人が釣れた
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~9巻発売中。
2023年4月8日(土)TOKYO MXにて、22時30分からTVアニメが開始します!
よろしくお願いします!
それはとある日の朝の出来事。
自室のベッドで眠っていると、外の喧騒で目が覚めた。
「……んあ……? なに、この声……? もう、まだ眠いのに……」
「町の人たちが騒いでいるようだ」
同じベッドにいるマヤ姉がそう答える。
「そう……」
俺は寝返りを打ち、再び二度寝と洒落込もうとした。
「待て待てーい! なんでマヤ姉が俺のベッドに!?」
俺は文字通り飛び起きて、そのままの勢い床に転がった。
当たり前のように同衾してるけれど、なぜマヤ姉が俺のベッドに入っているのだ。
ナチュラルすぎて一瞬対応が遅れたよ。
「えーと……そう。外が騒がしいから呼びに来たんだ?」
「なんで疑問形!? 絶対弟の寝込みを襲いに来たろ!?」
俺が糾弾すると、マヤ姉は開き直って襲いかかってきた。
「姉を疑うなんて悪い子だな! おしおきだー!」
「信用される弟じゃないからだろー!?」
「家の外も中もやかましいのう」
「お?」
まるで片手で猫を持ち上げるかのように、キルマリアがマヤ姉を引き剥がす。
助かった……いやでも、二人とも俺に無断で普通に部屋入ってくるのやめて。
「キルマリア、助かったよ」
「二日酔いの頭にガンガン響いて敵わんわい。表の騒ぎを確かめに行こうぞ」
俺たち三人は街へ様子を見に行くことにした。
大通りは人で埋め尽くされていた。
まるで祭りでも催されているかのような賑わいだ。
そして道行く人々は皆一様にある物を持っていた。
釣り竿である。
「町の人たち、釣り竿や網を持っているな」
「この人の流れ……川に向かってる?」
「王都の川に魚などおったか?」
確かにチラホラとは泳いでいるが、釣りをするほどの多さではない。
俺たちは王都中央の川にかかっている橋までやって来た。
その欄干から下を覗き込む。
「魚!? 魚の大量発生だ!!」
川には溢れんばかりの魚たちがいた。
活きの良い魚たちが、所狭しと泳ぎ、また飛び跳ねている。
「しかも川を遡上している……まるで鮭の川上りだ」
「おお、美味そうじゃ!」
キルマリアはヨダレを垂らしている。
「だからみんな釣り竿片手に騒いでいたんだな」
それにしてもこの異常発生、普通なら気味悪がってもよさそうなものだけど、即とっ捕まえて食料にしようと考える異世界の人々、逞しい。
「川辺で掴み取りしようとしてる人もおるのう」
この川はそこまで深くない。
釣り竿で釣るより手掴みした方が早いと考えるのも納得だ。
「俺たちも川辺へ行ってみようぜ」
靴を脱ぎ、袖を捲り、川へ入って魚を捕まえようとする。
しかし上手く行かない。
当然か。いくら川にひしめいていようと魚を手掴みするなど至難の業だ。
「やっぱ道具屋で釣り竿買ってこよ」
「朝陽! ウナギがいたぞ!」
マヤ姉がウナギを捕まえる。
「今夜はうな重!?」
「あ」
ウナギがちゅるんとマヤ姉の手から逃れ、首元をスルスルと伝い、そして胸の谷間にスポッと入った。
「おおう! ヌルッとする!!」
「センシティブですよ! 姉さん!!」
☆
道具屋で釣り竿を買ってから、俺たちは街の外へと出た。
町の中の川は競争率も激しく、また釣り竿の糸が絡む可能性がある。
郊外の方が釣りやすいと判断した次第。
「俺も釣りに挑戦! 人が多いところは避けて、郊外の穴場で釣ろう」
俺は釣り竿を構えた。
「釣りより網で掬った方が効率いいんじゃないか」
「郊外でも、ほれ、川一面にひしめいとるわけじゃしの」
「ちっちっち……分かってないなぁ二人とも。ロマンがないよ」
俺は指を振って、講釈を垂れた。
「釣りはRPGにおけるミニゲームの王道! 数多のゲームで釣り要素をコンプしてきた名人級の腕前、見せてやるぜ!」
俺は意気込んだ。
「ちなみに現実の釣りでは生き餌が苦手でな、いつも私が付けてあげていたんだ」
「カカッ! 虫が怖いとは女々しいのう」
後方からそんな声が聞こえる。
「うう、うるっさいな! 邪魔だから二人は別んとこに獲りに行きなよ!」
「はいはい×2」
マヤ姉とキルマリアを退散させると、俺は川に糸を垂らして魚が掛かるのを待った。
「…………お、引いた! お、お、おお?」
相当な手応えだ。
油断すれば釣り竿ごと持っていかれそうな引きの強さ。
「こ、これは大物かも……『チャージ』!!」
戦闘スキルのチャージを使い、力を溜める。
1ターン間を置いてから、一気に引き揚げた。
「てええええええい!!!」
豪快な水しぶきとともに釣れたのは、謎の人影であった。
「人が釣れたぁぁぁ!?」
逆光になっていたため、その姿まではハッキリ視認できなかった。
俺は急いで釣り上げた人の元へ駆け寄った。
「ぶ、無事かアンタ!? なんだって川に……あ?」
釣り上げた人物に見覚えがある。
「エスメラルダ!?」
それは魔王六将の一人、海を統べる”蒼海”のエスメラルダであった。
「ふあ……? ああ、おはよ、アサヒ……えへへ……」
エスメラルダは寝起きのような反応だ。
最初に出会ったときも、クラーケンの脚に掴まれながら眠っていたものだが、今回も魚たちに囲まれて水の中で眠っていたらしい。
とんだ大物が釣れたものである。