上から92、58、85
ステータス。
それは「ステータス」と言うと、まるで立体映像のように目の前に現れる、自分の能力を数値化した画面だ。
プレイヤーは皆、HP(体力)、MP(魔力)、STR(力)、VIT(丈夫さ)、AGI(敏捷性)、INT(賢さ)、LUC(幸運)から成る、七角形のグラフを持っている。そのグラフの大きさが強さの指標になるのだ。
原則、他のプレイヤーからは閲覧できない仕様になっているのだが、本人に開示する意思があれば、他者も見ることが可能になるらしい。
俺は宿屋に戻ると、マヤ姉にステータスを出してもらうべく、こうお願いした。
「俺、マヤ姉のことが知りたいんだ」
マヤ姉はポッと頬を赤らめると、何やらモジモジとし始めた。
「お姉ちゃんのことが知りたいだって? まったく、このおマセさんめ」
「はい?」
「いいだろう。手を貸せ、朝陽」
「手?」
マヤ姉は俺の右手を掴むと、そのまま自分の乳房へと押し当てた。
ムニッ。とても柔らかい。
俺の顔からプシューッと蒸気が吹き出る。
「なななななー!?」
「いいか、上から92、58、85…」
いきなり謎の数字を羅列し始めた姉。
「スリーサイズ知りたいんじゃねーよ!!」
俺は勢いよく手を離すと、弾む心臓の鼓動を必死に抑えようとした。
というかバスト92もあるんだ。我が姉ながらすげえ。
「違うのか。なら身体にあるホクロの数か? それとも性癖? 朝陽の知りたい姉のこと、なんでも教えてあげよう!」
とんでもないことを言い出すハレンチ姉さん。
「ち、違うっつーの! 俺はステータスが見たかったんだよ! ほら、ステータス! 開示許可!」
俺は自分のステータスを出して姉に見せた。
「こんな風に七角形のグラフが出るんだよ」
「ほう、可愛い七角形だな。朝陽に似て、とてもキュートだ」
弱いがゆえの小さい七角形グラフすら、独特な表現で褒める姉。ダダ甘ですわ。
「マヤ姉のも見せてくれよ」
「わかった。ステータスよ、開け」
マヤ姉のステータスが出現する。
「あれ?」
七角形のグラフには何も表示されていなかった。すべての項目がゼロだ。
「む? 何も表示されてはいないな」
おかしい。何らかのエラーだろうか。
おかしいと言えばもうひとつ。
ステータスは皆、正方形で半透明な形状をしているのだが、マヤ姉のステータスは全体的に他の人より色が濃い。その濃さは、俺のステータスに表示されているグラフ内の色に似ているのだ。
そこで俺はハッとした。
俺の七角形グラフの色と、マヤ姉のステータス画面全体の色がまったく同じ。
つまり。
「……七角形のカンスト値振り切って、画面外まで能力値が伸びてんのか!?」
驚愕の事実。
すべての数値が高すぎて、画面内に収まっていないのだ。
まさにチート級である。
「な、なんて強さだ……他の人が知ったら、さぞ驚くだろうなぁ」
オーガ級なのに、七角形がめっちゃ小さい俺のステータスにも逆にビックリだろう。
俺はまたハッと何かに気付いた。
「ま、待てよ…俺とマヤ姉の実力が周囲に知られたら、”高レベルモンスターを倒してたのは、実はマヤ姉”って事実がバレるのでは…? となると、あれか? 俺の冒険者ランクがオーガ級ってのは……経歴詐称になる!?」
オーガ級のバッジをもらったときに聞かされた、受付嬢のターニャの言葉を思い出す。
「売り払ったり、人に譲渡したりとかはNGっすよ。王都が認定した、冒険者の身分証明書みたいなものだからね……詐称とかしたら最悪これっす」
斬首ざんす。
「やべえええ!!」
俺は頭を抱えた。
騙すつもりなんて無かった。
ただ、マヤ姉が倒したモンスターの残骸近くにたまたま俺がいて、それがなぜかすべて俺の手柄になって……そんな幸運(今となっては不幸)の積み重ねなんだ!
秘匿せねばなるまい。隠蔽せねばなるまい。
「マヤ姉! 絶対に俺以外の人にステータス見せないで! あとチート級の強さも極力隠してください!」
「む? よく分からんが、分かった」
事情を知らない姉は、弟の提案に素直に承諾してくれた。
秘密にせねば。マヤ姉の強さも、俺の弱さも。
「ふう……」
パニックを起こしすぎて疲れた。俺は宿屋のベッドに腰掛けた。
ホッとしたのも束の間、マヤ姉がおかしな事を言いだした。
「よし、今度は私が朝陽を知る番だな」
「は?」
ぺろり。
舌なめずりしている。
えっと……何を言っているのかな、このお姉さんは。
「お姉ちゃんに、朝陽の身体にあるホクロの数を数えさせてくれー!」
「どわぁ!? ちょ、やめ…だから脱がそうとすなー!!」
マヤ姉が俺をベッドに押し倒す。
すべてのステータスがカンスト値以上は伊達じゃない、組み伏せる力がメチャクチャ強い!
逃走スキルの『エスケープ』を習得しておくべきだった……必死に抵抗しながら、俺はそんなことを思っていた。
姉の強さも、弟の弱さも周囲にバレてはいけない。
それが軍場姉弟が定めた、この異世界でのルールとなったのであった。