全然怖くないけど
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~8巻発売中です。
2023年のTVアニメ化に伴い、アニメ公式サイトと公式Twitterが開設されました。
よろしくお願いします。
「わたしは……わたしの名は、エスメラルダ……!」
エスメラルダがユラリとこちらへ近付いてくる。
気弱で病弱そうな女性だが、一瞬、不思議とキルマリアに似た気配を感じた。
「魔王ろっ…く、しょしょい!?」
足がもつれて、顔面から地面に倒れ込んだ。
痛そう。
「だ、大丈夫…?」
「お、おお、陸は慣れないから…足がもつれたぁ……!」
エスメラルダは顔を真っ赤に腫れさせながら、滝のような涙を流している。
やっぱりただのか弱い女性だった。
傲慢で強大で天真爛漫なキルマリアとは正反対。似ているわけがなかった。
「よっと!」
「わわ!?」
俺はエスメラルダをおぶった。
スレンダーで儚げな風貌通りと言うべきか、存外軽い。40キロもないのではなかろうか。
「クラーケンのところまでおぶっていくよ。慣れてないんだろ、陸」
「え? え?」
エスメラルダは戸惑いを見せている。
「わ、私のこと…怖くないの?」
「え?」
「こ、この姿でも…人間はみんな私を怖がる……昔からずっと…」
確かに人外の魔族ではあるから、一般人はそうだろう。
「だ、だから私、ずっと海に籠もってて……それで、その……」
「全然怖くないけど?」
俺はハッキリそう言った。
透き通るように白いエスメラルダの頬に、みるみる赤みが差していくのが分かる。
「う、うそ……本当?」
「ホント。マジ」
いや実際、魔族はキルマリアやウー、あと今まで相対してきた多種多様のモンスターで慣れきってるからね。
イルカっぽいしっぽとヒレ耳が付いたアルビノ半魚人くらいではもう動じませんよ。
それにやっぱり俺オタクなので、ヒレ耳ついたウンディーネみたい子憧れもありましたし。
「そういえばこのペンダントがどうしたって?」
俺は胸元のペンダントを手にとって、背中のエスメラルダにもう一度見せた。
このペンダントに関心を持っていたようだったが。
「それ…わたしの…」
「は? マジ?」
もしかしてエスメラルダが落として無くしたのが、流れ流れてホアンさんの店に行き着いたのだろうか。
もしくは忌避する人間に奪われて、質に出されたとか。
「そうだったのか……じゃあ返そうか?」
エスメラルダは小さく首を横に振った。
「う、ううん……キミならいい…キミが持ってて」
「? そう?」
海竜のウロコが使われているらしいペンダント。
ボム系モンスターの自爆を防ぐなど魔法防御に使えるから、持ったままでいいのならありがたい。
大切に使わせてもらおう。
海に飛び込む前に俺たちがいた、波止場までやってきた。
「そろそろマヤ姉たちと合流できるはずだ」
「そ、そこにクラくんもいるんだね……!」
エスメラルダをおぶったまま歩いていると、何やらイイ匂いがしてきた。
「くんくん……なんだろ、香ばしいニオイがするな」
「ホントだ……お腹空いてきちゃった……」
香ばしいニオイの正体は、こんがり焼かれたクラーケンの脚であった。
「クラくうううううん!!?」
マヤ姉とキルマリアが火を起こして、削ぎ落としたクラーケンの脚を肉焼き機で焼いていた。
キルマリアは認識阻害の術を解いて、魔族姿のままだ。
「はふはふ、アサヒ、無事じゃったか!」
「お、おう。おかげさんで……」
「海に入ったところまでは確認したが、無事だと思っていたよ。ちょうどよかった、昼食にしよう」
キルマリアがクラーケン脚を頬張りながら、マヤ姉が切ったばかりのクラーケン脚を肩に担ぎながら、それぞれそう言った。
クラーケンの本体は海に半分沈んだまま、ぐるぐると目を回していた。
一応生きてはいる……のかな?
「あわ…あわあわ……」
俺の背後にいるエスメラルダも、ぐるぐると目を回している様子。
そりゃあ友達が目の前でこんがり焼かれて食われてたら絶句するよな。
心中お察しします。
「カッカッカ! 獲れたての海の幸は美味いのう!」
「そういえば二人だけ? 他のみんなは?」
「グローリアやソフィたちは着替えをしに街へ行った。全身スミで真っ黒だったからな」
「なるほど、そりゃそうか」
みんなの視界を塞ぐためとはいえ、せっかくの洋服をスミだらけにして悪いことをしたな。
キルマリアが鋭い視線をこちらへ向ける。
「む! エスメラルダではないか。やはり現れおったか……はふはふ」
「食うか喋るかどっちかに……って、キルマリア、知り合いなの?」
「”蒼海”のエスメラルダ……魔王六将じゃよ、そやつも」
「えっ」
今度は俺が絶句する番だった。
俺が背中におんぶしている子が、魔王六将の一人?