俺のチャージ
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~6巻発売中です。
「どうしたんだ、ターニャ。何かあったのか?」
「街の水道や井戸から水が出づらくなったんすよ。地下水路に何か問題が起こったのかも」
「なに? それは困るな……」
家事炊事を担っているマヤ姉が神妙な顔付きになる。
「で、その調査をクエストとして発注したいんす。アサヒくん、今忙しいっすか?」
今日は特に用件も無いからレベル上げに励んでいたくらいだ。断る理由は無かった。
「いいよ、やるよ」
俺とマヤ姉はターニャから地下水路への入り口を聞き、さっそく足を運んだ。
「ここが地下水路かぁ……薄気味悪いところだけど、RPGのダンジョンみたいでワクワクもするなー」
「朝陽、足下に気を付けろよ」
ちゃぷちゃぷと足音を鳴らしながら水路を進む。
なるほど、確かに水かさが少ない。
「靴半分くらいしか水が流れてないね」
「ターニャが言っていたとおりだ。水の流れが止まっているな」
その原因究明のために、俺たちは地下水路の奥へと進んだ。
「マヤ姉! 見てよ!」
「あれが理由か」
地下水路を突き進んでいくと、俺たちは行き止まりに差し掛かった。
行き止まりと言っても壁や水門などではない。
岩や流木、街中のゴミなどが山積して出来た、自然の壁だ。
「大量のゴミだ!」
「これが水路をせき止めていたんだな。さっそく片付けるか」
マヤ姉が掌を前に掲げると、バチバチと電流が走る。魔法を発し、ゴミを吹き飛ばすつもりなんだろう。
「待った、マヤ姉。俺にやらせてよ」
「朝陽に? いや、だが…」
「さっき覚えた『チャージ』を使う良い機会だ」
1ターン溜めることで、2ターン目に倍以上の攻撃量を発揮するスキル、『チャージ』。
それを試す絶好のチャンスだ。
普段の俺なら、岩や流木で出来たこの山を斬撃で崩すことは出来ないだろう。
グローリアくらいの強さがなければムリだ。
では、チャージ攻撃では?
「『チャージ』! ……………………てやぁ!」
1ターンじっくりと力を溜め、渾身の一撃を見舞う。
ドガッと大きな音を立てて、吹っ飛ぶゴミ山。
俺らしからぬ破壊力だ。一番、俺が目を丸くしている。
「す、すげえ…! 気持ちいいー!」
「おお! 攻撃力が確かに上がっているな!」
マヤ姉も感嘆の声を挙げる。
しかし、おかしい。
水路をせき止めていた大量のゴミを取り除いたのに、水量が増えない。水が流れてこない。
「朝陽! 奥に何かいるぞ!」
「え!?」
薄暗い闇の向こうに、水路をすっぽり埋めるくらい巨大な何かいることに気付いた。
さっきまではゴミ山のせいで見えなかったそれは……大きな亀だった。
「カメェェェー!」
思わずF○5のエ○スデスばりに叫んでしまった。
いや、この機会を逃したらもう叫ぶことはないであろうワードだ。言えて良かった。
「水路をせき止めていた張本人…いや、張本亀はコイツだったか。あの甲羅は堅そうだ」
「堅い相手ならちょうどいい! 俺のチャージで撃退してやる!」
俺は剣を構え、気を溜め始めた。
しかし俺の溜め時間など意に介さず、亀がズンズンと迫ってくる。
「え? あ、いや、ちょっ…」
亀にしては存外早い突進だ。食らったらひとたまりもない。
「お、おい! 1ターン! 溜め時間を1ターンだけ待っ…!」
溜めている間に攻撃を仕掛けてくるなど、ヒーローの変身シーン中に攻撃してくる悪役が如き空気の読めなさでは!?
様式美とか知らないのか、この亀!?
亀の突進を食らう。
そう思った瞬間、俺の身体は宙を舞っていた。
マヤ姉が俺を小脇に抱え、上に飛んだのだ。
そして俺を抱えていない方の手で、水路の天井を掴んだ。
トンネル上の水路だ。掴むところなど本来ないのだが、指を5本、天井に食い込ませたのだ。
え、このトンネル、豆腐かなにかで出来てるんです?
そして間髪入れず、マヤ姉は眼下の亀に向けて魔法を放った。
「『姉タイダルウェーブ』!!」
亀がその巨体でせき止めていた水が、そのまま濁流となって、亀を水路の奥へと押し流していく。
おそらくあの亀は海まで押し流され、藻屑と化してしまうのだろう。
☆
「ふう、何とか街まで戻っ……なんだこれ!?」
「街中が水浸しになっているな」
姉タイダルウェーブの文字通り”余波”は、街中にも及んでいた。
後からターニャに聞いたのだが、とてつもない量の水が井戸から逆流してきて、街を水浸しにしてしまったようなのだ。
犯人は横にいる我が姉なんだが、これはもう黙っておこう。うん。
俺とマヤ姉は家へ向けて歩き出した。
「あんな大きな亀が地下水路に迷い込んでいようとはな。あのゴミの山も、きっと亀が移動した際に積み上がった物なんだろう」
「チャージの力をアイツにぶつけられなかったのは残念。でもマヤ姉がいつも通り1ターンで片付けてくれたおかげで助かっ……ん?」
俺はハッと何かに気付いた。
気付いてしまった。
俺のチャージは1ターン力を溜めて、2ターン目に攻撃するスキルだ。
そしてマヤ姉は、1ターン目で全ての敵を滅殺するチート姉さんだ。
つまり。
「マヤ姉が初手で敵ぶっ倒しちゃうから、俺のチャージ意味なくない!? 死にスキルなんでは!?」
「確かに。噛み合わせが悪いな」
なんということだ。
ワンターンキル姉さんの前では、2ターン目でしか効力を発揮しないチャージは無力でしかなかったという。
「まあ朝陽。あれだ。重い家具でも運ぶときにチャージってもらえれば…」
「俺のチャージを引っ越し業者用のスキルみたいに言わないで!? あとチャージるってなに!?」
強くなったような。
別段そうでないような。
今日も今日とて、俺たち姉弟は異世界生活を堪能していたのであった。