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異世界ワンターンキル姉さん ~姉同伴の異世界生活はじめました~  作者: このえ
健康で文化的な異世界の生活
122/180

欲しいと願ったんだ

電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。

現在アニメ化企画進行中です!

「あのね、マヤ姉。”ラストエリクサー症候群”って言葉があってね……」


「ほう?」

 ゲーマーの間では古来より浸透している言葉……いや、概念と言っていいだろう。

「貴重で高級、万能だからこそ使うのに躊躇しちゃって、結局ラストまで使えないままでいるもんなんだ、エリクサーってのは」

「なるほど……まさに宝の持ち腐れだな」

「そ。だからそんなに持っててもどうせ使わないんだよ。俺が瀕死になったときなら使っていいけど…」


 瀕死という言葉を使った途端、マヤ姉の瞳がギラリと光り、力一杯俺を抱きしめ始めた。

「朝陽が瀕死だと!? そんな事態にはお姉ちゃんがさせーん!」

「ちょっ、苦し…近ッ! た、たとえばの話だって!」

 あまりに熱烈な抱擁で、むしろ今エリクサーを使いたくなる。

 でも、確かにマヤ姉がいる以上、俺がそんな大ピンチに陥ることもないか。


「じゃあマヤ姉が瀕死になったときとか……」

「私が瀕死?」

「ないか。ないね」

 チート姉さんが窮地に陥ることなどまったく想像できなかった。


「つまりは不要な買い物だったって事。これからはエリクサー見つけても買わないと約束……って、あれ? マヤ姉?」

 気付いたら、目の前からマヤ姉の姿が消えていた。


 少し離れた道にて、腰を曲げたおばあさんが歩いている。

 杖を突きながらゆっくりと一歩一歩進んでいる。

「ふう、ふう、この年になると買い物も一苦労だねぇ…」

「おばあさん、これをどうぞ」

「はい? ああ、ありがとうねぇお嬢さん。水かしら?」


 マヤ姉が差し出した瓶を……エリクサーじゃん!を、おばあさんが一口飲むと、みるみる生気が宿っていく。

 曲がっていた腰が真っ直ぐになり、有り余る力を発散せんと、縦横無尽に格闘技の型をし始める。

「おお! 30は若返った気分じゃあ! あたしも若い頃は冒険者としてブイブイ言わせていてねぇ!」

 あれはクンフー!?

 おばあさん、モンク職か何かだったの!?


 俺はマヤ姉の肩を掴んで問うた。

「貴重品のエリクサーをなんで使っちゃってるの!?」

「いや、おばあさんが大変そうだなと思ってな」

「良いこと! それは凄く良いことだけども!」

 善行ゆえに強くは言えないところがなんとも…だ。


 エリクサーの本数は残り5本になった。

「あと5本か……」

「一本キメとくか?」

「キメないよ! これからは使うタイミングは俺が決める! いいね!?」

「ああ、わかった。では5本朝陽に預けておこう」

 


 俺がエリクサーを管理している内は、もう使う事は無いだろう……そう思っていたのだが。


 まず最初に出会ったのはクオンとグローリアだった。

 クオンが俺に小声で話しかけてくる。

「お嬢がまたお疲れのご様子。聞けば、東の砂漠に生息するサンドワームのモツが滋養強壮にいいとのこと。アサヒ氏、ご同行を……はい? 疲れが一瞬で取れるアイテムがあるから、それで勘弁してくれ?」


 次に会ったのはターニャとロイの姉弟。

 ロイは熱を出しているらしく、ターニャにおんぶされていた。

「そうなんすよ、アサヒくん! ロイが昨日から熱出しちゃって……お医者さんに連れて行ったんだけど不在で! ソフィの回復魔法も試したんだけど効果なくてさ。困ったなぁ……え!? それ、エリクサーじゃないっすか! いいの!?」


 お次はジークフリートさん。

 いまや剣術教室の先生だ。

「剣術教室は順調さ、やりがいもあって楽しいよ。ただ……月謝が払えない貧しい子らもたくさんいてね。無償でも教えてあげたいところだけど、払ってる子たちと諍いが起きても困るしね。どうしたものか……月謝や備品代込みで、5000マニーほど工面できると解決するんだけど……」


 最後は郊外の小さな村に住んでいる少女、アンちゃん。

 こちらに来た最初の頃、オーク三兄弟から救ってあげた子だ。

「アンね! 村のみんなにはナイショで街まで来たの! 危ない? えへへぇ、ごめんねおにいちゃん。でも村のおじいちゃんおばあちゃんのためにおくすり買ってあげたかったんだ。がんばっておこづかいためたんだよ! ほら、350マニー! 買えるかなぁ、”えりくさー”っていうおくすり」



 あら不思議。

 気付いたら立て続けにエリクサーが4本消えていた。


「街を歩いていただけなのに、あっという間に残り1本になってしまった……!」

「使う機会が一気に押し寄せてきたな」

 俺は頭を抱えた。

「まあいいじゃないか。みんな喜んでいたし、なくなったらまた買えばいい」

「いやだから買わないでって! 家計が火の車になるから!」


 俺はマヤ姉に改めて聞いてみた。

「なんでマヤ姉はそんなにエリクサー買いたがんの!?」

「! ……」

 一瞬、空気が止まる。

 マヤ姉の視線が急に寂しげになる。なってしまう。

 なんだ、俺は何かおかしなことを聞いてしまっただろうか?


「欲しいと願ったんだ……こんな薬が、あのとき」

「あのとき?」

「朝陽が交通事故に遭って、病室で昏睡状態になっていたときだ」

「!」

 俺は言葉を失った。

 

 「朝陽のケガが一瞬で治る薬があれば……私はあの時、そう強く願った。しかし現実世界にはそんな都合の良いものはない。でも……だから、この異世界でエリクサーという万能薬の存在を知ったとき、私は……嬉しくて……」


 最後の方は、涙声で震えている。

 俺は皆まで言わせる必要はないと、そう思い、ただ優しくマヤ姉の手を握った。


「朝陽…?」


「ありがとう、ごめん。ありがとう」



 俺たち姉弟は我が家へと戻ってきた。


 俺の手元には、残り1本になったエリクサー。

「ラスイチは大事にとっとこう。お守り替わりってことにして」

「ああ、そうだな」


 留守を任せていたキルマリアが、おぼつかない足取りでリビングを彷徨っている。

 この人、いつも当たり前のようにウチにいるんだよなぁ……週6でいるよ、もう。

 むしろ一日居ないことの方が不自然とすら思うようになった。


「帰ってきよったか、二人とも。うう、頭が痛い…」

「まだ二日酔い治ってなかったんだ。酒臭いなぁ」

「水、水……お、ちょうどいいわいアサヒ。その水をくれ」

 そう言うと、キルマリアは俺が持っていたエリクサーを奪ってグイッと飲んだ。

「あ」


「ふおおおお! 二日酔いがシャキッと全快じゃあああ!」

「ぎゃあああ! 最後の一本もたった今なくなったー!」

「エリクサーをウコンドリンク感覚で飲むんじゃなーい!」


 現実世界ではいまだ昏睡状態も、異世界では元気に日々過ごしている俺たち軍場姉弟であった。

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