マヤおねえちゃん
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~10巻発売中。
毎週土曜TOKYO MXにて22:30から、TVアニメ『異世界ワンターンキル姉さん』放映中です。
「全然何ともあるじゃん!? こんなにバステ重ね掛け食らって、むしろフツーに動けてることがビックリだよ!」
状態異常のバーゲンセールが起こっているマヤ姉に、俺は言った。
毒や猛毒はまだしも、石化やマヒが起こっているのに動けていることがおかしい。
「そうなのか? 寝不足のせいでちょっとダルいのかと…」
「寝不足で崩す体調のレベルじゃないよ、これ!」
しかし、と俺は思案した。
「でも、そうか……三徹のせいでバステ耐性が弱まってたのかな。いつものマヤ姉なら状態異常全部無効化するもんね。そんな状態でさっきのトラップにかかったから、こんな……」
「……………」
「ん? マヤ姉、聞いてる?」
そのときだった。
マヤ姉の身体が少しフラついたかと思うと、バシュッという衝撃音と共に、額から勢いよく血しぶきが舞った。
「うわっ!?」
「ん?」
当のマヤ姉はキョトンとしている。しかしその額からはドクドクと血が流れている。
「ち…血しぶき!? 出血!? な、なに!? なんで!?」
狼狽する俺をよそにマヤ姉は冷静である。
「うーむ。さっきから十数秒ごとに、魔王六将クラスから殴られてるようなダメージを負うんだ。なんだろう?」
「そんな大ごとが体内で起こってたのに、なんで何も言わないのよ!?」
「うっ…」
マヤ姉がバタンと倒れた。
昏倒したのだ、あのマヤ姉が。
無敵のマヤ姉が。
「マ、マヤ姉…!?」
俺は焦った。
マヤ姉が倒れることなど、異世界に来てから無かったからだ。
倒れている間も、バシュッという衝撃音とともに血飛沫が舞う。
「そうか! 割合ダメージだ!」
俺はハッとした。
「HPが途方もなく高いマヤ姉だからこそ、一度に受ける割合ダメージの量も凄まじい……並の冒険者やモンスターならワンターンキルされるほどの大ダメージを秒単位で食らっているんだ!」
強さが仇になる。
こんなところにマヤ姉の弱点があったなんて。
「マヤ姉! ハイポーションだ、飲んで!」
俺は気絶しているマヤ姉を起こし、その口からゆっくりとハイポーションを飲ませた。
しかしHPの上限が恐ろしく高いマヤ姉だ、その程度の回復量では到底追いつかない。
「まずはバステをどうにかしないと……マヤ姉が死んじまう……!」
☆
俺は子供の頃のことを思い出していた。
そんな状況ではないのに、でもこんな状況だからこそ。
今から10年は前のことか。
マヤ姉が酷い風邪を引いたのだ。
熱も40度近く出て、何日も寝込んでいた。
「マヤおねえちゃーん! 死んじゃやだー!」
幼少期の俺は、マヤ姉のベッドにしがみついて離れようとしなかった。
「ただの風邪だから……心配しないで、お外行ってて…ね?」
高熱に苦しみながらも、マヤ姉は俺の身を案じてくれている。
うつしてはダメだと思っていたのだろう。
でも子供の頃の俺はそんなこと構わず、駄々をこねて部屋から出ようとしなかった。
「やだ! ぼくのパワーをおくってなおす……なおすから!」
そう言って両手でマヤ姉の手を掴み、念を送り続けていたんだ。
「……えへへ、ホントだ。よくなってきた……」
マヤ姉が優しいウソをつく。
「ホント!? もっとおくるよ、マヤおねえちゃん!」
「朝陽……ありがとうね……」
☆
ああ、そうだ。
俺のパワーを送ってやるんだ。また。
「ステータス!」
俺は自分のスキルパネルを開いた。
一度魔王として覚醒してから、新しいパネルが増えたのだ。
探せば何か有用なスキルが見つかるかも知れない。
幸い、メテオや異世界間ワープのために溜めていたスキルポイントが30はある。
「なにか……なにかいいスキルは無いのか!? 魔王なんだろ、お前! なんかあんだろ、なあ!?」
俺は目を見開いた。
あったのだ、それっぽいスキルが。
「『こおりつくはどう』……敵味方関係なく、フィールド上のバフデバフ、バステをすべて打ち消すスキル……はは、さすが魔王」
ああ、いかにも魔王っぽいスキルだ。
凍てついているんじゃなく、凍り付いているんだな。なるほど。
「習得に必要なスキルポイントは、その前段階のスキル踏みも含めて”30”……ハッ! 迷いもない」
☆
「…………ハッ!」
「起きた。おはよ、マヤ姉」
マヤ姉が倒れてから半日は経っただろうか。
ようやく我が家の眠り姫が目を覚ました。
「血だまりが乾ききっている……私はどれくらい眠っていた?」
「半日くらいかな? 三日も徹夜してたんだ、もうぐっすりだったよ」
「そんなに!? いや、それより……」
マヤ姉は自分の身体を見た。
「どうして私は治っているんだ?」
当然の疑問だろう。
半日もあったんだ。
どう返すのがいいか、たっぷり考える時間はあった。
「自然回復したんだよ。さすがマヤ姉、治癒力もチート級だ」
俺はそう答えて、笑った。
自分のためにせっかく溜めたスキルポイントを全部使い果たしたなど、そんなことは知られちゃいけない。
「…………」
マヤ姉は一瞬目を見開くと、口元に笑みを浮かべた。
そして俺の手を、両手で握った。
「マヤ姉? な、なに?」
「送ってくれたんだな。こうやってパワーをさ……また」
今度は俺が目を丸くする番だ。
ああ、そうか……姉弟だもんな。
頭をよぎる思い出は一緒か。
「……敵わないな。さ、帰ろっか」
俺の手を握るマヤ姉の両手に力が入る。
あれ、イヤな予感。
「その前に……」
「前に?」
俺の身体はグイッと引き寄せられた。
「朝陽のパワーを! 朝陽のエキスを! もっとお姉ちゃんに吸わせておくれー!」
マヤ姉はいつものように、ガッと俺に抱きついてきた。
「いやあああ! 元気になった途端これかー!」
「朝陽のパワーを吸い取ることで、お姉ちゃんは完全体になるのだ!!」
「ラスボスみたいなこと言ってる!? 元気にしなきゃよかったー! い、いや、マヤ姉は自然治癒力で治ったわけだけど…ゴニョゴニョ…」
「はっはっは! なじむ! なじむぞー!」
何はともあれ、マヤ姉が元気になって良かった。
地面に組み伏せられながら、そんなことを思うのであった。