バカンス
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~8巻発売中です。
2023年のTVアニメ化に伴い、アニメ公式サイトと公式Twitterが開設されました。
よろしくお願いします。
グローリア邸。
グローリアがブリガンダイン家を飛び出して、クオンと住み着いた別荘だ。
今ではスーパー朝陽軍団の集会所にもなっており、中庭はジークさんの青空剣術教室にも使われておりと、俺にとっても馴染みの場所となってきた。
ここに来ると美味しい紅茶とお菓子にもありつけるからね……憩いの場だ。
それはグローリアとクオンと俺との三人でティータイムを楽しんでいる最中のやり取りだった。
「バカンス?」
「そう、バカンス! わたくしと海に行きませんこと!?」
グローリアは顔を赤らめながら、意を決したかのような勢いでそんなことを言った。
熱でもあるのかな?
それにしても唐突かつ、話が今ひとつ見えない提案だ。
クオンが補足するように続ける。
「海沿いのリゾート地に、ブリガンダイン家の別荘があるんですよ。お嬢はそこへ遊びに来ないかと誘っているのです」
「そう! そういうことですわ!」
「なるほど、そりゃいいね」
この世界にもリゾート地なんてものがあったんだな。
そんな場所にも別荘があるブリガンダイン家……さすが王国きっての大貴族だ。
そこの令嬢がグローリアだから、家柄の大きさをついつい忘れがちになるのだけれど。
グローリアとクオンが俺に背を向け、ヒソヒソと何か密談している。
「やりましたわ! 恋愛とはそれすなわち、ひと夏の恋……バカンスへ連れ出せば、アサヒを落とせるはず!」
「市井で流行っている恋愛小説のエピソードですけどね、それ」
「二人きりのアバンチュール、堪能いたしますわー!」
「ナチュラルに私を数から省いているの、おハーブ生えます」
何を話しているのだろう。しかしバカンスか……海か……
「それにお嬢……彼の性格をお忘れですか?」
「性格?」
「こういうとき、彼ならば……」
俺は指折り、同行させるメンバーを数えた。
「まずマヤ姉だろ。キ……マリアも友達として連れてってあげようか。で、ソフィ、ユイシス。ターニャにもお世話になってるし声掛けよう」
これ以上呼んだらグローリアの迷惑にもなるか。
「んな!? 大所帯!?」
「アサヒ氏の性格ならそうなりますよね。むしろ呼ばずとも、マヤ氏は駆けつけるでしょうし」
グローリアは愕然とした表情になっている。
呼びすぎたかな?
「くううう! いいですわ! こうなったら皆さんまとめて別荘へご招待しますわー!!」
グローリアはまるでやけくそのように叫んだ。
さすが令嬢、太っ腹だ。
☆
リゾート地ブエナベントゥーラに向かう馬車の中は賑やかであった。
馬車は二台。片方に人を乗せ、もう片方には荷物を載せて街道を行く。
「楽しみだなぁ、海沿いのリゾート地……どんな場所なんだろう」
「私も楽しみだよ、アサヒの水着回」
じゅるりと右隣でヨダレを垂らしている我が実姉。いやそれ楽しみにしてるのあなたくらいだから。
「カッカッカ! 新鮮な海の幸、楽しみじゃのう!」
左隣にいるキルマリアも、じゅるりとヨダレを垂らしていた。当然、町娘の姿だ。
「ふふ、ぜひ楽しみにしてくださいまし……ところで、さも当然のようにいるあの方はどなた?」
「マリア氏……マヤ氏のご友人です」
クオンがグローリアにそう教える。確かに接点無かったもんな、ここ。
「お強い方です」
「おお、メイド。闘技場のときは殺気を放ってすまんかったな。今回は世話になる」
「ええ」
クオンとキルマリアがそんなやり取りを交わす。
闘技場と言うと、俺とグローリアが戦った時かな。
「神は言っています……時には休息も必要だと」
「あたしまで呼んでもらってあざっーす!」
「ブリガンダイン流のバカンス、ミストルテイン家の令嬢として視察させてもらうのだわ!」
ソフィ、ターニャ、ユイシスの三人もいる。それぞれ私服姿だ。
「ソフィやユイシスは杖も置いてきたんだな」
二人は手ぶらである。
かくいう俺も剣は置いてきている。
「はい、バカンスですからね。一応、私は杖無しでも簡単な魔法は使えますし」
「あんな重い杖一式、荷物に入らなかったのだわ」
ユイシスの衣装ケースは3個もあった。
2泊3日くらいなのに、なぜあそこまで衣服が必要なのだろうか。
グローリア邸まで運んできたのはメイドのジルさんなのだが、彼女は同行しなかった。
となると現地であれを運ぶのは……え、俺?
「さあ、もうすぐブエナベントゥーラに着きますわ!」
「あ、確かに潮の香りがほのかに…」
「海か……割ったとき以来だな」
「割った? ああ、スイカ割りっすか?」
「あ、いや、ターニャそうじゃなくって……」
「?」
海に来るのはシャーク軍団と戦った時以来だ。
割ったとは、姉モーゼで海を割ったことなのだが、こんな話信じる人はいないだろう。
俺は沈黙を貫いた。
「皆さん、我が別荘でおくつろぎくださいましー!」
☆
「別荘が水没してますわぁぁぁ!!!」
まるで即オチ2コマ漫画のようなスピード感。
ブリガンダイン家の別荘は水没していた。
「な、なんだこの状況……!?」
「勇者さま! グローリアの別荘だけじゃなく、街全体が浸水してますよ!」
ソフィが言うように、街の建物のの殆どが二階くらいの高さまで浸水していた。
街の人たちは屋根の上に避難しており、木製ボートに乗った自警団が住民の救助をしている。
「た、ただごとじゃないっすよ、これは! ギルドに連絡して、救助クエストを発注しなきゃ…」
ターニャは仕事モードに切り替えた。さすがギルドの受付嬢。
「遊ぶ気満々だったのに、何なのよう!」
ユイシスは浮き輪を付けながら不満顔である。うーん、さすがワガママ令嬢。
「のう、アサヒ」
キルマリアがこつこつと俺の肩を叩く。
マヤ姉も隣にいる。
「なに? キルマリア、マヤ姉」
「海の幸はどこじゃ? 酒は?」
「そうだ、朝陽の水着回は」
「今それどこじゃねーから! 空気読んで!?」
この二人、自然災害を前にしても通常運行すぎるの逆に逞しいな!?
それと俺の水着回を喜ぶな!
「お、おい、グローリア。そう気を落とさず…」
「…………」
グローリアは白目を剥いたまま失神している。
そっとしておこう……
そこに、街での偵察を終えたクオンが飛んでやって来た。
「クオン! “鷹の目”のスキルで街の視察を?」
「ええ。この数日、異常な海面上昇があったとのとこです。嵐も潮の変化もない中、突然……」
「異常気象のせいってわけじゃないのか」
「海竜の呪い……そんなことを口にする人々も、中には」
「海竜じゃと……? ふむ……」
そのワードに反応したのはキルマリアであった。
俺も同様に、胸に光る海竜のウロコのペンダントを見た。
海竜……何か繋がっているのか?