姉ヒール
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。
現在アニメ化企画進行中!
「ちょうどあそこに弱ったスライムがいますよ」
ソフィが指差した先の草原に、確かにしょぼくれた様子のスライムがいた。
FXで有り金全部溶かしたかのような佇まいである。
「ホントだ、どうしたんだろ」
「縄張り争いに負けたのでしょう」
「スライムにも縄張り争いがあるんだな」
スライムと言えば最弱の象徴のような生き物だが、その中にもヒエラルキーやらカーストやらがあるんだな。
なんだか切なくなってきた。
「それでは、私がヒールを実践してみますね」
スライムに対し、ソフィはヒールを唱える。
「ヒールは対象に魔力を分け与え、自らが持つ治癒力を促進してあげるイメージで唱えます」
「へえ、単純に傷を癒やすっていうんじゃないんだ」
「活性化を超スピードで促す……という感じでしょうか」
スライムはみるみる元気になっていった。
「ではお二人も実践してみましょう。ていや!」
ソフィは今し方回復したばかりのスライムを杖で殴った。
うーん。殴っては回復、殴っては回復……予め聞いてはいたものの、人道に反するかのような罪悪感を覚える。
いやまあ普段からモンスターは普通に狩っているんだけども。
「ヒール!」
俺はソフィに倣って、スライムにヒールを唱えた。
ポッと蛍の光くらいの魔力が出る。
現実世界ならばこの程度にも十分超常現象なのだが、俺はこの世界で既に短距離感瞬間移動のエスケープや、光源を発生させるフラッシュなどは使えている。
それだけに、このヒールの成果は……ハッキリ言ってしょぼい。
「う、ううっ……! ちょっとは出るんだけど……!」
図らずも便秘気味の人みたいなセリフを発してしまう。
「力みすぎですよ、勇者さま。慈愛と愛情、癒やしの心を持って唱えましょうね」
なるほどと思ったが、ソフィって言うほど慈愛持って普段行動してるかなとも思った。
「一旦パス。次はマヤ姉やってみてよ」
「了解だ」
マヤ姉はスライムの前に移動し、膝をつく。
「『姉ヒール』!」
マヤ姉がそう唱えると、おびただしい量の魔力の波動がスライムに注がれていった。
「うお!?」
「わあ!?」
俺とソフィはともに目を丸くし、驚いた。
マヤ姉、回復魔法もいけるんじゃん!?
「おお…スゴい勢いでスライムが回復していく!?」
「お、お姉さま! ヒーラーの才能がありますよ!」
しかしスライムは全回復したあとも、どんどん膨張していく。
マヤ姉も魔力を注ぐのが止まらない。
まるでバラエティの罰ゲームで使われる巨大な風船のように、スライムが大きくなっていく。
「ちょ、ちょっと……!? でか、でかくなりすぎでは……?」
「お、お姉さま? それは魔力を供給しすぎのような……」
パァーン。
哀れ、スライムは最後には弾けてしまった。
液状と化したスライムが勢いよく空から降り注ぎ、俺たち三人の身体がベタベタになる。
「…………おや?」
スライムを破裂させた張本人は、ベトベトになった顔で首を傾げている。
「おや、じゃないよ! スライム、許容量以上の魔力注ぎ込まれて破裂しちゃってるじゃん!?」
「ヒールで楽にしてやろうと思いながら唱えたんだが……」
「違う意味で楽にしちゃってるー!!」
俺の姉、死を救済と思うタイプ!?
怖いんですけど!
そういえば以前、レイスに取り憑かれた現住居を開放しに行ったときも、レイスはエナジードレインでマヤ姉の魔力吸いきれなくてオロオロと吐いてたっけ。
相手に自身のパワー送り込んで爆死させるとか、やってることがもう超サ○ヤ人なのよ。
「ま、まあまあ。では次は別のもので練習しましょう」
ソフィはハンカチで、顔中にべっとり付いたスライムを拭き取りながらそう言った。
☆
俺たち三人が次に向かった場所は、郊外にある小さな果樹園であった。
ただモンスターや野生の動物に食い荒らされた後のようで、すでに人の手は入っていないようだ。
地面には腐った果物がまばらに落ちている。
ソフィは腐りかけのリンゴを手に取る。
「木から落ちて朽ちたリンゴ……これもヒールの力で新鮮な果実に元通り!」
ソフィがヒールを唱えると、手に平に乗せていたリンゴがツヤを取り戻した。
実に美味しそうである。
「人間や動物、モンスター以外にもヒールって効くの!?」
「植物類も生物の範疇ということか」
マヤ姉がそう分析する。
確かにトレントやアルラウネなどのモンスターにもヒールは効くだろうから、同じ事か。
「ではお姉さま、練習を」
「ああ、先生。『姉ヒール』!」
マヤ姉が再び姉ヒールを唱える。
今度は広範囲のヒールだ。
周囲に落ちていた何十もの朽ちたリンゴが浮遊し、光を帯び、徐々に新鮮さを取り戻していく。
「こ、こんなに広範囲に……お姉さま、凄いです!」
「今度は成功か!?」
そう言って俺がフラグを立てたのが悪かったのか。
しばらくするとリンゴが、今度は膨張ではなく、カタカタと小刻みに震え始める。
次の瞬間、ガパッと口と目が開き、リンゴは生命を持ちだした。
リンゴが進化してモンスターと化したのだ!
「えええ!?」
「リ、リンゴに生命が宿った!?」
「おや」
だから「おや」じゃないっての!
大量のリンゴたちが、今まで捕食者であった人間に復讐するかのように襲いかかってくる。
「お、襲ってきた! 応戦しよう!」
「は、はい! ふぎゃ!?」
「ソフィ!?」
リンゴが猛スピードで体当たりをしてきて、ソフィの顔面に激突。
ソフィはばたんきゅーとその場に仰向けに倒れ、のびてしまった。
「ソ、ソフィ、大丈夫か!?」
「うーん……」
「いや、これはチャンスだ! マヤ姉、ソフィが見ていない間に滅殺しちゃって!」
「ああ、わかった!」
マヤ姉の強さはいまだ仲間たちにも秘密のままだ。
ソフィが気絶している今が好機である。
「『姉ファイア』!」
マヤ姉の姉ファイアを食らい、リンゴたちはこんがり焼かれてしまった。
辺りに香ばしいニオイが漂う。
「焼きリンゴになってしまったな……食うか、朝陽?」
「食うか!」
断固拒否である。
さっき命が宿ったリンゴを食うなど、気味が悪いことこの上ない。
「…………ハッ!」
程経て、気を失っていたソフィが目覚めた。
「目が覚めたか、ソフィ。無事で良かった」
「ううん……リンゴがモンスター化したような……夢」
「!」
どうやらソフィ、記憶がおぼろげになっているようだ。それは好都合。
「ないない、そんなことあるわけない! 夢、夢!」
「で、ですよねー。私ったらバカみたい」
そう言って、ペロッと舌を出す。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
「先生。どうやら私に回復魔法は合わないらしい」
マヤ姉が残念そうにそう言う。
「破裂させるか、対象を変質させるかの二択だもんな……」
絶対俺に使わないでほしい。
「そ、そうですか……すいません、私の教え方がよくないばかりに」
ガッカリするソフィ。
いや、悪いのはキミじゃなく、あまりにチートすぎて加減が利かない我が姉だと思うので気にしないで欲しい。
マヤ姉がソフィの肩に手をやり、優しく微笑む。
「適材適所……これからも回復面はソフィに頼らせてもらうよ」
「お姉さま…! はい! 回復はお任せください!」
その言葉に感銘を受けたのか、ソフィは涙目になっている。
うん、色々あったけれど、いい感じにまとまってよかった。
☆
ソフィと別れ、帰路につく。
「やっぱり回復魔法なんて一朝一夕で身につくもんじゃないね。それに俺にもヒーラー適性はないみたいだ」
あの蛍の光程度じゃあ、ささくれも治せないだろう。
「そんなことはないぞ、朝陽」
「いやいや、全然だったじゃん」
あれ、なんかイヤな予感がする。
そう思ったけれど、時すでに遅し。
マヤ姉は俺に襲いかかっていた。
「朝陽は私の癒やしキャラだからな! はー、この抱き心地、癒やされるー!」
「ウチの姉は卑しいキャラだったー!」