わらわを姉と呼ぶか
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズを開始しました。
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早朝、冒険者ギルドへ本日の依頼を受けに行く。
これが冒険者である軍場朝陽の日課となっている。
強い者は志高く魔王軍討伐を目指し、そうでない者はクエストで日銭を稼ぐ……俺たち軍場姉弟は、今のところ後者である。なにせ装備品ですらまだ初期状態の極貧姉弟ですからね。同情するなら金をくれ。
「おいっす! アサヒくん!」
窓口へ向かうと、受付嬢のターニャが軽快に話しかけてくる。
「うぃーす、ターニャ。何かいいクエスト入ってる?」
「危険度A級モンスターの討伐クエとかは今んとこないっすねぇ……」
「いや、そんなヤベーのはいいんだ。もっとこう……手軽なヤツないかな?」
つよつよ冒険者の噂ばかりが先行しているが、実際の俺はよわよわ冒険者なのだ。チート級の強さを誇る身内がいるとはいえ、なるべく寿命が縮む思いはしたくない。
「なら、クローディオ森林に発生している虹色キノコの収穫! このクエストがオススメっす!」
ターニャは収穫クエストを薦めてきた。
これは定められた量のアイテムを集めてくればいいだけのクエストである。なるほど、確かに手軽だ。俺は二つ返事で引き受けた。
マヤ姉はまだ宿屋で待機中である。
声を掛けに一旦戻ろうかとも思ったが、ここで弟としての意地が顔を出す。
「キノコ狩りならマヤ姉が居なくても一人で出来るだろ……サクッと今日の宿代稼いでくるか」
何でもかんでも姉頼りでは格好が付かない。俺は一人でクローディオ森林へと向かった。
「はぁ、はぁ、はぁ!」
茂みを掻き分け、木々の合間を縫い、俺は全力疾走をしていた。
なぜって?
それは背後から巨大な熊が迫ってきているから!
「グアオオオオオオオ!」
「熊が出てくるとか聞いてねえよぉぉぉ!!」
虹色キノコを収穫している最中、急にこの熊は現れたのだ。
しかもどうやら手負いらしく、やたらと気が立っている。
「グルルルル!」
「ひぇぇぇぇ!!」
俺は熊の攻撃をすんでの所で躱しながら、ただただ一目散に逃げていた。
異世界に来たての頃を思い出す。
あの時もこうしてワイバーンに追いかけられ、涙目になりながら全力で逃げてたっけ。
なに、俺? 大型モンスターを呼び込むフェロモンでも身体から出してるの?
ワイバーンのときはマヤ姉が突如現れて助けてくれたが、あんな奇跡そうそう何度も……
そう思った瞬間、頭上から大きな火球が飛んできて熊に命中する。
「ギャオオオオオ!!」
熊は一撃で消し炭と化し、消失した。
「うわおおおお!?」
その爆心地近くにいた俺も、爆風で吹っ飛ぶ。
ベッド上の峰不○子に飛び込むル○ンさながら、俺の身体はキレイな放物線を描いて、”柔らかいモノ”へと顔から突っ込んだ。
「わぷっ!」
その感触は幾度か経験したことがある柔らかさだった。
ああ……これは胸だ。女性の胸。それも豊満な。
デタラメな威力の魔法に、豊満な胸。
そこから導き出される答えは一つだろう。
マヤ姉だ。
「また助けられちゃったな……」
胸に顔を埋めたまま、ボソリと呟く。
自分一人でクエストをこなそうとしても、結局は失敗して、こうして姉に助けられるんだ。俺は感謝と同時に、情けなさも感じていた。
「やっぱり俺は、姉がいないとダメなヤツなんだな……」
ゆっくりと顔を上げる。
そこにいたのは見知った顔ではなく、見覚えのない女性であった。
美しい顔立ちをしているが、どこか剣呑な雰囲気も漂わせている。年齢はマヤ姉と同じくらいだろうか、俺よりは幾つか上に見える。魔女のような妖艶な格好をしており、側頭部にはよく目立つ角の飾りが2本ほど付いている。あれ、あの……飾り……ですよね?
「ほう、わらわを姉と呼ぶか」
俺を助けてくれた女性は、柔和な笑みを浮かべた。
その表情に少しドキッとする。
「ところで……いつまでわらわの胸に顔を埋めている気じゃ?」
ハッと我に返る。俺は見知らぬ女性の胸に顔を埋めたままの体勢であった。
「ご、ごめん!」
そう言うと、すぐにその女性から身体を離した。
「姉か……不思議と悪い気がせん呼び名よのう。胸がときめいたぞ、少年」
「あ、いや、それは人違いってヤツで……」
女性はこちらの言い分など意に介さず、カッカッカと楽しげに笑った。
困惑すると同時に(というか老人口調キャラだよ! 異世界っぽい!)などとも一瞬思ってしまった、ゲーム脳の俺。
よく見ると顔も特に似ていない。服装も雰囲気もだいぶ違う。
しかし俺はなぜか、この女性にマヤ姉に似たものを感じてしまった。
この人は一体……?