フジュンっすよ
「ひほふひほふー!(遅刻遅刻ー!)」
ラブコメの導入さながら、トーストを口にくわえ、上着を羽織りながら街中を走る褐色の少女。
彼女は冒険者ギルドの若き受付嬢、ターニャである。
受付嬢の朝は早い。
「おはようございまーす!」
「あら、おはよう。ターニャちゃん」
挨拶を返してくれたのはターニャが慕う先輩のナタリーだ。
職歴は10年ほどのベテラン受付嬢である。
ジークフリートが所属していたクラン”バルムンク”の魔法使いミモザとも、年齢が近いのもあって仲が良いらしい。
「マジー!?」
「やったじゃん、マリリンちゃん!」
「えっへへー。照れるなぁ」
更衣室の一角に受付嬢たちが集まり、何やらワイワイと賑わっている。
「ナタリーパイセン、何の盛り上がりっすか、あれ?」
「ふふ、それがね…」
仕事の準備をしながら、賑わう理由を聞く。
「恋バナ!? マリリンパイセンと、冒険者のクリューガーさんが付き合い始めた!?」
ターニャは頬を染めながら驚いた。
まだ15歳、多感な時期なのだろう。
「声が大きい! ターニャちゃん!」
二人は既に受付カウンターに並んでいたため、周囲の冒険者が何事かと視線を向けてきた。
カウンターに屈み、小声になる。
「すす、すいません! で、その話マジなんすか……受付嬢と冒険者がこ、交際とか、そんなのいいんすか?」
「珍しくないわよ。ギルドで頻繁に顔を合わせてるし……それに冒険者には、受付嬢に気に入られたくて頑張ってる子もいるからね。一種の職場恋愛みたいなものかしら?」
「ええ……フジュンっすよ、それー」
ターニャは呆れた様子だ。
根が真面目なのだろう、女の子に気に入られたくて頑張る男は不純に見えるようだ。
「ふふ。ターニャちゃんも、アサヒくんとか狙ってもいいのよ?」
そう言って、意味ありげに笑うナタリー。
「なっ…!? なんでそこでアサヒくんの名前が出てくるんすかぁ!?」
「だって、冒険者の中で一番仲がいいじゃない。弟のロイ君とも交流があるし、バカンスとかにも連れてってもらってるし」
「そ、それはそうっすけど、そういう恋愛的な感情はゼンゼン、アサヒくんには……尊敬はしてますケド…!」
顔を赤らめながら反論する。
「俺がどうしたって?」
「うきゃあああああ!!!」
いつの間にか、ターニャの背後に朝陽がやってきていた。
背後からその朝陽に声を掛けられ、ターニャは吃驚した。
「な、なに!? デカい声出してどうした!?」
「なな、なんでもないっす! きょ、今日もクエスト受注っすか!?」
「ま、まあそうだけど……さっき俺の話してた?」
「してないっす! 気のせいっす!」
「そう? まあ別にいいけど…」
朝陽には一連の会話は聞かれていなかったらしい。
ターニャは胸をなで下ろした。
ナタリーが口元を手で覆い、クスクスと笑っている。
(くうぅぅ…ナタリーパイセン、後ろにアサヒくんが来てたの知ってて話振ったなぁ…!)
ターニャは顔を真っ赤になっている。
気を取り直して仕事の話だ。
いつものようにカウンターを挟んで会話する。
「えっと、今日のクエストは…」
クエスト依頼の紙が挟まったバインダー越しに、朝陽の顔をチラチラ覗く。
「なに? 俺の顔になんかついてる?」
「い、いや、何も!」
(うう、ナタリーパイセンが変なこと言うから意識しちゃうよ……)」
乙女全開でヒロイン力を見せるターニャ。
「ゴブリン退治とか、採取クエストとかない?」
「ゴーレム級がやる仕事じゃないっすよ。アサヒくんなら魔王討伐だってそろそろ来ても不思議ないのに」
「うっ」
魔王というワードを聞き、朝陽はビクッとなった。何か思うところがあるのだろう。
朝陽はニッと笑い、格好を付けながら言った。
「小事は大事。魔王退治なんかより、俺は自分のそばにある危機を救いたいんだ」
その言葉にターニャは、ズキュウウンと銃弾を受けたような衝撃を覚えた。
「小さいクエストも見過ごさない……そういうとこ、好きだなぁ」
「え? なに?」
「い、いやいや! この好きは冒険者として好きって意味でー!! 深い意味はなくってー!!」
「は?」
両手をブンブンと振り顔を上気させるターニャに対し、朝陽はきょとんとした顔をしている。
ターニャ、一人相撲状態である。
そこにナタリーが再びやってくる。
「ターニャちゃん、隣町にあるギルド出張の所収支報告書、回収しに行ってくれた?」
「あっ、忘れてた。……今から取りに向かうっす!」
ナタリーが朝陽に話しかける。
「アサヒくん、護衛をお願いできない? ターニャちゃん一人じゃ心配だもの」
「いいですよ。行こうぜ、ターニャ」
「いいの!? ありがと!」
ナタリーが小声でターニャに話しかける。
「進展するチャンスよ!」
「それはもういいんす!」
朝陽たちは馬車を手配し、郊外へと出かけるのであった。
果たしてナタリーの思惑通り、二人は進展するのだろうか?
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