姉に感謝するんだな
毎週土曜TOKYO MXにて22:30から、TVアニメ『異世界ワンターンキル姉さん』放映中です。
4/12にはコミカライズ最新10巻が発売されました。
どちらもよろしくお願いします!
魔王騒動に沸いた日から数日過ぎた。
「はぁ……」
俺はリビングの椅子に座り、溜め息をついた。
そして頭を抱える。
「なんてこった……」
そんな俺を、マヤ姉とキルマリアが遠巻きに眺めている。
「落ち込んでいるな、朝陽」
「正気を失ってたとはいえ、姉と敵対し、王都まで破壊しかけたんじゃ。良心の呵責……無理もないのう」
「違うぞ、キルマリア」
「は? 何がじゃ?」
俺は勢いよく、ガンッとテーブルを叩いた。
「せっかく俺ツエーできたのに! 記憶ないとかもったいねー!!」
「な?」
マヤ姉が肩をすくめる。
キルマリアは「そっちかーい!」と叫んですっ転んでいた。
しかし、と俺はすぐさま元気を取り戻す。
「でもでも! 俺、レベル上がればマジでマヤ姉と戦えるくらい強くなるんだな!?」
「ああ、間違いない。他でもない、手合わせした私が保証する」
マヤ姉が親指を立てる。
異世界に来て以降、ありとあらゆるモンスターをワンターンキルしてきた無双姉さん。
そんな実姉とタメを張れるくらい俺が強かったなんて……あはっ、夢のようだ。
記憶が無いことが悔やまれる。
「しかも投石の最終進化スキルがメテオとかアチアチじゃん!?」
最弱スキルと思っていた投石。
その進化の果てが実は最強スキルだったなんて、いよいよ異世界なろうめいてきましたよ。
「よし、今すぐ投げ込み練習だ!」
「では私はメテオが振ってきても打ち返せるように打撃練習しておこう!」
「おぬしら姉弟、魔族よりおっかないの!?」
ガコン。
家の庭に立てた的に投石を放つ。
マヤ姉は棍棒を持って素振りをしている。
キルマリアとエスメラルダは、そんな俺たち姉弟を隅っこで眺めていた。
「そういえば策謀のゾラだっけ? あのじいさんが魔道具を使って、俺たちの転生…いや、召喚か? とにかく、その一連を巻き起こしてたんだね」
「つまり、その魔道具があれば私たちは現実世界に帰れるのか」
「おぬしら、別世界から来たとかいう話じゃったっけ」
キルマリアは魔族の格好のまんまだ。
「キルマリア、その格好で外に出て大丈夫なのか。エスメラルダも池から顔を出して…」
「この家一帯に認識阻害の術を使っとるからヘーキじゃよ。普通の人間は視認もできん」
エスメラルダは池から朝陽の投球練習を眺めていた。
「が、がんばれー、アサヒ…!」
「サンキュー、エスメラルダ」
ガコンという音が響く。
魔道具について考える。
「別世界を行き来させる魔道具のう……」
「キルマリアも初耳なのか?」
「魔王城には精通しとるがの、そんな代物見たこともないぞ」
「”天宙の羅針盤”……私が回収している」
そこに何者かが現れる。
民族衣装めいた魔道士の服装に、月桂樹の花冠。金色の長髪、そして特徴的なエルフ耳。
ゴッド級の冒険者にしてエルフの里長、ユージーンさんだ。
その右手には、台座のついた大きな羅針盤を持っている。
「ユ、ユージーンさん!?」
俺は驚きの声を挙げた。
「エルフの賢者……わらわの術を破って入ったか」
魔王六将の術をかいくぐるとは、さすが20年前に魔王を追い詰めた伝説の戦士だ。
「朝陽が魔王として覚醒した今……再び消しに来たのか?」
「あっ、そういう展開!? 正真正銘、人類の敵になった感じ!?」
大ピンチである。
「身構えずともいい。魔王を単独で抑え込む姉となど渡り合えん。ましてや……魔王六将ふたりのオマケ付きだ」
ユージーンの視線がキルマリアとエスメラルダに注がれる。
「カカッ! おぬし、奢らぬ実力者じゃのう」
「あのエルフさん……20年前も見かけた…っけ…」
そうか、エスメラルダは300歳越えという話もあったから、20年前も魔王六将だったのか。
「戦ったの? エスメラルダ」
「う、ううん……私は海に引き籠もってたから……」
20年前からこじらせていたらしい。
「20年前の魔王との最終決戦……その跡地に落ちていた。ゾラはこの魔道具で、魔王の魂を異世界へ送ったんだ」
「羅針盤だ。でもこれ、ヒビ入ってますね」
「ああ。一度使って壊れたようだ。ゆえにゾラも捨てたままにしていたのだろう」
「壊れた!?」
「直せないのか?」
「私には無理だったが、直せる手段があるかもしれない。とりあえずお前たちに預けておこう。ではな」
そう言うと、ユージーンさんは踵を返して帰ろうとした。
「えっ…!」
俺は思わず、こう声を掛けた。
「あの、いいんですか!? 自分で言うのも何ですけど、俺みたいな危険なの放っておいて……」
「朝陽…」
「…………」
ユージーンさんは何かを思い出しながら、ポツポツと語り出した。
「お前が魔王化したとき何が起こったか……私は千里眼で見ていた。確かに危険ではあるが……姉がいれば大丈夫だろう。ノエルともそう協議し、判断した」
そして一拍置いて、こうも言った。
「姉に感謝するんだな」
そう言い残して、ユージーンさんは去っていった。
「ふっ、良かったのう。ヤツのひと声次第で、王都中の冒険者から討伐対象になっても不思議ない立場ぞ?」
「わ、笑えないっつーの」
俺は引きつった笑みを浮かべた。
「そ、そうなったら……海の魔物を呼んで応戦するね…!」
「それも笑えないっつーの! 俺、マジで魔王になるじゃん! いや魔王だけども!」
「でもこの羅針盤、壊れてるのかぁ……向こうの世界に戻れるのはいつになるやら。せめて親に元気でやってるくらい伝えられないかな」
「…………」
「マヤ姉? どうしたの、ボーッとして」
「ん? ああ、いや、何でもない。さあ昼食にしようか」
「うん、そうだね」
姉に感謝しろ、か。
そのときの俺は思いもしなかった。
感謝するべき姉が、この世界から忽然と消えてしまうなんて。