殴っては回復、殴っては回復
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。
現在アニメ化企画進行中!
とある日の出来事。
俺とマヤ姉はゴブリン退治のクエストを請け負い、ヤツらが生息する集落へとやって来ていた。
ゴブリン退治はゴーレム級が請け負うべきクエストではない。
本来ならばランクが低い駆け出し冒険者の仕事なのだが、ターニャには初心に戻る大切さを訴えて、こうして任せてもらった。
初心というかまあ、俺の実際の強さを鑑みるとゴブリン退治くらいがいまだ丁度いいのだ。
マヤ姉がそのチート級の強さでモンスターを蹂躙してきた結果が、なぜか俺の功績になってしまっているだけだから。
「ぎゃおおおん!」
ゴブリンの叫び声が森にこだまする。
脚で砂を蹴って相手の死角を奪い、狼狽している間にチャージで力を溜め、一刀両断。
戦略勝ちだ、うん。
だが少し攻撃を食らってしまった。
「あいたた…ゴブリンからダメージ受けるとか、俺もまだまだだな」
そこへマヤ姉がやってくる。
背後には爆炎が広がっており、ゴブリンの巣だったはずの集落は跡形もなくなっている。
俺がゴブリンを2、3匹相手にしている間に、マヤ姉は姉ファイア一発で地形ごと吹き飛ばしたのだ。
ゴブリン相手になんというオーバーキル。
「大丈夫か、朝陽。ポーションをキメるといい」
マヤ姉はポーションを取り出した。
「サンキュー、マヤ姉」
よかった、家計を切迫するエリクサーじゃなくて。
俺がポーションをキメていると、マヤ姉は顎に手を当て何かを考えていた。
「ふむ……」
「どうしたのさ。何か考え事?」
「いやな。私に回復魔法は使えないものか…と」
驚きの発言である。
「破壊と殺戮一辺倒のマヤ姉が回復!?」
「人を破壊神みたいに言わないでくれるか、弟よ」
爆散したゴブリンの巣を前に、それはちょっと説得力に欠けますよ、姉さん。
「私の力は理想を現実に変えるもの……朝陽はそう言ってくれたな」
「ああ、うん」
ギガノトが襲来し、土砂崩れを起こしたときの発言だ。
「そして力のベクトルを変えた結果、姉キャッスルという広範囲バリアを使う事が出来た。なら回復魔法も可能じゃないか…と」
「なるほど……」
攻撃は天下無双、バリアも一度は実現、その上回復魔法まで使うことが出来たら、まさに異世界最強かつ最高のオールラウンダー誕生だ。試してみるのも悪くない。
とはいえ、回復魔法を指南してくれる人がいないと難しいだろう。
ならば、と。
「じゃあ”あの子”に相談してみる?」
「あの子?」
回復魔法と言えば、”あの子”だろう。
☆
「それで私の下に!? 頼ってもらえて嬉しいです、勇者さま!」
ソフィは満面の笑みを浮かべている。
そう、俺たちはヒーラーであるソフィの下を訪れた。
彼女は王都にある教会にいた。
「ソフィはこの教会に住んでるんだっけ?」
「はい。星辰教会の支部でお世話になっています」
星辰教会。
以前、ソフィの母親であるノエルさんがやって来たときも耳にしたワードだ。
どうやらソフィやノエルさんが属する宗派のようだが、細かなことはまだ聞いていない。
呪いの武具である魔道具を探し、封印する役目なども課せられているようだが……
「教会には医者にかかるお金がない怪我人や病人もやってきますから、無償で回復してあげているんですよ」
「へえ、ボランティアみたいなこともしてるんだ」
「はい」
無償の全回復ポイント。
ゲームならめちゃくちゃ嬉しい場所だ。宿泊まるお金がかからないから。
「ソフィってえらいんだな。善行でそんなことまでしてたなんて」
「あはっ、そ、その、褒められると照れちゃいますよう」
ソフィは顔を真っ赤にして、俺の肩を叩く。
トラブルさえ巻き起こさなければ普通に可愛い子なんだよな。
っていうか、ちょ、肩ビシバシやめて。意外にダメージ入る。
「それでソフィ、私に回復魔法が使えると思うか?」
マヤ姉が尋ねる。
「もちろん! 私にお任せください、お姉さま! ただし、私のことは”先生”と呼んで下さいね? なんちゃって」
おどけてみせる。
「ああ、先生!」
すぐさま対応するマヤ姉であった。
「素直!」
「はう! せ、先生って……良い響きです……!」
ソフィ、まんざらでもない顔しちゃって。
「それでは回復魔法の練習をしに、郊外へ出掛けましょう!」
「え、外に?」
教会でやるんじゃないのか。
俺たち三人は再び郊外へ出た。
☆
街道沿いの草原。
街に近いこともあって、それほど害のない弱い魔物しか出現しない場所だ。
そのはずなのだが、俺はちょいちょいここで大型モンスターに襲われているのだが……なんで?
「それではヒールの練習を始めましょう」
「なんで教会じゃないんだ? さっきんとこ、怪我人いっぱい来るんだろ? 練習相手いっぱいじゃん」
「初めての回復魔法、失敗もあるでしょうから、いきなり人体に…というのは危ないんです」
なるほど、一理ある。
「だからまずはモンスター相手で練習するんです」
ソフィはピンと人差し指を立て、ドヤ顔で言い放った。
「モンスターで練習!?」
それは予想外の練習法であった。
「モンスターを殴っては回復、殴っては回復……星辰教会の教えで、私も昔そうやってヒールの練習をしたものです」
「生かさず殺さず!? 星辰教会、やってることエゲツないな!?」
モンスターの人権ないの!?
いや、モンスターは人ではないから人権はないか……
何にしても、やってること酷すぎやしません?
引いてる俺をよそに、マヤ姉は深く頷いている。
「モルモットで薬の実験をするようなものか。理に適っている」
「あれ!? 俺がおかしいのか…!?」
女性陣の過激さに困惑する俺であった。
「以前から思っていましたが、お二人は回復魔法の重要性を分かっていない気がします。死んじゃったら終わりなんですよ?」
その言葉に、俺は引っ掛かるものがあった。
「え? えっと、この世界……もしかして死んだら生き返せない系?」
そんな疑問を口にした俺を、女性陣二人の冷たい視線が襲う。
「勇者さま……人は死んだら生き返りませんよ? 何を当たり前のことを…」
「朝陽……ゲーム脳はいけないぞ?」
「めっちゃ可哀想な人を見る目、向けられてる……!!」
異世界作品によっては、蘇生の概念がある世界観だったりするのだが、ヒーラーのソフィがこう言うなら蘇生魔法はないのだろう。
なら尚のこと、回復には気を配らないといけない。気を引き締めないと。
マヤ姉だけに任せては心許ない。
「お、俺もヒールの練習してみるよ」
「勇者さまもやる気になりましたか!」
「頑張ろう、朝陽」
こうして、俺とマヤ姉とソフィによるヒールの練習会が始まったのであった。