魔王
「行く! 行きます! そのおつかい!」
ノエルさんのおつかいを二つ返事で了承する。
怪しいかもとか裏があるかもとか関係ない。
エルフの里へ行けるのであれば。
虎穴に入らずんば何とやらだ。
「朝陽が行くというのなら、私が拒否する理由は無いさ」
マヤ姉は笑みを浮かべながら肩をすくめた。
さすが弟全肯定姉さん、反対はしないようだ。
「その賢者は私の旧友。手紙の文字と封蝋が身分証になるはずです」
ノエルさんから手紙を受け取る。
「そうと決まれば支度、支度!」
俺は旅の準備を始めた。
マヤ姉とノエルさんが会話を交わす。
「まんまと担がれたかな?」
「ふふ、どうでしょう?」
「ふっ、食えない人だ」
「お願いしますね、マヤちゃん。貴女がいれば、辿り着けると思いますので」
「……?」
☆
ノエルは用件を済ませると、軍場邸を後にした。
「エルフの賢者かぁ……ワンチャン、サインもらえないかな!?」
「紙とペンを持っていくか?」
「そうだね!」
「フッ、朝陽が楽しそうでお姉ちゃん何よりだ」
軍場邸からは姉弟の微笑ましいやり取りが聞こえてくる。
ノエルが振り返る。
(イクサバ姉弟……この世界とは異なる息吹を感じる二人……)
その表情はいつもの優しげなものではなく、どこか険しいものがあった。
(その存在がもたらすものは平穏か混沌か……私だけでは判断に困ります)
踵を返す。
その視線は遥か遠くを見据えている。
「手を取るべきか、討ち滅ぼすべきか……あなたならどうします? ユージーン……」
☆
「キエエエエエエ!!」
エルフの里があるとされる、王都から遠く離れた森の中。
俺たちに襲いかかってきたのは、複数匹の人面鳥であった。
不快感を与える金切り声をあげながら襲いかかってくる。
「『姉ファイア』!」
事も無げに焼き尽くすマヤ姉。
親の顔より見た光景である。
親、元気かなぁ……
「しんみりしてる場合じゃない。ハーピーが出るなんてビックリだよ!」
襲いかかってきた人面鳥はハービーであった。
異世界作品ではたびたび可愛い顔で描かれるハーピーではあるけれど、今回出くわしたのはモロに怪異というか、言うなればホラー映画に出てくるような形相であった。夢に出そう。
「こんなモンスターが出るとはな。郵便屋さんでは荷が重いわけだ」
俺たちは再び森を歩き始めた。
「王都から馬車で二日……もうすぐエルフに会えるかと思うとワクワクするなぁ」
「ウキウキだな。耳が長いんだったか? そんなもの、キルマリアやウーで見慣れてるだろうに」
キルマリアとウーを思い起こす。確かに二人とも耳が長い。
「ちっちっち……ああいうのと一緒にしないでくれる? 解釈違いだよ!」
俺はしたり顔でそう言った。
妄想上の二人に、”ああいうの”と書かれた矢印が刺さる。
「えーっと、この道を真っ直ぐ行けばいいのかな」
「地図によるとそうだな。道なりに進もう」
歩を進める。
「エルフの賢者様かー、どんな人なんだろ。女性かな、それとも長老っぽい人かな」
「疲れたら遠慮なく言え。お姉ちゃんがおぶってやる」
歩を進める。
姉ちゃん疲れたぞー! 朝陽、おんぶしてくれー!」
朝陽「ぎゃー! さっきと言ってること真逆じゃねーかー!」
姉に押し倒される。
そこで俺は、あることに気付く。
「待て! 待った! お、俺たち、延々と同じ道ループしてない!?」
「言われてみれば、確かに同じ風景だな」
組んずほぐれつの体勢のまま会話。
姉さん、一旦離れてもろて。
「エルフは人間を嫌い、人里離れた森でひっそり暮らす種族でもあるんだ。人間が近付かぬよう、幻術を使って里を隠している……?」
俺は仮説を立てた。
「なに? この無限ループの森は罠だったか……もしや、先ほどのハーピーも」
「エルフっぽい所業! 俺、感激!」
俺はテンションが上がった。
「迷わされているのに、喜ぶ我が弟よ」
マヤ姉はそんな俺を見て呆れている。
エルフに迷わされるなんて、俺たちの世界ではご褒美ですよ!
「なるほど、合点が行った」
マヤ姉がそう言って、右手を何もない虚空にかざす。
「何してんの、マヤ姉。合点って?」
「私たちを覗く視線の正体は”それ”だったか」
「視線?」
「フッ!」
マヤ姉が気合いを入れると、バキッと音を立てて、虚空に右手が刺さった。
「は!? 手が何もないとこに刺さった!? どうなってんの!?」
まるでガラスが割れるように、空間に亀裂が入っていく。
「覗きは趣味が悪いぞ! 『姉イマジンブレイク』!!」
空間を裂いて幻想をぶち壊す。
裂かれた空間の先には、また別の森が存在していた。
さらに、何者かがこちらの様子を窺っていた。
「無限ループをなんつう力業で……って、誰かいる!?」
「無限に続く回廊の中に閉じ込めておくつもりだったが……ノエルめ、恐ろしい怪物を送り込んでくれたものだ」
その何者かが、両手で四角の形を作る。
すると、俺のマヤ姉の周囲にそれぞれ半透明の結界が出現した。
「なんだこれ!? 閉じ込められた!?」
壁を叩くが、ガンガンと音が鳴るだけでビクともしない。
「透明な壁……いや、檻か?」
「檻ぃ!?」
主人公が幽閉されるRPGは名作が多いけれど、自分が閉じ込められるのは勘弁なんですけど!?
ちょっと閉所恐怖症なとこもあるし!
「ディメンション・プリズン……次元の檻だ。二十年前の魔王六将でも破るのに半刻はかかった。人間の力でどうにかなるものではない」
俺たちの前に現れたのは、ローブを身に纏った威厳ある男性であった。
年齢は30歳前後と言ったところだろうか。背が高くダンディな立ち振る舞いで、さらにイケボである。
その人は淡い髪色をし、青い瞳で、そして耳が長かった。
一目で分かった、エルフだ。
「私の名はユージーン。エルフの里の主……そしてお前たち人間が”ゴッド級”などと呼ぶ者だ」
眉間にしわを寄せながら、不機嫌そうに話すユージーンという男。
特にゴッド級のくだりで、不快さを感じさせる喋りをしていた。
「ゴッド級!?」
ということは、ノエルさんと二十年前に旅をした勇者一行の一人じゃないか。
ノエルさん、そんなことは一言も。
「ノエルさんは旧友と言っていたな……間違ってはいないな。担がれたことには違いないが」
マヤ姉は淡々とそう言った。
謀られた、という感じではない。
何となく予想は付いていた…という声色であった。
予期していたなら俺にも一言くれない?
エルフに会えるーと浮かれていた俺がアホみたいじゃないか。
ユージーン……ユージーンさんがこちらへ歩み寄ってくる。
「少年」
結界越しに俺に話しかけてくる。
え、俺?
話しかけるなら、今し方無限回廊をぶち壊したより危険人物のマヤ姉の方ではないか。
俺、なんにもしてませんけど。
「お前が当代か?」
「当代?」
「”魔王”。今度こそその身、十全に滅してやろう」
…………
…………
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…………え。
「俺!?」
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