テンペスト山
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。
現在アニメ化企画進行中!
星辰教会総本山、サートゥルナーリア。
山岳部に位置するその都市は信仰の一大中心地であり、教会の人間、遠方からの巡礼者や旅行者で日々賑わいを見せている。
その寺院の一つに、彼女の姿はあった。
ノエル=ピースフル。
ソフィの母で、冒険者ランク”ゴッド”級を与えられた伝説のヒーラーその人である。
ノエルは古書を手に取っていた。
その文面を声に出して読む。
「いにしえの時代、幾つもの都市を滅ぼした巨人がいた。巨人は人も魔族も等しく殲滅……意思も思想もないその暴虐は世界の脅威であった」
ページをめくる。
「そこで立ち上がったのが赤銅の戦士である。彼らは数年にも及ぶ戦いで、巨人を山の火口に押し込めた」
さらにページをめくる。
「赤銅の四戦士が自らを人柱にし、巨人をその山に封印……長い年月を経て、その地はかつて起こった災いを想起させる名として、”テンペスト山”と呼ばれるようになった……」
ノエルは古書をしまうと、テーブルの上にあったティーカップを手にした。
窓際から見える景色を眺めながら、紅茶を啜る。
「王都近くのテンペスト山が土砂崩れを起こしたようですが……古い書物にしか残っていない伝承。杞憂に終わることを願いましょう」
そのときだった。
ティーカップの持ち手がパキンと折れ、カップが床に落ちてしまう。
紅茶がカーペットを汚す。
「凶兆……そういうことですか?」
ノエルの視線は険しくし、そう呟いた。
案じるは王都の国民、後進の冒険者たち、そして愛する我が娘。
☆
マヤ姉と共に冒険者ギルドへ向かうと、ターニャから仕事の打診があった。
貧乏暇無し、仕事があるなら何でもやる所存だが、一体どんな依頼だろう。
「テンペスト山って知ってます?」
「え? ああ、まあ」
最近出掛けた場所でもある。
そう、ギガノトが襲来してきて土砂崩れを起こした山だ。
あまり良い思い出はないのだけれど。
「その山の調査クエストが入ってるんすよ」
「調査?」
「土砂崩れが起きて以降、テンペスト山を震源とした小さな地震が頻発してるんす!」
言われてみると、最近ちょいちょい街に地震が来ている気がする。
地震大国日本で生まれたから、震度1くらいの揺れが頻発していても特に気にも留めなかったけれど、なるほど確かにこっちの世界では珍しいことかも。
「なんで、その調査をスーパー朝陽軍団に頼みたいんすよー」
「山の調査かー。ちょっと退屈なクエストだけど、まあウチには新しく入った新人もいるし、最初はこれくらいの方がいいか」
マヤ姉が隣で相槌を打つ。
「そうだな。それにテンペスト山はギガノトが破壊した山。私たちにもその責任が…もがもが」
「わー! ストップ! マヤ姉!」
俺は必死にマヤ姉の口を両手で塞いだ。
ターニャが首を傾げる。
「ギガ……え? なんて?」
「なな、なんでもない! こっちの話!」
「はあ」
俺はマヤ姉の耳元で小声でまくし立てた。
「魔王六将が実は攻めてきてたなんて知れたら、街中がパニックになるでしょ! 内緒に!」
「なるほど、確かに。秘密にしておくか」
「なに姉弟でヒソヒソ話してんすかぁ?」
「い、いや! こっちの話! 山の調査ね、うん、やるよ」
「助かるっす!」
ターニャは満面の笑みを見せた。
俺は笑顔が引きつっている。
テンペスト山が崩れた責任の一端はウチにあると言っても過言では無いからね……
崩したのはギガノトだけれど、そのギガノトの目的はマヤ姉へのリベンジだったわけで。
他のクランが調査してボロが出てこないよう、俺たちでこの案件は片付けねば。
まずい証拠が出てきたら?
そりゃもう当然もみ消す所存です。
街の出入り口に向かうと、連絡を受けたクランメンバーたちがすでに出揃っていた。
「やあ、みんな。揃ってる?」
「はい、勇者さま!」
ヒーラーのソフィ。今日も元気で明るい。
毒舌とSッ気とトラブルメーカーっぷりさえ出さなければ正統派ヒロインなんだけどな…
「準備に抜かりなしですわ!」
ゴーレム級の騎士、グローリア。お嬢さま言葉は本日も健在。
大剣の他に、棺ほどもありそうなケースを抱えている。
「右に同じです、アサヒ氏」
グローリア付きのメイド、クオン。相変わらずポーカーフェイスだ。
秘められたその力は、マヤ姉を除けばウチのクランでも一番だろう。
「…………」
一人ブスッとした表情のちんまい少女が居る。
どうした、なんか不機嫌そうだな。
「ユイシス?」
「…………」
「ユイシス・ミストルテイン?」
「…………遺憾なのだわ」
ようやく口を開いたかと思えば、遺憾とは何の事だろう。
「記念すべきあたしの初クエストが足を使っての地形調査? 地味! 華やかさに欠けるのだわ!」
ユイシス・ミストルテイン。新しく入った新人だ。
特大の魔法を扱えるのはいいが、杖一本に付き一発しか放てないコスパ最悪の魔法少女である。
ひょんなことから、スーパー朝陽軍団に加入する運びとなった。
「でもブーブー言いながらもユイシスもちゃんと来てるな。えらいぞ」
「子供扱いしないでくれる!? あたしの方がアサヒより一個上なんだから!」
童顔で幼児体型なのに16歳なのだ、この子。
年上の威厳はミリもないけど。
「そういえばジルさんは?」
ユイシスには彼女付きのヤンキーメイド、ジルさんが居たはずだが。
「ジルはミストルテイン家の屋敷だわ。ジルはクラン入りしなかったもの」
そういえばそうだった。
自分は大人だから若い衆に入るのは遠慮しとくとかなんとか……体よく、おてんばお嬢さまを押しつけられた気がしないでもない。
「ジルさんからユイシスの杖を預かってますわ。わたくしが運びますわね」
グローリアは肩に担いでいた棺のようなケースを見せた。
なるほど、前回ジルさんが持っていた、ユイシスの杖ストック入れか。
「いや、さすがに女の子に荷物運びさせるわけには……俺が持つ、よおおお!?」
ケースを持った瞬間、その重さから地面に落としてしまう。
地面、軽くめり込んでいるんですけど。
「な、なんつー重さ…!」
成人男性ひとり分くらいの重さはあるぞ。
これだけの杖を持っているユイシスの財力にも、軽々持っていたグローリアの腕力にも驚く。
なんなの、このお嬢さまコンビ。
「大丈夫ですか、勇者さま。肩が外れたのなら回復しますよ!」
「こら、アサヒ! 高価品なんだから丁重に扱いなさーい!」
「ここは大人しく脳筋に任せた方が吉ですよ、アサヒ氏」
「そうそう、脳筋にに……って、主に対して無遠慮すぎなくて!? クオン!」
あーもう姦しい。
まるで女子高のグループのような騒がしさだ。
「はは、賑やかでいいことだ。さあ、テンペスト山へ向かおう」
年長者のマヤ姉がそう言うと、皆もそれに「ええ!」と頷いて歩き出した。
さすがマヤ姉。
その強さは隠しているはずだけれど、言葉に力強さがある。
……あれ?
このクランのリーダー、俺で合ってるよね?