冥府へご案内
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~6巻発売中です。
それは人里離れた荒野での出来事だった。
二人の人外が、周囲の地形をガラリと変えるレベルの大規模な戦闘を行っていた。
真夜とキルマリアだ。
「姉フレア!」
「フレイムランス!」
モンスターならばいずれも一撃で消滅するほどの破壊力だ。
しかし二人とも互いに直撃を受けても、一発殴られた程度にしか効いていない様子。
ゆえに、人外同士なのだ。
二人は遂に雌雄を決する対決に至ったのか。
否。
「ゴミは分別しろと言ったろう! キルマリア! 酒瓶と燃えるゴミを一緒にして!」
「カカッ、細かいヤツじゃ! 全部燃やしてしまえば一緒であろうに!」
いつも通り、くだらない理由による他愛のないケンカであった。
そのケンカに巻き込まれズタズタにされる荒野は気の毒だが。
ケンカをひとしきり終え、キルマリアは傷だらけの身体を引きずりながら森の中を歩いていた。
「いてて……マヤめ、また腕を上げおって」
毒づきながらも、どこか嬉しいでさえある。
「…………ふん」
木の陰に向かって話しかける。
「いつまで尾けておる? ウートポス」
現れたのは魔王六将がひとり、”冥境”のウートポスであった。
軍場家に現れて、朝陽とバトルサーガ・タクティクス勝負をし、ミニキャラになった真夜に殴り飛ばされて以来の登場である。
「あはっ。さすがキルマリア姐さん。よく気付いたねぇ……完全に気配を絶っとったのに」
「マヤと戦っているのも遠巻きに見とったじゃろ」
「ひー、怖い怖い。姐さんは敵に回したくないわぁ」
萌え袖を振り回しながら、おどける。
「あの赤髪のおねえさんやろ? ギガノトはんをぶっ飛ばしたの」
「……まあのう」
「てっきりアサヒくんとばかり思っとったよ」
「ギガノトに言う気か?」
キルマリアが剣呑な空気を漂わせる。
ギガノトに知られては、王都に攻め込む理由をもうひとつ与えることになり、平穏が崩れる可能性が高い。
それゆえに、キルマリアは身構えているのだ。
「あはぁ、まさか! 言わないからさぁ、その殺気抑えてくれへん?」
「本当か?」
「うん。だってシンプルに、ボク、ギガノトはん好かんもん」
なるほど、信ずるに値する理由だと、キルマリアは噴き出した。
「カッカッカ! 人望ないのう、あいつ」
粗野で粗暴で傲慢。
ギガノトは実に魔族らしいヤツではあるが、飄々として自由奔放なキルマリアやウートポスとはソリが合わないのだ。
「おぬしも王都に入り浸るようになったのう。今日もアサヒとゲームしに来たのか、ウートポス……いや、アサヒと同じくウーと呼ばせてもらうか」
「今日は別件。姐さんに頼み事があってさ」
「わらわに?」
ウートポスは真剣な表情になった。
「ボク、”冥境”の二つ名を持つ、冥府エリスライトの主やろ?」
「死した魔族が行き着く世界…亡者の国エリスライトか。そうじゃったの」
「その冥府で暴れ回ってる亡者がいるみたいなんよ。他の亡者共が束になっても全部返り討ち…治安乱しまくりで困っとるんよね」
「ほう」
まだ見ぬ強者の話を聞き、キルマリアの目の色が変わる。
「そいつを倒して欲しい…と。ちょうどいい、打倒マヤに向けた特訓代わりじゃ!」
二人の魔王六将が会話をしている森の中を、偶然通りがかった人間がいた。
巻き込まれ属性に定評のある朝陽だ。
「ん? あそこのいるのはキルマリアとウー。あの二人、知り合いなのか?」
採取クエスト帰りだったのだろう、アイテムが入った麻袋を担いでいる。
「おーい! 二人とも何やってんのー!?」
そう言って近寄ったのと同時に、朝陽の存在に気付かぬウーが、地面に亜空間への渦を出現させてしまう。
「ほな、冥府へご案内!」
“三人”は冥府エリスライトへとワープしたのであった。
☆
空は月も太陽もなく暗黒。
周囲は生気をまるで感じない荒野。
至る所に人魂らしき炎がたゆたっている世界。
気付いたら俺はとんでもないところにワープさせられていた。
「どこ、ここ!?」
驚いているのはキルマリアとウーも一緒のようだ。
「アサヒ!? なぜおぬしまでここにおる!?」
「あらら……転移に巻き込んでしもうた?」
「巻き込まれたの、俺!? 何かするときは前後左右確認して!? ウー!」
そんな風に騒いでいる俺たちの元へ、高エネルギーの魔法が放たれてくる。
「ぬっ!」
その攻撃にいち早く気付いたのはキルマリアであった。
俺とウーを庇うように前へ出ると、バリアを出現させてエネルギー波を防いだ。
「ぬうう! ふ、防ぎきれん…!!」
よほどのパワーだったのか、キルマリアが防ぎきれなかった流れ弾がこちらに飛んできた。
絶体絶命である。
「うわああああああ!?」
そんな俺の前に、もう一人立ちはだかった。ウーだ。
「あっち向いて……ホイや!」
ウーが腕を上に振り上げると、エネルギー波はその動きに呼応するかのように、ギュインと弧を描いて軌道を変えた。
「あはっ! 攻撃の指向性を強制的に変える遊びや!」
指向性を歪まれたエネルギー弾は、周囲にあった崖をえぐり取りながら空へと消えていった。
エネルギー弾の残滓だというのに、恐ろしい破壊力。
当たれば俺など、塵となっていただろう。
「あ、ありがとう、ウー…!」
「気にせんといて、巻き込んだのはボクやし」
「そういえばそうだった! コラー! 帰せー!」
「感情が忙しいなぁ、アサヒくん」
ウーの襟を掴んでブンブン振り回す。
後方でわちゃわちゃしている俺たちを見て、キルマリアはホッと胸をなで下ろしている。
「ふう……ナイスじゃ、ウー…!」
「痛い……痛い……」
「!! こ、この声……!?」
地響きを起こしながら、巨躯の怪物がこちらへ近寄ってくる。
「腐り、朽ち続ける身体が痛い……!!」
身体中が傷だらけで、ところどころ骨も見えている。
あちこちが腐り、崩れて、再生して、を繰り返しているようだ。想像するだけで痛々しい。
先ほどの攻撃は、コイツによるものだったのか。
「おわっ!? なんだ、あのバケモン!?」
「コイツやな? 例の暴れ回ってる亡者言うんは。姐さん、頼んま……姐さん?」
見ると、キルマリアが彼女らしくない戦慄の表情を見せている。
その答えは、このあと巨躯の怪物が発した言葉で明らかになった。
「我は誰だ……? ああ、そうだ……我は…我は、”壊乱”のアグニ……!!」