サクッと魔王を倒してくるか
「ん? なんだ?」
宿に泊まっていると、表の大通りが騒がしい様子に気付く。
窓から外を眺める。すると沿道に町民らが列をなし、何やら歓声を上げていた。
箱根駅伝のランナーを応援する観戦客のような、ハリウッドスターを空港で出迎えるファンのような、さながらそんな光景だ。
同部屋にいたマヤ姉もその騒ぎに気付いたらしく、窓から外の様子を眺める。
「なんだ。ずいぶん騒がしいな」
「祭りでも始まったのかな。行ってみよう、マヤ姉」
俺たち軍場姉弟は通りへと移動した。
沿道にひしめき合っている住民たちを掻き分け、前に出る。
「キャー! ジークフリート様ぁー!」
「頑張れよー!」
「期待してるぞ、クラン"バルムンク"!」
「魔王を倒してくれー!」
熱狂する町民たちの視線の先には、大通りの中央を悠然と歩く4人の冒険者の姿があった。
大仰な鎧に身を包み、大剣を背負う青年の剣士。
魔女御用達のとんがり帽子を被った、セクシーな魔法使い。
岩が歩いているのかと錯覚するほどの巨体を揺らす、ハンマーを担いだ大男。
美しい金髪と尖った耳が特徴的な、エルフのアーチャー。
皆一様に、幾度も死線をくぐり抜けてきたような佇まいをしている。
異世界ビギナーの俺でも一目で分かった、”この4人は強い”と。
俺は近くにいた町民に尋ねた。
「こ、この騒ぎは何なんだ?」
事情通であろう町民が答える。
「壮行式さ。魔王軍討伐に向かうクランの」
そのセリフを聞いて、俺はハッとした。
「魔王軍!? この世界にもやっぱ魔王っているんだ!?」
魔族の王にして悪の象徴、魔王。
異世界作品において切っても切れない関係にある魔王だが、この世界にもご多分に漏れず存在しているらしい。RPG好きの俺はテンションが上がった。
ラスボス戦が盛り上がるか否かで、そのゲームの評価もガラリと変わるものだ。
BGMが盛り上がる前に終戦する激弱ボスや、伏線も無しに急に降って湧いたように現れる「え……誰?」的なラスボスなどはつまらない。やはりラスボスは強大で、悪辣で、圧倒的でなければいけない。それと3段階くらい変身があると尚良い。俺なりの美学だ。
マヤ姉が首を傾げながら俺に問いかける。
「朝陽、魔王とはなんだ?」
RPGを好んで遊ぶような人ではないため、今ひとつピンと来ていないらしい。
「えーっと……ラスボスってヤツさ。この世界で一番強い敵」
「一番強い……それが魔王か」
「異世界転生作品のセオリーだと、魔王を倒すと元の世界に戻れたりするもんだけど」
ただその手の作品は、世界を管理する女神っぽい存在と冒頭で邂逅したりするものだが、俺にその記憶は無い。ドアツードアで現実世界から異世界へと運ばれた次第だ。
「ほう。ではサクッと魔王を倒してくるか」
マヤ姉は”ちょっとスイーツ買ってくるー”みたいに、気軽に言ってのけた。
「そんな簡単なもんじゃないから!」
そうツッコんだが、しかしマヤ姉ならばコンビニ感覚で魔王も倒せそうで怖い。
そんな姉弟漫才に興じていたら、事情通の町民がはははっと笑った。なに笑とんねん。
「あんたらみたいな貧弱そうなパーティーじゃ無理だよ。彼ら…クラン”バルムンク”くらいの歴戦の勇士でないと」
大名行列の中心にいる、大剣を背負った騎士然とした青年を指差す。
「”竜狩り”ジークフリート……彼はドラゴン級の戦士なんだ!」
「ド、ドラゴン級!?」
ドラゴン級というワードを聞いて、以前ギルド受付嬢のターニャから説明を受けた階級制を思い出した。
下から順にラビット、ゴブリン、ナイト、オーガ、ゴーレム、ドラゴン、ゴッドからなる7階級制……ドラゴンは上から2番目のランクだ。つまり余程の手練れということだろう。
というか、ジークフリートなんて名前を持ってる時点で、弱いはずがない。しかもクラン名がバルムンク? こんな名称、めちゃくちゃ強いかめちゃくちゃイタくないととても付けられない。彼らは前者なのだろう。
(マヤ姉が実質オーガ級なんだから、もしかしたらマヤ姉より強いのだろうか……?)
もしもそうなら、とてつもない実力者になるが。
人々の喝采を浴びながら、街から旅立っていくバルムンクの面々。
「目的地の魔都までひと月あまりの長い旅路……彼らなら魔王討伐も夢ではないと思うね。ああ」
町民は期待に満ちた視線を、彼らの背中に向けていた。
「魔王軍討伐か……格好いいな」
「彼らに同行してみるか?」
マヤ姉がそう言う。
「今の俺が魔王軍なんかと戦ったら、ひとたまりもないって。大事より小事……俺らはコツコツ日銭を稼ごう」
みんなのメシアになるより、今はメシのタネが欲しい。
俺たちはいつものように冒険者ギルドへと向かった。