マンドラゴラ
幻の野菜を求め、山道を歩く俺、マヤ姉、ナムルの三人。
「ナムルはその野菜がどこに生えているのか分かるのか?」
マヤ姉が訊く。
「あだすは鼻が利くすけ」
「鼻?」
ナムルが自分の鼻先を指差すと、そこにバチッと電撃が走った。
何らかのスキルを発動している証拠だ。
「採取スキル『アニマルノーズ』でかまりを辿るんだぁ」
「かまりって匂いってことかな? さすがモンストル・マルシェの冒険者……って、ちょっと待った!」
「どうした、朝陽。大声を出して」
そこで俺は重要なことに気付いた。気付いてしまった。
「モンスターグルメ愛好家が探してるってことは、その野菜、モンスターなんじゃないの!?」
脳裏に蘇るモンスターグルメの数々。
美味かったよ?
美味かったけれど、モンスターを食すなんてゾッとしない話なのだ。
「んだなす」
「モンスターグルメなんて冗談じゃねー!」
脱兎の如く逃げ出す朝陽。
その際、何かに躓いて盛大に転ぶ。
「ふがっ!?」
「大丈夫か、朝陽!」
「な、なんだぁ? 野菜…?」
どうやら地面から少しアタマを出していた作物に引っ掛かったらしい。
葉っぱを引っ張り、採ろうとする。
「引っこ抜いちゃダメだぁ!」
ナムルが鬼気迫る表情で、静止を促す。
なんだ。どうしたんだ。
その野菜を見て、俺は愕然とした。
目がついているのだ、この野菜。
目の部分まで土から出て、俺をジッと凝視している。ガン見してる。
「マンドラゴラ! 抜いだときにでっけぇ叫び声挙げて、そいつを死に至らしめるおっそろしい野菜だぁ!」
「マンドラゴラぁぁぁ!? すげー有名なヤツじゃーん!!」
マンドラゴラならマンドラゴラと、最初から言ってくれない!?
幻の野菜なんてもったい付けずに!
「朝陽、抜くなよ! そのままの体勢でいるんだ!」
「じ、地雷踏んじゃった気分なんですけど!? うわ、すっげぇ俺のこと見てる……目ぇ合う…!」
マンドラゴラ、めっちゃ俺のこと睨んでいる。
「口はまだ土ん中だから大丈夫だぁ」
「あ、なるほど。だから叫べてないのか。セーフぅ…」
「待っててけれ、耳栓を今用意するすけ」
ナムルはリュックを漁っている。
するとマンドラゴラが地中から両手を出した。
そしてその両手を地面に押しつけ、地中から這い出ようとしている。
「うわっ!? こいつ這い出ようとしてる!? す、すげえ力…!」
なんとか抑えようとするが、ニンジンと同サイズのくせに力が強く、少しずつ地中に出かけている。
まずい、こんな至近距離で叫ばれたら即死してしまう!?
マヤ姉が俺にタックルしてきた。
「うわっ、マヤ姉!?」
「どけ、朝陽! 私が掴む!」
「ダメだ! 俺の代わりに犠牲になんて!!」
しかしマヤ姉はそんなタマではなかった。
「『姉ハーヴェスト』!」
マヤ姉は目にも止まらぬスピードでマンドラゴラを引き抜くと、叫ぶより早く、天高く放り投げた。
マヤ姉のパワーによるスローイングだ。
上空彼方、成層圏にまで届くんじゃないかという高さまでマンドラゴラは放り投げられた。
「キャアアアアアアアアアアアア…………」
うっすら空高くで叫んでいるようだが、地上にいる俺たちには殆ど聞こえない。
マンドラゴラは叫び声が弱くなりながら、数十秒かけて落下してくる。
それをパシッとキャッチするマヤ姉。
マンドラゴラは叫びを終え、その瞳から光は消えていた。
もはやただの作物である。
「要は悲鳴が聞こえなければいいのだろう?」
事も無げにそう言うマヤ姉。
ナムルは俺の横で口をあんぐり開けて驚嘆している。
「た、たまげだー!」
「ち、力技にも程がある…!」
俺は助けられたわけだが、引いている。
「この採り方ならば、リスクなくマンドラゴラを収穫できるな」
今し方採ったばかりのマンドラゴラを見ながら言う。
「んだなす! アニマルノーズで場所探るんで、いっぱい採るべ!」
朝陽「ひぃぃぃ! マンドラゴラの悲鳴は避けられても、食うことからは避けられない運命!?」
天を仰ぐ。
「ん?」
仰いだ天、つまりは空から何か黒い点点が近付いてくることに気付く。
星みたいにたくさんあるけれど、アレは一体。
ズドォォォォン!
落ちてきたのは鳥類の飛行モンスターであった。
人間より一回り大きいサイズが上空から降ってきたのだ、地面には衝撃で穴が開いた。
「と、鳥ぃ!? 鳥のモンスターが降ってきた!?」
次々と落下してくる飛行モンスターたち。中には通常の鳥もいる。
俺たちは右往左往しながらそれを避けた。
「なんだべなんだべ!?」
「バードストライクだ!!」
「なるほど。上空にいた鳥たちがマンドラゴラの悲鳴を聞いて失神し、こうして降ってきているのか」
マヤ姉は冷静に分析した。
なるほど合点がいった……けれど。
「冷静に言ってる場合かー!」
「ふぎゃん!」
そのうちの一匹がナムルの頭に激突し、気絶してしまう。
「ナムルー!」
「うおお!?」
マヤ姉にも落下物がドッスンと降り注ぐ。
「マヤ姉……って、あれ?」
その落下物には見覚えがあった。
「あいたた……クッションがあって助かったわい」
キルマリアであった。
そしてその尻の下にあるのはクッションではなく、うつ伏せにぶっ倒れているマヤ姉である。
「キルマリア!? どうしてここに!」
「おう、アサヒではないか」
キルマリアはここで初めて俺の存在に気付いたようだ。
ってことは尻の下、ホントにクッションと思ってる?
「おぬしらの様子を見に飛んできたら、耳をつんざく悲鳴が聞こえてのう……一瞬クラッと目眩がの」
マヤ姉が空に放ったマンドラゴラのことだろう。
「マンドラゴラの悲鳴を聞いて目眩くらいで済むなんて、さすが魔王六将……」
ボスだもんな、そりゃ即死攻撃は効かないか。
「マンドラゴラじゃと? どおりで。どこのアホウじゃ、そんなもの空高く放り投げるなぞ」
あなたの尻の下にいる俺の実姉です。
俺はナムルの様子を見た。
バードストライクを食らってすっかり気絶している。
「ナムルは……のびちゃってるなぁ。まあキルマリアの姿を見られなくて逆によかったか」
「誰じゃ、そいつ。ところでマヤはどうした? おらんのか?」
キルマリアはキョロキョロと周囲を見渡した。
「えーと、尻の下に……」
「いつまで私に乗っているんだー!」
マヤ姉は勢いよく起き上がり、ちゃぶ台返しのようにキルマリアをひっくり返した。
「うおう!?」
臨戦態勢に入る二人。
「よくも私をクッションにしたな! 許さん、キルマリア!」
「おぬしか、マヤ! マンドラゴラを投げ飛ばしたのは! 酷い目に遭ったわ!!」
ああ、これ、いつものケンカの時間だ。
地形を変えるレベルの戦いなので、もはやケンカという域ではないが。
「巻き込まれないように、ナムルを移動してっと……」
俺はナムルの両肩を掴んで、ズルズルと引きずった。
何にせよ、このままマンドラゴラ食が有耶無耶になりそうでホッと一安心。
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