ユイシス・ミストルテイン
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。
現在アニメ化企画進行中!
俺の名前は軍場朝陽。
事故に遭ったことがきっかけで異世界に召喚され、冒険者稼業に精を出す高校生だ。
俺は今、ギルドからクエストを請け負って墓場のグール退治に勤しんでいる。
所謂ゾンビなのだが、現実世界にいた頃はヒット作からB級作品までゾンビ映画をよく観ていたものだ。グロテスクな造形ではあるが、耐性はある。
「『チャージ』!」
グールは足が遅い。
1ターン力を溜める猶予は存分にある。
俺はチャージスキルを使い、渾身の一撃を放っていく。
しかし一体倒しても、次から次へと墓場からゾンビが湧き出てくる。
「くっそ! キリが無いんだけど!?」
気付けば、周囲をグールの大群に囲まれていた。
絶体絶命……普通ならそんな状況だろう。
しかし俺には、俺に降りかかる絶体絶命絶対許さない姉さんがいるのだ。
「『姉シャイニングレイ』!!」
俺の実姉、マヤ姉こと軍場真夜。
弟の後追いで異世界にやって来て、縦横無尽の活躍を見せるチート姉さんだ
マヤ姉は跳躍してやってくると、眼下のグールたちに向けて数十の光の矢を放った。
光の矢を受けたグールたちは一撃で消滅する。
なるほど、シャイニングレイ……頭に姉が付いてなければカッコいい技名だ。
異世界生活もずいぶん長いが、マヤ姉のネーミングセンスは不変である。
「ふう。墓掃除のクエストが済んだな。帰ろう、朝陽」
「相変わらず加減ってものを知らない強さだなぁ……グールたちが一瞬で全滅だよ」
「加減はしているぞ。地図からその場所を消さないよう、気は遣っている」
「本気出したら地形が変わる前提なの、もはや神か魔王の領域なのよ!」
この姉、こええ。
☆
俺たちはシーザリオ王国の王都、エピファネイアへと戻る。
「じゃあ俺、ギルドに報告しに行くから」
「ああ。私は夕飯の買い物をしてから家に帰るよ」
マヤ姉と別れると、俺はギルドへと向かった。
ギルドへ着くと、ターニャがおねだりポーズを俺に見せてきた。
「アサヒくん! 新人の面倒を見てくれないっすか!?」
「きゅ、急になんだよターニャ」
両手を合わせてお願いする仕草がとても可愛い。
こうやって、その快活さと人懐っこさで冒険者たちを骨抜きにしているんだろう。やり手だ、ターニャ。
「新人ってなによ。ギルドの受付?」
「受付の子をアサヒくんに任せるわけないじゃないっすか」
「ってことは……新人冒険者か?」
「うん。最近冒険者になったラビット級の子なんだけど、先輩として色々教えて欲しいんすよ」
へえ、ラビット級。俺もかつては通った道だ。
マヤ姉の活躍によってあっという間に通過し、ラビット級、ゴブリン級、ナイト級、オーガ級と異例のスピード出世を果たしたわけだが。
おそらく俺の実力は、いまだゴブリン級とナイト級の間くらいなのではなかろうか……
「つっても、俺に教えられる事なんてある?」
「冒険者のイロハとかマップの歩き方とか、そういう基本的なことでいいんだ。ゴーレム級のアサヒくんなら安心して任せられるし、もちろんお賃金も出すから!」
振り返ると、俺も相当数のクエストをこなしてきた身だ。
そろそろ後進の育成に携わってみるのも、うん、悪くないかも知れない。
なにより先輩として敬われてみたい。とても。
「ああ、いいぜ」
「助かるっす! じゃあユイシスちゃん、こっち来て!」
ターニャはフロアの隅にいた冒険者を呼んだ。
「ユイシス……ちゃん?」
その姿を見て、俺は驚いた。
ウェーブがかった長い髪に、ブカブカのローブ。身の丈ほどもある大きな杖。
装備が大きいのではない。この女の子が小さいのだ。
身長は130センチ台とかではなかろうか……ハッキリ言って女児だ。
「女の子!?」
「…………」
ユイシスと呼ばれた子は下を向いて何も喋らない。
「じゃあよろしくっす、アサヒくん!」
「お、おう…」
俺は戸惑いながらも、彼女の面倒をみることにした。
☆
俺たちは街の外に出た。
フィールドを歩きがてら、クエストの基本などを教えてあげようと考えたからだ。
「大丈夫? 疲れてない?」
「…………」
俺の数歩後ろを歩くユイシスだが、ここまで一言も発していない。
シャイなのかな。
いや、緊張してるのか。
そうだよな、俺の冒険者ランクはゴーレム級。
新人にとっては雲の上のような存在だろう。
俺もかつては、ジークフリートさんにそんな畏敬の念を抱いていた時期もある。今はないけど。
ともかく、ラビット級ならばおいそれと声を掛けることも躊躇われるのだろう。
いけない、いけない。ここはひとつフレンドリーに話しかけて、色々と教えてあげよう。
街道沿いの木の根元にちょうどいい草が生えていた。
俺はしゃがみ込んで土を掘り、なるべく傷付けないようにそれを採取した。
「ユイシスちゃん。新人のうちは収集クエストが安全でいいよ。調合に使う草花とか、鉱石とか集めるんだ」
俺も最初の頃は収集クエストに精を出したものだ。
その道中でなぜかワイバーンや熊に襲われもしたけど。
「例えばこの花は薬草の材料にな」
「平民」
「へ?」
へいみ……平民?
今この子、平民って言った?
まさかな、俺の聞き間違えだろう。
だが。
「このあたしに……ユイシス・ミストルテインに土いじりをしろって言うの!? この平民!」
思いっきり平民って言ってた!
やっぱり!
というか、やっと口を開いたと思ったら、なにこの高圧的な口調。
怒ると言うよりビックリして、開いた口が塞がらない。
「い、いやいや、俺はゴーレム級で、ユイシスちゃんはラビット級で……その口の利き方はどうなのかな? ね?」
けれど結局は女児の言うことだ。大人として寛大な対応をした。
「ふん! 平民のくせにミストルテイン家に楯突く気!? あんたナマイキね!」
「ミストル…? なんだか知らないけど、生意気なのはそっちだろ!? このキッズ!」
俺は寛大ではなかった。
所詮は15歳の高校一年生、大人な対応なんて無理無理。
「だ、誰がキッズよ! あたしは16歳!」
「え!? 俺の一個上!?」
その事実にもビックリした。
10歳くらいかと思ってた……なんという発育の遅さ。
なるほどこれが合法ロリというヤツか。いや、16は普通にロリの範疇か。
「家柄も年齢もあたしの方が上! 分かったら媚びへつらいなさい、平民!」
「バッ…冒険者はランク重視なんだよ! そっちが恐縮しろっつーの!」
「ランク重視ぃ!? あんたみたいな冴えないヤツがゴーレム級なんて嘘くさいのだわ! 実は経歴詐称してるんじゃない!?」
「コイツ、鋭ッ……い、いやいや! してねえよ! れっきとしたゴーレム級!」
俺たちはそこから数十分にもわたって口論を……いや、単なる口喧嘩をした。
疲れ果てた俺たちは草原に横たわる。
「ぜえ…ぜえ…なんだ、この子……」
「はぁ、はぁ……あんたの前に教育係として雇われた冒険者は、ミストルテイン家の名前を出したらみんなひれ伏したのに、なんなのよあんた……」
さっきから何なんだろう、そのミストルテイン家というのは。
有名な貴族なのか?
それに、俺の前に雇われた冒険者たちがいたというのも初耳なんだが。
「ターニャめ、問題児の教育を押しつけやがったな……!?」
俺の周りにはトラブルメーカーがたくさんいるが、思えばターニャも結構な数、俺にトラブルを招いてやいないか……?
「とにかく! 収集クエストなんて華やかさも優雅さもないわ! やるならモンスター討伐よ!」
意気揚々と、ビシッと指を差すユイシス。
こんなじゃじゃ馬、俺に教育できるのか……!?