腐ってもドラゴン級
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~6巻発売中です。
「わたくしはゴーレム級のグローリア・ブリガンダイン! ドラゴン級のジークフリートさん、いざ参りますわ!」
名乗りと同時に、大剣を構えてジークさんに斬りかかるグローリア。
かなりの重量を誇る大剣を軽々扱うその膂力こそが、グローリアの特徴だ。
対するジークさんは、この攻撃を俊敏な動きで躱す、いなす、はじき返す。
ジークさんは村人同然の装備で、得物は安価な量産ブロードソードだ。
そんな初期装備で、フルアーマーグローリアの攻撃を汗ひとつかかずに凌いでいるから恐れ入る。
俺の隣で観戦しているクオンも、珍しく目を見開いて驚いている。
「お嬢の攻撃をすべていなしている…! あんな軽装備で…これは驚きです」
「やっぱりジークさん、腐ってもドラゴン級だ!」
「アサヒくん!? 勝手に腐らせないで!?」
激しい攻防中でもしっかりツッコミを入れてくる。
俺が知り合ってからのジークさん、酒浸りかつギャンブル狂いかつ日銭も持たない浮浪者同然だったから……
戦いに変化が生まれたのは、攻防が5分ほど続いたときだった。
「! ブロードソードが…!」
「折れた!」
やはり安価なブロードソードでは、グローリアが持つ高レベルの得物の攻撃は耐えきれなかったようだ。
ジークさんの持っていたブロードソードが折れ、武器が無くなってしまった。
「無手と言えど容赦はしませんわ! エレガント・スプリットバスター!!」
「ふん!」
グローリアの全開の兜割りを、しかしジークさんは両手でしかと受け止めた。
「真剣白羽取り!?」
「ウソでしょう!? わたくしの全力の必殺技を……」
「う…ぐっ…! す、凄いね、グローリア君のパワー……!!」
その衝撃の強さは、割れた地面と、ジークさんの脚がその地面にめり込んでいることからも窺える。
オークすらも一刀両断してきたその技を受け止めるとは、ジークさんも大概人間離れしている。
ジークさんはそのまま両手で大剣を奪い取ると、遠くへ投げる。
無手同士の戦いは一瞬で決着が付いた。ジークさんがグローリアの懐に潜り込み、すかさず一本背負い。
「きゃん! きゅうう……」
受け身も取れずに投げ伏せられたのだ、グローリアは昏倒してしまった。
「グローリア!」
「これぞ柔よく剛を制す! さすがですぞ、ジークフリート先生!」
セバスチャンさんがガッツポーズで喜んでいる。
いや、お嬢さまが投げ飛ばされてるのにガッツポーズはいかんでしょ。
「セバスチャンさんはしゃぎすぎだよなぁ、クオン……クオン?」
隣を見たら、いつの間にかクオンが居なくなっていた。
「ふう…これで仕事は完了かな?」
一息つくジークさんだったが、しかし。
「よくもお嬢を」
「! この身の毛のよだつ殺気は…ハッ!」
ジークさん目掛けて、2本のダガーが高速で飛んでいく。
その攻撃をすんでのところで避けるが、しかし本命はその次にあった。
「ハッ!」
いつの間にジークさんの懐に飛び込んでいたのだろう。
クオンはサマーソルトキックを浴びせ、ジークさんを吹き飛ばした。
「ぐっ!?」
「次は私がお相手します、ジークフリート氏」
抑揚のない、しかし泡立つ怒気を必死に抑えるような声でそう言う。
クオンのヤツ……グローリアが倒されるシーンを目の当たりにして、相当”おこ”のようだ。
しかしジークさん相手には分が悪いだろう……そう思っていた。
クオンがジークさんに攻撃を仕掛ける。
いつも携えているダガーは先ほど投擲したから無手だ。ジークさんも無手。ステゴロ勝負だ。
「こ、この少女…速い…!」
驚かずにいられなかったのは俺だけじゃない、相対しているジークさんもだ。
クオンはジークさん相手に五分以上に押していた。
二撃、三撃、四撃……ジークさんも必死に捌いているが、とにかくクオンの攻撃が速い。
「クオンが押してる!?」
「ぬ、ぬう……クオンめ、さすがにやりよる…」
セバスチャンさんも焦っている。
そういえばグローリアがゴーレム級なのは周知の事実だが、クオンはどのランクなのだろう。
無手で初期装備とはいえ、ドラゴン級のジークさん相手にここまでやれるんだ。ゴーレム級の域は超えているような。
「市井にこんな手練れが……フッ!」
防戦一方だったジークさんが目を見開く。
「『ガードインパクト』!!」
ジークさんがクオンの攻撃を弾く。
「パリィ技か!?」
タイミングよくガードをすると一瞬無敵状態になるヤツだ。
「しまった! 空中で無防備に…」
隙だらけになってしまったクオンに、渾身の一撃を放つジークさん。
十数メートル吹っ飛ばされたクオンは、動けなくなってしまった。
「はあ、はあ……か、加減できなかった……こんな少女が、一体どれだけの研鑽を積んでいたんだ…?」
確かに、クオンは俺と同じくらい、15歳前後だ。その若さでこの練度は驚くのも無理はない。
「ク、クオン…!」
目が覚めたのだろう、グローリアが起き上がろうとする。しかし身体が言うことを聞いてくれない様子。
「上には上がいると悟ったでしょう? さあ、お嬢さま……本邸へ帰りましょう」
特に何もしてないセバスチャンさんがドヤ顔でそう言う。
「させるか!」
俺はグローリアとクオンを守るように、ジークさんとセバスチャンさんの前に立ちはだかった。
「アサヒ!」
「アサヒ氏…!」
俺がジークさんに敵うわけない。
けれど、クランの仲間が窮地なんだ。
立ちはだからなきゃリーダー失格ってもんだろう?
「アサヒくんか…キミと戦うのは初めてだね。でも僕にも生活があるんだ。悪いけど倒させてもら…う…うう!?」
サーッと顔が青くなっていき、冷や汗をダラダラかきだすジークさん。
なんだ?
俺相手に何をそんなビビる必要が?
「こ、これは…アサヒくんの覇気…!? な、なんだ……この”アサヒくんに手出ししたら命はない”と訴えかけてくるオーラは……!?」
俺の背後を見ながら、そんなことを呟く。
俺は後ろを見た。特にそこには何もない。
可能性があるとすれば……もしかしてアレか?
俺が身体に纏っているマヤ姉とキルマリアの残り香が、強大なオーラとなってジークさんをビビらせている?
「うっ! プレッシャーに当てられて……お、お腹が痛くなってき……だ、だめだぁ…!」
ジークさんはお腹を押さえながら、へなへなと座り込んでしまった。
「せ、先生!? くっ! 今日のところは退散します!」
頼りの先生が急にヘタレて、即刻退散するセバスチャンさん。
この人も本来かなりの強者なんだろうけど、なんだろう、いちいち三下ムーブが多いご老人だ。
「塩を撒きなさい! クオン!」
「了解です」
いつの間にやら塩の壷を持っていたクオンが、セバスチャンさんに向けてパッパッと塩を撒く。
二人ともすっかりいつも通りだ。良かった。
三時間後。
グローリア邸の庭先では、体育座りしたまま呆けているジークさんの姿があった。なんでまだいるん?
「僕ってヤツはダメダメだぁ……魔王軍討伐も、ギャンブルも、何でも屋稼業も、何も出来ない男なんだ……」
「人の家の庭先で、かれこれ3時間はいじけてますわよ、あの方…」
「実力者なのにメンタルはクソザコのようですね、ジーク氏」
「うーん……グローリアやクオンとの戦いを見たら、実力は申し分ないんだけどなぁ。使いどころがなー」
ジークさんが自信持てて、かつメシの種になるような仕事が見つかればいいんだけど。
「そうだ!」
俺はあることを思いついた。
「グローリア、この別邸、自由に使っていいって前に言ったよな?」
「? ええ、クオンと二人だけで住んでいても手に余る広さですから」
「ならさ、この敷地の一部をジークさんに貸してあげてくれないか?」
「アサヒくん?」
いじけていたジークさんが不思議そうな顔で見ている。
☆
「じゃあジークフリートの剣術教室、始めるよー!」
「はーい!」
木刀を持った子供たちが元気よく答える。
よく見るとその中に大きなお姉さんも一人混じっている。グローリアだ。
「わたくしも基本から学びますわ! ジークさんと手合わせして、まだまだと思い知らされましたからね!」
グローリア邸の庭で剣術教室を開いたジークさん。
俺が提案したのは、”ジークさんに剣の先生をしてもらう”ということだった。
「ジーク先生! これでいい?」
「もっと腰を入れて…そうそう、その調子!」
「ジーク先生、こっちも見てよー」
「はいはい、今行くよー! 順番、順番ね?」
ジークさんは爽やかな笑顔を見せている。
実に楽しそうだ。
子供たちに手解きしているその様子を、端から眺める俺とクオン。
「月謝制の剣術教室で、後進を育てさせる……考えましたね、アサヒ氏」
「へへ、だろ?」
自身の強さと経験を生かした、やり甲斐ある職を見つけることが出来たジークさんであった。
めでたし、めでたし。