姉にペロペロ舐め回して欲しい
今し方、オーク三兄弟を無慈悲に皆殺しにした実姉がこちらに歩み寄ってくる。
赤髪のポニーテールが風に揺れている。
容姿端麗、才色兼備、羞月閉花。
凹凸の際立ったプロポーションで、我が姉ながら美しい人だと心底から思う。
「朝陽……」
「お疲れ、マヤ姉」
「あさひぃぃぃぃ!!」
姉が全力で俺を抱きしめる。ぐえっと潰れたカエルのような声を思わず出してしまった。
姉の愛が、万力のように俺の身体を締めていく。なんか身体からバキバキ音がするんですけど。
「ケガは無いか!? 大丈夫か!? 具合、どう!?」
矢継ぎ早に弟の体調を心配してくる姉。
「おかげさまで超元気だよ! ノーダメ! HP満タン!」
「そうか……良かったよ」
マヤ姉はホッと胸をなで下ろしている。
マヤ姉こと、軍場真夜。
危険度A級のオーク三体を秒で鏖殺することができる、頼もしき我が実姉である。
一方、弟の俺は、ごくごく一般人レベルの駆けだし冒険者……
俺ツエー!ではなく、姉ツエー!なのだ、この物語は。
なんでやねん!
オーク三体が無残に散った跡を眺める。
特大魔法三連発の影響で地形が変わっている。
「しかしまた豪快に殺ったねぇ……俺、次兄と末弟は見逃してあげるつもりだったのに」
「許せるわけがないだろう」
そう語気を強めるマヤ姉。
犠牲になった村人たちを思って、義憤に駆られたのだろうか。
「次兄は朝陽のことを”チビ”と罵ったからな……万死に値する」
「そっちかい!」
俺はすかさずツッコミを入れた。
弟を罵ったヤツぶっ殺す系姉さん、物騒すぎる。
「……じゃ、じゃあ末弟はなんで殺ったのよ」
「辛いだろう?」
「辛い?」
「三兄弟で一人だけ遺されるのも辛いだろう。兄たちの後を追わせてやった」
そう言うと、マヤ姉はにこやかにサムズアップをした。
「鬼か!!」
発想がもう、サイコパスのそれである。
マヤ姉が俺の顔を見て、ハッと何かに気付く。
両手で俺の頬を包むと、グイッと顔を近づけてきた。近い近い。顔の良い姉の顔がめっちゃ近い。
「朝陽! 右頬に擦り傷があるじゃないか!」
「へ? 擦り傷?」
そう言われると確かに右頬が痛い。血が滲んでいる。
「精緻な陶器のような朝陽の肌に傷が……姉として一生の不覚!!」
マヤ姉は大げさに天を仰いだ。
「俺の肌評価、高すぎない!?」
精緻な陶器とは一体。
というかこの擦り傷、マヤ姉がぶっ放した雷鳴魔法の爆風のせいなんだけど。
「よし! エリクサーを使おう!」
マヤ姉は道具袋からエリクサーを取り出した。HPMP状態異常全回復の、この世界最強の特効薬である。当然、擦り傷程度に使う代物ではない。
「それ、大体の人がラスボスまで温存しとくヤツだから! しまえ、しまえ!」
過保護すぎてちょっとした傷でもエリクサー使いたがる姉、マジパネェ。
俺は姉を安心させるため、こんな傷なんともないことをアピールする。
「この程度、ツバでも付けとけば治るって」
ははっと笑いながら、そう言った。
その一言が間違いだったのだろう。
ギラリと、姉の目が光った。
「ツバを付ける……? そうか、ツバを……」
ゾクッと、背筋に悪寒が走る。
「姉にペロペロ舐め回して欲しい…そう言っているんだな!」
マヤ姉は蠱惑的な笑みを浮かべて、舌なめずりしながら俺を見た。
俺はサーッと血の気が引いた。
まさに蛇に睨まれたカエル状態である。
これまでの流れで大体の察しは付いたかも知れないが、俺の姉は極度のブラコンなのである。
弟大好きお姉ちゃんなのである。
なにせ、とある事故によって異世界召喚された俺の後を追って、自力で自分もムリヤリ召喚されてきたような姉だ。愛が深すぎるというか、頭のネジが何本かぶっ飛んでいると言っても過言ではない。
「よーし! お姉ちゃんが患部をペロペロしてやろう!」
マヤ姉は俺をガッと抱きかかえると、そのまま押し倒してきた。
「ぎゃあああ! ヘンタイ姉に襲われるぅぅぅ!!」
「姉弟だろう! 何を照れることがある!!」
「どわー!? どこ触ってんだマヤ姉ぇー!?」
「えーい! ジタバタと抵抗するな!!」
「抑え込む力、クッソ強ぇー!!」
姉弟で組んずほぐれつ大攻防戦をやっている中、民家に避難していた村人たちがゾロゾロと外へと出てくる。
「こ、この騒ぎは一体……?」
「おお、村を支配していたオークたちが退治されている…!?」
「こ、この村は助かったのかのう……?」
村人たちは一様に、オークが倒されたことに驚き戸惑っている。
テクテクと一人の幼女が出てきて、俺たち姉弟を指差す。
あの子はオーク三兄弟から俺が救った幼女だった。良かった、無事だったか。
「あたし知ってるよ! あのおにいちゃんがやっつけてくれたの!」
快哉を叫ぶ村人たち。
「おお! あの少年が!」
「勇者様じゃ! 勇者様を讃えよー!!」
「ありがとう、勇者さまー!」
姉に組み伏せられてペロペロされている俺に、賛辞を送る村人たち。
いや、こっちは今それどころじゃないんですが。
それと村救ったの、ほぼほぼマヤ姉なんですが。
いつの間にか俺の戦果になってる?
「自慢の弟が褒め称えられて、姉である私も鼻が高い!」
マヤ姉は嬉しそうに笑った。
チート級の能力を有する最強のブラコン姉さんと、その姉から寵愛を受けている平均パラメータの弟…これはそんな俺たち軍場姉弟の、異世界ライフストーリーなのである。