泡となって
毎週土曜TOKYO MXにて22:30から、TVアニメ『異世界ワンターンキル姉さん』放映中です。
各種動画サイトでもアーカイブ視聴できますので、ぜひご視聴よろしくお願いします!
朝。
自室のベッド。
まどろみから目を覚ます。
「ふわぁ……寝た寝た……」
俺は普段着に着替えると自室のドアを開け、廊下に出る。
「マヤ姉が寝込みを襲いに来ないと、ゆっくり寝られるなぁ……ははっ」
そんなことを言いながら階段を降りる。
「マヤ姉ー。おはようー。今日の朝メシはなに……」
リビングへ向かうと、そこには異様な光景が広がっていた。
床にマヤ姉の衣服が全て落ちていたのだ。
脱ぎ捨てたのではない。
衣服がそのまま全て、すり抜けて下に落ちたかのように重なっていた。
「これ……マヤ姉の服!? なんで服だけが……マヤ姉は!?」
マヤ姉の衣服を手に取る。
汚れた様子や争った形跡はない。
普段マヤ姉が起きるのは、今から一時間前くらいの時間帯だ。
俺より早めに起きて朝ご飯の用意をしてくれているのだ。
「い、一時間前に何かが起こった……!? でも、一体何が!? マヤ姉はどこだ!?」
「なんじゃ、騒がしいのう」
騒ぎを聞きつけたキルマリアが階下へ降りてくる。
「キルマリア! マヤ姉がいないんだ! 服だけあって…」
「なにぃ!?」
額に指先を当て、真夜の気を探るキルマリア。
「むぅ……気を探っても、どこにもおらん。あれほど強大な気が……まるでこの世界から泡となって消えたかのように……!」
「泡…!?」
愕然とする。
「ま、まさか……魔王になった俺と戦ったことで、精根尽き果てて……存在自体がこの世界から……?」
「なっ……!?」
ガクッと俺は崩れ落ちた。
そしてマヤ姉の衣服を抱きしめる。
まるで形見を手にしたかのように。
「マヤ姉、無理してたんだ…! それなのに俺、一人浮かれて……俺ツエーできたとか喜んで……マヤ姉の苦しみ、気付かなくって……!!」
「くっ! わらわとの決着もまだなんじゃぞ!」
キルマリアは力一杯壁を叩いた。
「マヤ姉ぇぇぇ!!」
涙を流しながら姉の名を叫ぶ。
そのとき、部屋の隅にバチバチッと電撃が走る。
「へあ?」
「な、なんじゃ?」
デデンデンデデン。デデンデンデデン。
ターミ○ーター2よろしく、電撃を帯びたワームホールに包まれながら裸で出現する我が姉。
「マヤ!?」「マヤ姉!?」
俺とキルマリアが同時に驚きの声を挙げる。
泡となって消えたと思われた姉が裸で再登場を果たしたのだ。
これ以上の驚きはそうない。
「……おや。戻ってこれたか」
マヤ姉が呟く。
間違いない、マヤ姉の声だ。本人だ。
って、素っ裸!
目を覆おうにも、両手はマヤ姉の衣服を抱きしめたまま。
俺は慌てて目を逸らした。
「裸じゃぞ、おぬし! これを羽織れい!」
「む?」
キルマリアは自身がいつも身に付けているファー付きのコートをマヤ姉に放った。
いや、それより。
俺は涙目のままマヤ姉に詰め寄った。
「どこ行ってたんだよ、マヤ姉! 心配したんだよ!?」
「ああ、すまん。向こうの世界に戻ってたんだ」
「…………」
「…………」
「え? なんて?」
「だから戻ってたんだ。家に。現実世界に」
事も無げにそういう。
俺はハニワみたいな顔になった。
どゆこと?
現実世界?
家?
「前に朝陽が、”私の力は願ったことを実現する力”と言ったろう? だから試してみたんだ、”現実世界にワープできないか”と。そしたら戻れた。急に娘が起きたものだから、父さんも母さんもビックリしていたよ。で、久しぶりに親子水入らずで食事を取りながらこちらの様子を伝えてきた。ああ、朝陽は元気にやってるとな。最初は耳を疑っていたが、二人ともすぐに納得してくれたよ。魔王になるまで朝陽は戻らないとも伝えた、気兼ねなく特訓してくれ。ああ、そうだ。時間経過だが、やはり向こうとこちらは4倍の違いがあった。いつ戻って復学しても、出席日数の心配はなさそうだから安心してくれ。病室で眠るリアルの朝陽をニコニコ眺めていたらなんだ。「マヤ姉ー!」と私を呼ぶ声がした気がしてな。急いで病室に頭打ち付けて、こうして再び異世界召喚を……」
マヤ姉が長々と説明しているが、全ッ然頭に入ってこない。
「待て待て。弟は固まったまんまじゃぞ」
キルマリアがツッコミを入れる。
「おや?」
「ハッ!」
正気を取り戻す。
「じゃ、じゃあ俺も向こうに戻れる!?」
「いや、異空間ワープできるのは私だけのようだ。朝陽も、そうだな……」
「魔王時くらい強くなったら使えるかもしれないな。エスケープレベル200とか」
マヤ姉がイタズラっぽい笑みを浮かべた。
「じゃあ結局、レベル上げるしかないってこと!?」
「カッカッカ! メテオも異空間ワープも先が長いのう」
「それより朝陽…」
「え?」
今、この話題をさておくほどの別の話題が何かあるんだろうか。
「なぜ私に衣服を抱きしめている!? もしやクンカクンカしていたのかー!?」
「ハッ! あ、いや、これは違ッ…!!」
俺は赤面した。
そうだ、すっかり忘れていたがマヤ姉の衣服を抱きしめたままだった。
マヤ姉が俺の首に手を回して、ガッとしてくる。
「なーに! 恥ずかしがらなくていい! 私もよく朝陽の衣服を握りしめてクンカクンカしているから、お互い様ってヤツさ!」
「やってんのかよ!? いやだから俺はしてねーっつーの!!」
「カカッ、やれやれ騒がしい姉弟じゃ」
異世界から俺が旅立てる日はまだまだ先のようである。