この世のものとは思えない
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。1~7巻発売中です。
そしてなんと、アニメ化企画が進行中です!
事態が収拾したあと、俺、マヤ姉、キルマリア、ソフィ、そしてノエルママの5人で、近くの酒場へと足を運んだ。
お酒を飲めるのはキルマリアとノエルママだけではあるが、その店は酒場と言うより大衆食堂のような場所だったので、特に気兼ねなく入店することができた。
開口一番、まず真っ先にお礼を言う。
「助かりました、ノエルさん! 騎士団の人らの誤解を晴らしてもらって!」
「無罪放免になってよかったですね、アサヒちゃん」
柔和な笑みを浮かべるノエルママ。
ちゃん付けで呼ばれるのは小っ恥ずかしいが、だが彼女にとっては自分の娘と同年代の子どもだ。
自然な呼び方なのだろう、そこは素直に受け入れた。
「危うく勇者さまが前科持ちになって、市中引き回しの刑になるところでした! ありがとう、ノエルママ!」
「ソフィの中の俺、そんな酷なルート歩むとこだったの!?」
娘の方はと言うと、相変わらず穏やかでは物言いをしている。
「アサヒちゃんのことは手紙でよく聞かされていましたよ。なんでもソフィの……”私の勇者さま”だとか」
「そうなんです! 勇者さま、実際に見てどうです!? パッと見は冴えない感じだけど、ポテンシャルとか秘めていません!?」
「おいコラ! 実は冴えないって思ってたの!?」
全力でツッコミを入れる。
そりゃまあ確かに、見た目はただの少年剣士だけどさ。
ノエルお母さん……あなた、娘にどんな教育してきたんです?
俺とソフィとノエルママが同じテーブルで歓談している中、マヤ姉とキルマリアは少し離れたバーカウンターでこちらの会話をただただ聞いているだけだ。
何もそんな遠巻きに遠慮せずに、同じテーブルで会話に加わればいいのに。
それとも何か警戒しているのだろうか。
「ポテンシャルですか。そうですね……」
「うっ」
ノエルママが値踏みするような視線を送ってくる。
ま、まずい。
ゴッド級のヒーラー。
そんな人になら、俺が実は弱いってことも一目でバレちゃうんじゃ……
しかし返ってきた言葉は意外なものだった。
「確かに凄い資質を秘めていると思います。“この世のものとは思えないほど”の……」
そう言って、フッと笑う。
そのとき、マヤ姉の視線が一瞬鋭くなったような気がした。
俺はと言うと、褒められたことで素直に有頂天。
「ほ、本当ですか!? ゴッド級のお墨付き……へへ、自信付いちゃうな」
つい自然と顔がほころんでしまう。
「そういえばノエルママ、なんでゴッド級だって黙ってたんです!? それに魔王討伐なんて私も全然…」
ソフィが母親に質問する。
娘にもそのふたつを知らせていなかったのは確かになんでだろう。
「神に仕える神官ですもの。そんな私が神を名乗るだなんて烏滸がましい……そう思ってね。表では特に口外はしていなかったんです」
なるほど、納得の答えだ。
冒険者ランクではドラゴン級の次がゴッド級で最上位なのだが、そもそもドラゴンの上に来るのがゴッドでいいのか?とは前から思っていた。
「魔王の件も、ソフィちゃんが生まれる前の遠い昔の話ですからね」
これもまた納得の答えである。
俺なら魔王討伐してたら、周囲に言いふらしまくるけどな……自己顕示欲の無さが逆に凄い。ノエルママ。
「そっかぁ……でもそっか。実際に勇者さまと旅をした経験があったから、私にも”あなたの勇者さまを見つけなさい”と言い聞かせてたんだ」
ソフィも合点がいったようだ。今までの答え合わせが出来て、スッキリした顔をしている。
「助けてもらったお礼です。ここは俺が奢るので、なんでも頼んで下さい!」
ノエルママにそう提案する。
「カッカッカ! では遠慮なくタダ酒を頂くとしよう!」
「お前に奢るとは言ってねーぞ!?」
キルマリアのヤツ、さっそくバーカウンターから酒のオーダー出しやがった。
なんという自由な魔王軍大幹部。
「でもアサヒちゃん、ひとついけないこともしたわ」
「はい?」
「あなた、魔剣と交渉しようとしたでしょう?」
「うっ…!」
それこそ母親に咎められるような言い方をされて、急にバツが悪くなる。
えちちな本が見つかったような気分だ。
いや、あくまで僕は未成年なので? そういう本は持ってませんでしたけど?
「バ、バレてましたか……いや、使いこなせれば戦力になるかなって思って……
「ダメダメ……」
ノエルママは、叱責している俺ではない方向を見据えながら、言った。
「魔なるモノはやはり魔……それを努々忘れないよう」
「…………」
「さて。奢りの申し出は嬉しいけれど、これから王宮でも歓迎会が開かれるようなんですよ」
「あ、そうでしたか。じゃあここで飲み食いするわけにもいきませんね」
「ふふ、重鎮扱いも大変です。気持ちだけ受け取っておきますね、アサヒちゃん」
ノエルママは微笑みながら席を立つ。
ソフィも続く。
「私がお城まで送ります! 勇者さま、私はこれで!」
「おう、じゃあな」
ソフィ母娘は店を出て行った。
「あやつ、わらわの正体に気付いておったな」
キルマリアが酒をグイッと飲み干しながら、そう言う。
「え!? マジ!?」
「魔王六将……魔王軍大幹部とまではさすがに分からんじゃろうが、魔族が人に化けてるくらいはのう。カカッ、わらわに殺気向けてきよったわ、人間風情が」
言葉とは裏腹に楽しそうだ。
あとその酒、もしかして俺の奢り?
「それともうひとつ」
「マヤ姉?」
マヤ姉も何か不審に思ったところがあったのだろうか。
「”この世のものとは思えない”……あの言い方、もしかしたら私と朝陽が異世界から来たことも勘づいているのかもしれない」
そう言われてやっと俺もハッとする。
褒められて有頂天になっている場合では無かったのだ、あのセリフは。
「マジか……もしそれにも気付いてたとしたら、さすがゴッド級って感じだ」
「ソフィの母親とは言え、あまり深く関わるのは危険があるかもしれない」
「うーん……」
俺としては魔剣から解き放ち、そのうえ騎士団の誤解も解いてくれた人なので、恩人を警戒するのは本意ではないけれど、けどマヤ姉が言うのも一理ある。
弱さがバレるバレないもそうだけど、出自もあまり公にならないよう気を付けるべきなのかもしれない。
とにかく、空気を変えよう。
「まあとにかく。ソフィもお母さんに会えて良かったよ。嬉しそうだったし」
「ふっ、朝陽もお母さんが恋しくなったか?」
「へ? いや、違っ……」
思春期らしく一瞬否定から入りそうになったが、しかし。
「いやでも、まあ、そうかもな……久しく会えてないもんな…うん」
母が恋しくなるのも無理はない。
「ならお姉ちゃんのことをママと思って甘えるがいい! ほーら、バブみを感じてオギャれー!」
マヤ姉が俺に抱きつき、全力で頭をナデナデ、頬をスリスリしてくる。
摩擦で火が出る勢いだ。
「だあああ! いつものハニートラップだったかー!」
「平常運転じゃのう。あ、マスター。おかわり」
だからその酒、俺が払うんじゃないよな!?
☆
王宮の長い廊下を一人歩くノエル=ピースフル。
周囲に人はおらず、カツーンカツーンというヒールの音だけが城内に響いている。
「ソフィちゃんも面白い人たちと出会いましたね。楽しくやれているようで何よりです。だけど……」
口元から娘を想う笑みが消え、視線が鋭くなる。
「あの三人の中に一人……驚異的なまでの魔を秘めた者がいた……」