、ただただ唖然と見ているだけである。
「カッカッカ! 相変わらず災難に見舞われる少年じゃのう!」
聞き覚えのある、居丈高な声が響く。
俺は知っている、この声の主を。
「キルマリア!?」
空から魔女めいた格好の女性が降りてくる。
それは以前雌雄を決した魔王軍幹部、魔王六将”壊乱のキルマリア”であった。
雌雄を決したのは俺とではなく、俺の姉となのだが。
「ツレないのう、アサヒ。”姉”と呼んでくれていいのじゃぞ?」
キルマリアは愉快に笑いながら、俺にそう言ってきた。
前に胸に飛び込んでしまったとき、そのバストサイズからマヤ姉と間違えてしまったことを、まだネタにするか。
先生のことをお母さんと呼んだ過去並に恥ずかしいんで、忘れて頂けますかね。
「いや、それは一回間違えただけで……」
「キルマリア姉……長いか。キル姉……なんか物騒じゃな」
「聞いてる? 俺の話?」
呼び名を思案するキルマリアに、俺はそうツッコミを入れた。
キル姉は確かに、殺意盛り盛りで物騒だ。
「カッカッカ、何にせよ無事で良かったわ」
「あ、ありがとう。また助けられたね」
「アサヒは弱いからのう。助けてやらんとな」
「俺が弱いんじゃなく、あんたらお姉様方が異常なんだよ!」
本来ならば畏怖の対象、人類の敵とも言うべき魔王軍幹部なのだが、自然と軽口を叩き合える間柄になっている。不思議なものである。
キルマリアは魔族だけど、根は善人っぽいんだよなぁ。
「助けてくれたのは感謝するけど……なんでここにいるんだ?」
素朴な疑問をぶつけてみる。
「フッ、気になるかえ?」
「もしかしてまた腕試しってヤツ? 魔王軍幹部って実はヒマなの?」
我ながら、慇懃無礼にも程がある。
「ご挨拶じゃのー。ほれ、落とし物を届けにきてやったんじゃ」
キルマリアはピンと指で何かを弾いた。投げ寄越されたそれをキャッチする。
それは冒険者ギルドのバッジであった。
オーガ級のバッジで、リングの外側には”IKUSABA ASAHI”の文字が刻まれている。
「冒険者バッジ! そうか、あの時……」
初めてキルマリアと邂逅したとき、そういえば落としたまんまだった。
身分証にもなり得るバッジなのに、今頃その存在に気付くなんて、我ながら迂闊である。
「わざわざ届けてくれるなんて親切だなぁ。ありがとう、キルマリア」
素直に感謝を告げると、キルマリアはニヤリと笑みを浮かべた。
「それはついでじゃよ」
優しげな類の笑みではない、どこか狂気じみたものを感じる、邪悪な笑みである。
「わらわの真の目的は……」