海竜
背中から膨大な魔力の流れを感じ、恐る恐る振り返る。
するとエスメラルダが両手を上に掲げ、海から水を巻き上げて、空中に巨大な水球を作っていた。
このデタラメな魔力、マヤ姉やキルマリアから感じるものと同等である。
「ちょっ、あの、エスメラルダさん……!?」
俺の声など耳に届いていないようだ。
見据えるのは、目の前にいる友人食いし二人組。マヤ姉とキルマリアだ。
「かか、壊乱のキルマリアぁ! いっつも海の友達を倒したり食べたりしてー!! 『アクア・プラネット・ボール』!!」
エスメラルダが水魔法を放つ。
マヤ姉とキルマリアは咄嗟に宙を舞い、その攻撃を躱す。
水魔法が放たれた波止場はキレイに円形にえぐり取られ、半壊してしまった。恐ろしい威力だ。
「人間嫌いで海に籠もりっきりの陰キャなおぬしが、なぜ陸地におる!? はぐはぐ!」
キルマリアは攻撃を避けつつも、しっかりクラーケンの焼き立ての触手を口に咥えている。
たいした食への執念である。
「い、いい、陰キャって言うなぁ! わ、わたしはウロコを取り返しに……」
「ウロコ?」
俺が首に掛けている、元はエスメラルダの物というペンダントのことだろうか。
先ほどは俺にあげると言われたが、はて。
キルマリアとマヤ姉が、エスメラルダwith俺と対峙する。
あれ、俺も巻き込まれてる?
この怪獣大戦争に?
「マヤ、聞け。エスメラルダは海を統べる魔族。この街を襲った異常な海面上昇や水棲モンスターの出現は、こやつがこうして陸に近付いた影響じゃろう」
「なるほどな。ではあの女を倒せば、海を引くというわけだな?」
「じゃな」
二人が穏やかなではない話をしている。
エスメラルダを倒すつもりなのか。
「ま、待て待て! なんか戦う流れになってない!? まずはお互い落ち着いて話を……」
「クラくんの仇、取る、よ……!!」
再びエスメラルダが魔力を溜めている。
「エスメラルダも俺の背中で応戦すなー!!」
というか、俺もいつまで魔王六将を肩車してるんだ!?
「売られたケンカは買う主義じゃ! 『フレイムランス』!!」
「『トライデント』!!」
炎の槍と水の槍、キルマリアとエスメラルダのお互いの魔法がぶつかり合う。
そのとてつもないパワーのぶつかり合いで海が荒れる。
「相殺! ちぃ、水と炎では相性が悪い! マヤ、次はおぬしが攻撃せい」
「そうしたいのはやまやまだが、ヤツの股下には朝陽がいる。くっ、人質を取るとは卑怯な……攻撃しようがない!」
「いや、人質じゃないけどね!? 話聞いて!?」
この人たち、俺の声をミュートにしてない?
聞けっつーに!
「『ポセイドン・ウェイブ』!!」
エスメラルダの奥義が放たれる。
街全てを飲み込むほどの大津波である。
停泊中だった船を何隻か飲み込みつつ、陸に迫ってくる。
「いかんぞ、この威力! 街を飲み込む規模じゃ!」
「任せろ! 『姉キャッスル』!!」
ギガノトによるテンペスト山の土砂崩れをも防いだ、マヤ姉の大規模バリアである。
大津波をも完璧に防いでみせた。
名前はダサいけれど、異世界最高の防衛システムであろう。
「なんてデタラメな力のぶつかり合い……うお、足場が!?」
俺とエスメラルダが立っていた足場が、大荒れの海によって崩れ出す。
「うわっ!?」
俺とエスメラルダは海に落ちた。
ポセイドン・ウェイブと姉キャッスルがぶつかった影響で、海に巨大な渦が発生……俺の身体もその流れに引きずり込まれる。
(ヤバい! この流れの速さ……溺れ死んじまう……!!)
「アサヒ! 助ける!」
一緒に海に落ちたエスメラルダは海の生き物だからだろうか、溺れることなく無事なようだ。
俺を救うべく泳いでいるが、この潮の流れでは到底追いつけそうに……え?
エスメラルダが身体がどんどん大きくなっていく。
いや、違う。
人間体から、徐々に魚……蛇……いや、海竜の姿に変わっていく。
海竜は俺の服を咥えると、そのまま地上に引き揚げた。
「あれは……」
「そうじゃ。海竜……エスメラルダのもうひとつの姿じゃ」
キルマリアとマヤ姉が海竜を見上げている。
何十メートルにも及ぶ巨大な姿、呆気にとられるのも無理はない。
というか俺は今、服のフード部分を咥えられて、地上30メートルくらいの高さまで持ち上げられているんですが。超怖い。
ぶら下がり状態のまま後ろを見る。海竜の姿のエスメラルダと目が合う。
「エスメラルダ……なのか?」
「こ、怖いよね……こんな、その、わたしのこと……」
竜の姿でも、人間体の時と同じように怯えているのがよく分かる。
だから俺は破顔一笑、こう言ってやった。
「だから全然だって。助けてくれてサンキューな、エスメラルダ!」
☆
程経て。
すっかり海が引いた浜辺に、俺、マヤ姉、キルマリア、エスメラルダ、そしてクラーケンの姿があった。
なんとクラーケン、触手を何本か切り落とされてはいたが生きていたのだ。
よーく見るとつぶらな瞳をしていて可愛い。
海の中からこちらに向けて手…いや脚? とにかく触手をブンブンと振っている。
さて、問題は浜辺の方だ。
そこには正座で座っているマヤ姉、キルマリア、エスメラルダの姿があった。
促しているのだ、お姉さま方に。反省を。
「ク、クラくんが最初に暴れちゃってたみたいで……ご、ごめんなさい…」
「こちらこそ、脚を数本食べちゃって申し訳ない」
「ま、美味じゃったがの」
「これでケンカ両成敗! オーケイ!?」
俺は青筋を立てながら、3人に言った。
落ち着いてこうして話し合えば、争う必要などなかったのだ。
まったくもって人の話を聞かない3人である。
「カッカッカ! 魔王六将を両サイドに座らせて仲裁をするなど、まるで魔王じゃのうアサヒ?」
キルマリアが楽しげにそんなことを言う。
「やかましいキルマリア!」
魔王じゃなく勇者を目指しているんだ、俺は。
エスメラルダが俺の胸元を指差す。
「わ、わたしの力をアサヒのペンダントから感じて、大陸までやって来たんだ、実は…」
「ウロコって、つまりは海竜の姿のときのウロコだったわけね。やっと理解したよ」
ならばこれは、やはり返すべきではないだろうか。
しかしエスメラルダは首を小さく横に振った。
「う、ううん、アサヒなら悪用しないって分かるから……大丈夫。海も引かせたから、街の人ももう安心……」
「にしてもクラくん…クラーケンも生きてて良かったよ。マヤ姉の魔法を食らってよくもまあ絶命しなかったもんだ…」
「魔法を放つ間際、視界の端に彼女の姿が見えたからな。咄嗟に加減したんだ」
「なるほど……でも食うときにトドメ刺すこともできたわけじゃん?」
「切った触手が再生するんだ、あのクラーケン。それを見て思ったんだ……生かしておけば半永久的に食糧になるんじゃないかと」
「それで延命!? 生かさず殺さず!? マヤ姉、こえーよ!」
魔王六将より俺の実姉の方が何倍もおっかないんですけど!?
エスメラルダは海へ向かった。
「じゃ、じゃあ、わたし、クラくんと帰るね……またね、アサヒ…!」
小さく手を振る彼女に、俺は大きく手を振り返した。
「うん。またな、エスメラルダ」
俺とマヤ姉とキルマリアは、海竜の姿に戻って遠ざかっていく彼女の姿を見送った。
「キルマリア以外にも魔王六将の友達が出来て良かったな、朝陽」
マヤ姉がそんなことを言う。
「それ、人類を敵に回してるみたいで穏やかじゃないんだけど…」
俺は引きつった笑いを浮かべた。
あれ、俺もしかして人間敵対ルートとか入っちゃってる?
「ウートポスもじゃから、魔王六将の半分がアサヒの知り合いというな…」
「え? なんだって?」
「カカッ、なんでもないわい」
キルマリアが何かボソボソ言っていたが聞こえなかった。
まあ、どうせ他愛のないことだろう。
「しかしエスメラルダの、朝陽を見るあの目……あれは姉ポジションを狙っている目だったな。人間界に害を及ぼすような性格ではないようだが、そこは用心しないと」
「姉ポジションってなに!? そんなポジション、マヤ姉くらいしか意識してないっての!」
「カッカッカ! アサヒは弟ジゴロじゃからのう」
「弟ジゴロってのも何なのよ!?」
そんな風に賑やかに、夕暮れ時の浜辺を歩く三人であった。