未来の大魔法使い
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。
現在アニメ化企画進行中!
やるならモンスター退治。
そう言い放ったユイシスは、鬱蒼とした森の中をズンズンと進んでいく。
「い、いきなりモンスター討伐なんて危ないって! ユイシス!」
俺は彼女を止めようとしているが、その歩が止まることはない。
「ふふん! あたしにかかればモンスターなんてワケないんだから!」
「その自信はどこから湧いて……ハッ!」
俺は頭上の害意を察知すると、ユイシスの身体を咄嗟に掴んだ。
ロリ体型だけあって軽い軽い。
「ぎゃー! 婦女暴行なのだわ!」
「いて! いて! 暴れんな、飛ぶぞ!」
飛ぶぞと言っても、美味いものを食べて悦に浸るわけではない。
俺はエスケープを使い、その場から離脱した。
その数秒後であった。
俺たちが居た場所に空からモンスターが降ってきて、地面に大きな穴を開けた。
「な、なに!? なんなの!?」
「フクロウの顔にクマのような巨体……オウルベアだ!」
オウルベアの身体は3メートルほどはある。
まずいな……俺一人で倒せる相手ではない。
目元を投石で狙い、怯んでいる間に逃げ出すのがベターか。
そんなことを考えていると、ユイシスがオウルベアへ一歩一歩近付いていった。
口元には笑みが浮かんでいる。
「ユ、ユイシス!? 何考えてんだ! 下がれ!」
ユイシスは自分の身の丈ほどもある杖を構えると、魔法陣を展開し始めた。
周囲にバチバチと電撃が走り、風が起こる。
なんだ、なにか凄まじい魔力の胎動を感じるぞ。
「見せてあげるんだから! 未来の大魔法使い、ユイシス・ミストルテインの力をね!」
大地が震え始める。
森の動物たちが一斉に逃げ始める。
オウルベアも何が起こるのかと、その瞳に恐怖が宿っている。
「地属性特大魔法『グランド・ジャッジメント』!!」
オウルベアが立っていた場所が一瞬陥没したかと思うと、そのあと勢いよく隆起し、哀れオウルベアは遥か彼方まで飛ばされてしまった。
これほどの威力の魔法、今までマヤ姉やキルマリアでしか見たことがなかった俺は驚愕した。
まあたっぷり数分間も魔力を溜めていたユイシスと比較し、マヤ姉とキルマリアはノータイムでこの威力の魔法を連射しているわけだけれど。あの二人はどっちも人間じゃないから。
「な…なんて威力…! どうしてラビット級なんだ!?」
そこが最大の謎だ。
この威力の魔法が使えるなら、俺やグローリアと同じゴーレム級でも不思議ないのだが。
「ふっふーん! 凄いでしょ!? 平民、褒め称えなさーい!」
クソガキな態度は若干鼻につくが、凄いことはまぎれもない。
そして続けざまに、二体目のオウルベアが現れる。
仲間がいたのか。しかしこちらには未来の大魔法使いがいる!
「ユイシス、頼んだ!」
「…………そ、それは無理ね」
「え?」
ユイシスの持っていた杖にヒビが入っていき、粉々に砕ける。
「あたしの大魔法は一発きりなのよ! 杖が保たないから!!」
「杖一本で魔法一回!? コスパ悪すぎんだろぉぉぉ!」
俺はユイシスを小脇に抱えながら、全力で逃げだした。
後ろからオウルベアが物凄い勢いで追ってきているであろう足音が聞こえる。
振り返りたくない。
「ジルー! 尾けてきてるんでしょ!? ジルー!」
「ジル!?」
ジル is 誰。
この場所に、他に誰か潜んでいたのか?
「あいよ。お呼びで?」
すると、茂みからメイド服の女性が現れた。
金髪に赤のメッシュが入った、年の頃二十歳くらいの大人の女性。
口には葉っぱを咥えており、右手には大きなアタッシュケースを抱えている。
一見すると、ヤンキーがメイド服のコスプレをしているように映る女性だ。
「はっ! 世話の焼けるお嬢さまだこと」
メイドはアタッシュケースでオウルベアの突進を止めた。
それで傷ひとつ負わないとは、ミスリル製のアタッシュケースとかなのか。
メイドさんも身動ぎひとつしないとは、まるでタンクのような頑強さだ。
「だ、誰!? あのメイドのお姉さん!?」
「ジル! あたしの使用人兼荷物持ちよ! さあジル、ストックを寄越して!」
ジルと呼ばれたメイドがアタッシュケースを開けると、そこにはズラリと杖が収納されていた。
いずれも高価そうな杖である。
「ほらよ! 2000マニーのファイアロッドだ!」
ジルがファイアロッドをユイシスに投げ渡す。
え、今2000マニーって言った?
「へえ、炎の杖ね! いいわ、燃やし尽くしてあげる!」
☆
それから一時間後。
俺、ユイシス、ジルさんの姿は王都エピファネイアにあった。
三人とも爆心地にいたせいで服は黒焦げ、髪はアフロ頭になっている。
ドリフか、ドリフなのか。
「さ、散々な目に遭った……自分も巻き込まれるくらいの高火力魔法を放つなー!」
「う、うるさいわね、平民! 倒せたんだからいいでしょ!?」
「しかもファイアロッドも粉々に砕けたし……もったいない」
ジルさんが俺に話しかけてくる。
「悪ぃね、キミ。このお嬢さま、魔力に全振りした自分の力をコントロールできねーのよ。杖の補正値を利用して放つ、一発限りの特大魔法……だからアタシが常時ストック持ち歩いてんの」
「数千マニーで魔法一発と考えるとコスパ最悪っすね…」
「おっと、自己紹介がまだだった。アタシはユイシス様付きのメイド、ジル。21歳。ヨロシク」
「はあ」
跳ねっ返りのユイシスと違い、ジルさんからは大人の余裕を感じる。
にしても貴族の令嬢にそのメイド……なんか覚えがある組み合わせだな。
その既視感はすぐに回収された。
道の前方にグローリアとクオンがいたからだ。
買い物帰りだろう、クオンは食材の入った紙袋を持っている。
「グローリア! クオン!」
「おや、アサヒ氏」
「あら、アサヒ! 奇遇ですわね!」
グローリアの表情がパアアッと明るくなる。
なにか良いことでもあったのかな。
ふとユイシスの顔を見ると、何やら目を見開いて驚いている様子だ。
どうしたんだろうか。
クオンが何やら小声でグローリアに話しかけ始めた。
「お嬢。せっかくですし、お茶でもお誘いしたらいかがでしょう」
「ええ!? そ、それじゃあまるで、デデ、デート…!」
そんな二人の元に、ユイシスが歩み寄っていく。
なんだ、今度は何をする気なんだこのおてんばお嬢さま。
「ここで会ったが百年目だわ! グローリア・ブリガンダイン!」
「ユイシス・ミストルテイン!? なぜアサヒと一緒にいるんですの!?」
二人して、なぜか長いフルネームで呼び合っている。
えっ、この二人、知り合いなのか……?