知らなかったのか、朝陽
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中です。
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シーザリオ王国の首都エピファネイア。
この街が俺たち姉弟の拠点だ。
以前にも語りはしたが、こういう大切なことは定期的に触れておかないと……である。
この街が俺にとってのミ○ドガルであり、アリ○ハンであり、マ○ラタウンなのだ。
この異世界でも有数の大国らしく、各種産業が発達しており、他国への交易も盛んで活気がある。
公共施設や商業施設も充実しており、街の治安も悪くない。
冒険者ギルドもしっかり機能していて、冒険の拠点としてはうってつけの場所と言えるだろう。
現実世界から召喚された場所が、この国の近くで本当に助かった。
治安の悪いスラム街だったり、草木も生えぬ砂漠地帯だったり、はたまた大海原のど真ん中だったりすれば、その時点で俺の冒険は詰んでいただろう。
まあマヤ姉の方は、どんな死地であろうと逞しく生き抜く姿が想像できるが。
ともあれ。
街に戻った俺はさっそくステータス画面を開き、ゴブリン退治の成果を確認した。
「やっとレベルが10になった! 二ケタ台だ!」
マヤ姉もそのステータスを確認する。
「やったな、おめでとう」
そう言って、弟の成長に顔をほころばせる。
ステータス画面は原則本人しか見られないようになっているが、開示許可を出すことによって、他者も見ることが出来る仕様になっている。
つまりオーガ級の身分に不相応な俺のよわよわステータスを見られるのは、マヤ姉だけということだ。
他者には絶対見せられない俺の秘密である。
「しかし私が何十何百と倒してきたモンスターの経験値は、朝陽には加算されていなかったんだな」
マヤ姉が素朴な疑問を投げかける。
そう。マヤ姉はこれまで、小型大型問わず数多くのモンスターを一蹴してきた。
代表例を挙げるとすれば、ワイバーン、オーク三兄弟、食用と化した恐竜種、そして魔王六将キルマリア。
しかしその経験値は、仲間である俺には入ってこなかった。
「どうやら自分で与えたダメージ値の分しか経験値って入ってこないみたいだね。もしくはその戦闘における貢献度かな? ヒーラーなら回復量とか、支援職ならバフデバフかけた回数とか……」
RPGの専門用語が分からないマヤ姉は首を傾げている。
「と、とにかく、俺自身が頑張って攻撃しないとダメみたい」
それを聞くと、マヤ姉はポンと手を叩き、何かを閃いたような表情を見せた。
「簡単にレベル上げが可能な案を思い付いたぞ!」
なんだろう、聞いてみよう。
「私がモンスターを力ずくで拘束するから、朝陽は延々とそいつを攻撃し続ければいい!」
マヤ姉が羽交い締めにしたモンスターを、俺がチクチク剣で刺し続けるイメージが脳裏に浮かんでくる。
「イジメじゃねーか!!」
まごうことなき陰湿なイジメ現場である。
こんな状況、モンスターも「コロシテ…コロシテ…」状態であろう。
「いくらレベル上げのためだからって、無抵抗の相手を斬り続けるとか残酷すぎて俺にはムリぃ!」
「名案だと思ったんだが」
弟以外にはどこまでも冷酷になれる姉である。
「ったく……それに分かってないなぁ、マヤ姉。RPGってのは地道にレベル上げて、ステ振りして、自分なりのビルドを組んでくのが楽しいんだよ。デフォルトで最強状態とか、ゲームの楽しさ放棄してるよ」
俺は早口でそう言った。早口ゲームオタクになった。
「むう、何か叱られている気分になるな」
俺は再びステータス画面に目をやった。
「レベルが10になるまで、ステ振りのポイント溜めてたんだよね。よし、使っちゃおう!」
HP(体力)、MP(魔力)、STR(力)、VIT(丈夫さ)、AGI(敏捷性)、INT(賢さ)、LUC(幸運)から成る、七角形のグラフを確認する。
「ステ振りとは何だ、朝陽?」
「レベルが上がるたびに加算されてきたポイントを、七種のパラメータに自由に振って強くなっていくんだ。これもまたRPGの醍醐味ってヤツだよ」
俺はウキウキしながら自分のステータスに向き合った。
「ゲームだと大体STR極振りスタイルだけど、生身でパラメータ偏らせるのは怖いよなぁ。生存率高めたいし、タンク職ばりにHPとVITに振っとこうかな? いっそMPやINT伸ばして後方支援職になる……? いやぁせっかくの異世界冒険譚、ヒーラーとかバフデバフ要員は夢がねぇ~! だからといって平均的に振ったら、器用貧乏になる未来しか見えないもんなぁ。うおおお、めっちゃ攻略サイトか攻略スレ見に行きてぇ〜!」
はい、早口です。
アタッカー職、タンク職、支援職になった自分の姿を想像し、悦に入る。
ゲーム好きにとって、ビルドを組む時間は至福の時間なのだから仕方ない。
「どのパラメータ伸ばすかな~」
「…………」
そんなヘブン状態の弟をジッと見つめていた姉が、容赦ない一言を口にする。
「どのみち私が一撃で戦闘を終わらせるのだから、朝陽の成長にあまり意味は無いのでは?」
心にかいしんのいちげきを食らい、俺はガクッと膝をついた。
「ミ……ミもフタもないことを……!」
他意も悪意もなく、素朴に純粋にそう思っているだけにタチが悪い。
俺は口を尖らせると、「わかったよ、平均的に振るよ」と言い、万遍なくパラメータを伸ばした。特化した育成を試すのは、もう少しレベルが上がってからにしよう。
そういえばスキルポイントも溜まっている。
いつまでも固有アビリティが『投石:Lv1』では格好が付かない、何か覚えよう。
ステータス画面を操作していると、マヤ姉が後ろからのし掛かってきて、頬をツンツンと突いてきた。
ソーシャルディスタンスガン無視の濃厚接触である。
「ステータスはもういいだろう! お姉ちゃんの方を向くんだー!」
「お、重いし暑苦しい! ウザ絡みやめーい!」
現実世界でもスマホとにらめっこをしていると、よくこうやって絡まれて邪魔されたものだ。
おかげで何度デレ○テのフルコンを逃したことか。
「! これは……!」
俺は自分のスキルツリーから、”とあるスキル”を発見する。
RPGで誰もが目にしたことのある、序盤で習得可能ながら実に有用なスキルだ。
”それ”を習得すると、俺はすかさず発動した。
次の瞬間、マヤ姉が抱きかかえていた俺の身体が、まるで瞬間移動のようにヒュンと姿を消す。
「え!?」
さしものマヤ姉も、急に姿を消した弟にビックリした様子。
「ふっふっふ……」
俺がほくそ笑むと、マヤ姉は驚いた表情で振り返り、10メートル後方に移動した俺の姿を確認した。
そう。
今の一瞬で、俺は縮地の如きスピードでマヤ姉の抱擁から逃れ、この距離を移動してみせたのだ。
「逃走スキル『エスケープ』! このスキルがあれば、戦闘から瞬時に逃げることが出来るんだ! つまり!」
俺はマヤ姉を指差した。
「マヤ姉の抱きつきからも逃れることが出来るんだよ!!」
「な、なにぃ!?」
ガーンという擬音が聞こえてきそうな、失意の表情を見せるマヤ姉。
泰然自若、豪放磊落をモットーとする我が姉にしては珍しい表情。レア顔だ。
たまには”してやったり”感を味わうのも悪くない……俺は高らかに笑いながら勝ち誇った。
『エスケープ』、スキルポイントを振って覚えたかいがあった。
しかし現スキルが投石に逃走スキルって、小癪な戦士にも程があるな俺。
「ふっふっふ……」
マヤ姉が静かにほくそ笑む。
なんだろう、めちゃくちゃ怖いんですが。
「な、なに……? ど、どうしたの……?」
「知らなかったのか、朝陽……?」
マヤ姉が大魔王のような笑みを浮かべる。
「獲物が逃げれば逃げるほど、私は燃えるタイプだということを……!!」
瞳を煌々と輝かせ、マヤ姉はそう言った。
目の錯覚でなければ、背後に燃える炎と獅子の姿が見える。
顔を赤く上気させている姉とは対照的に、俺はサーッと青ざめた。
「に、肉食系女子……!!」
てか、ついに弟を獲物認定しちゃったよこの姉。
その後、俺は可能な限りエスケープで姉の抱擁から逃れようとしたが、程なくしてMP切れ起こして詰んだ。
今度レベルが上がったら、MPにももう少しステ振りしよう……姉の寝技を食らいながら、ボンヤリとそんなことを思ったのであった。