隙が多すぎる
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。
現在アニメ化企画進行中!
「アサヒくんとジーク先生ってどっちが強いの?」
ロイが何気なく発したその疑問は、突如として俺を窮地に立たせた。
それ、禁止カードなんだけど!
新進気鋭のゴーレム級と、一線を退いたドラゴン級……
なるほど、字面では互角に思えるかもしれない。ロイの疑問も興味も分かる。
だがしかし悲しいかな、俺の経歴は詐称!
マヤ姉の手柄が何故か俺のものになって出世しただけで、実際は強くないのだ。
一度は魔王軍討伐の任務も課せられたことがあるジークさんに勝てるわけがない。
「それは僕も興味深いねぇ……」
木刀を握るジークさん。
いかん、この人やる気出しちゃってる!
「どうだ、アサヒ君。ロイ君にお手本を見せる意味でも、ひとつ僕と仕合ってみないか」
「マ、マジすか…!?」
ロイを見ると、瞳を輝かせながら俺のことを見ている。
期待の眼差し向けちゃってまあ……いかん、逃げ場ないんですけど。
やるしかないか……俺は意を決して剣を構えた。
いざとなったらお腹が痛いとか、実は高熱出してましたってことにしてしまおう。そうしよう。
☆
どういうことだ。
朝陽と対峙したジークフリートは、そう感じていた。
軍場朝陽という少年は異例のスピードで出世した若手冒険者のホープだ。
若干十五にしてすでにゴーレム級……自分がそのランクに達した年齢より十近くは早い。
いわゆる神童だ。
なのに、構え方が隙だらけなのである。
(隙が多い……多すぎる。下段、中段、上段…どこに打ち込んでも決まりそうだ)
先ほどまで稽古を付けていた年少のロイの方が、まだ隙がないまである。
これが天才冒険者として名を馳せている者の構えかと、ジークは率直にそう思っていた。
しかしその疑問を、自らで否定する。
(いや、違う! アサヒ君はあえて隙を見せているんだ! どう攻撃しても後の先を取る自信があると……そういう構えだ、あれは!)
気圧されるジーク。
今の彼には、朝陽が実際より数倍大きく見えていた。
(打ち込んでいないのに……すでに打ち込まされているんだ、僕は! アサヒ君はすでに達人の域に達している……!?)
ジークの頬からしたたり落ちる汗。
イメージで何度も斬りかかるも、その都度何度もカウンターを浴びる……ジークはコンマ数秒で、幾度も想像の中の朝陽と戦っていた。そして肥大化する朝陽の偶像。
☆
「……なんでジークさん、かかってこないんだ?」
俺は不思議に思った。
ジークさん、険しい表情をしたままぴくりとも動かない。
なのに、額には汗が浮かんでいる。
なんだろう、腹でも痛いのかな?
「くっ……やるね、アサヒ君……!」
「は?」
何もしてないんですけど。
「それでも……僕にもドラゴン級としてのプライドがある! 後進にやすやすと道を譲りはしないよ!」
ジークさんは意を決したかのように斬りかかってきた。
「キター!」
さすがにマヤ姉やキルマリアほどではないけれど、それでも人間界では最強クラスの戦士だ。
万に一つも勝ち目はないだろう。
さあ、どうしよう……そう思った、そのときだった。
「コラー! ロイ!」
「わああ!?」
俺とジークさんの動きが双方ピタリと止まる。
ロイの方を見ると、その後ろに彼の姉……ターニャが立っていた。
耳元で大声を出されたのだろう、ロイは涙目になりながら驚いている様子だ。
「勝手に外出ちゃダメって言ったでしょ!? モンスターもいて危ないんだから!」
「い、いや、でもだって…」
「だってじゃない! もう、悪い子なんだから! お姉ちゃん、ロイが郊外に出てったって聞いて、仕事中なのにすっ飛んできたんだよ!?」
見ると、確かにターニャはギルド受付嬢の制服を着たままである。
「お、おねえちゃんはどうやってここまで?」
「護衛の人を頼んだんだよ。ね、マヤ姉さん?」
「マヤ姉さん? ハッ!」
ゾッと、背後に気配を感じる。
俺が振り返るより早く、背後のそれは俺に襲いかかってきた。
「こっちのお姉ちゃんもいるぞー!」
「だああ! マヤ姉ぇぇぇ!」
抱きつかれる俺。
「さあ、らぶチュッチュの続きをしようか!」
「そういえば今朝方そんなことになってましたねぇー!」
そこからエスケープで逃れて、俺は男三人で出掛けることになったんだった。
急にハシゴを外されたジークさんは、ただただポカンとしていた。
その顔がみるみる青くなる。
「!?」
「ジークさん? どうしたんです?」
「さ、寒気が……こ、この気配は以前も……!?」
ジークさんが振り返ると、そこには街娘姿に変化したキルマリアの姿があった。
「カッカッカ! わらわもおるぞ、アサヒ!」
「キルマリア!? そうか、二人してターニャの護衛を……」
世界最強のボディガードが二人だ、ターニャも安心してここまで来られたことだろう。
「あ、あなたは……!」
「ん?」
引きつった表情でキルマリアを見るジークさん。
この二人、前も一回顔を合わせてたっけ。
それにしてもジークさん、なんでそんなに冷や汗を……?
すると、ジークさんの腹が突然ぐるぐるぎゅるぎゅると鳴り始めた。
「うっ!? きゅ、急に腹が下って……な、なぜ……!?」
「大丈夫か、おぬし。ゴロゴロ腹が鳴っとるが」
「い、いやその……ちょ、ちょっと僕、トイレに!」
ジークさんは猛ダッシュで茂みの奥へと駆けだしていった。
「ジークさんの方が腹壊してたのか…?」
「人の顔見てもよおすとは、失礼な男じゃの。確か初対面よな?」
いや、一回会ってるはずなんだけれど……キルマリアのことだ、すっかり忘れているのだろう。
それにしてもなんでジークさんはキルマリアが近付いたら体調が悪くなったのだろう。不思議だ。
「帰るよ、ロイ! お家に帰ったらおしおきだよ!」
「ご、ごめんよう、おねえちゃーん!」
「ようし! こっちのお姉ちゃんも弟におしおきだー!」
「何言ってんの!? マヤ姉ー!」
「カッカッカ! どこの姉も過保護じゃのう!」
男三人、皆それぞれ女性陣には敵わないようであった。