分かるよ、姉なんだから
電子コミックアプリ『サンデーうぇぶり』でコミカライズ連載中。
コミカライズ1~6巻発売中です。
謎の子供との勝負に負けたことによって、人形化させられた軍場朝陽こと、俺。
路上を彷徨っている最中に俺を拾い上げたのは、グローリアとクオンであった。
「やった! 助かった! 俺だ、朝陽だ!」
グローリアの手の中で、身振り手振りを交えて助けを求める。
「まあ! 動きますわ、この人形! カラクリ式かしら!?」
グローリアが興味深げに俺を観察する。
この様子では、どうやら俺の声までは届いていないらしい。
人形だから声帯ないもんな……
「お嬢、落ちてる物を拾わないで下さい。手が汚れますし、よからぬ雑菌も付着します。不潔です」
「不潔とまで言う!?」
クオン、めちゃくちゃ言いよる。
令嬢のお付きとしては正しい反応かもしれないが、愛がなさ過ぎる。
「それに、もしかしたらブリガンダイン家が送り込んだ罠かもしれません。盗聴魔法の術式が編み込んであるとか…」
「セバスチャンならやりかねませんわね」
セバスチャンさんもめちゃくちゃ言われてる。可哀想に。
しかし俺はもっと可哀想な目に遭いそうになっていた。
クオンが二刀ダガーを構えたのだ。
「解体して確認します」
「いやあああ!!」
俺は誰にも届かぬ悲痛な叫びをした。
「おやめなさい! この人形は木から吊し、剣の練習に使うつもりなんですの!」
「こっちもろくでもねえええ!」
この二人、なんなの!?
「冗談じゃねえ! 逃げろぉー!」
「あ!」
「逃げた」
俺はグローリアの手から飛び降りると、一目散に逃げ出した。
無事、グローリアとクオンから逃げ切った俺は、路地裏で息を整えた。
人形だから不要とは思うのだが、とにかく一息つきたくて。
「はあ、はあ、酷い目に遭いかけた……あいつら、今度生身で会えたら文句言ってやる…!」
そんな俺に、フッと影が差す。
「ん? ふぎゃん!」
頭上から杖が振ってきたのだ。その先端が見事に俺に命中する。
「勇者さまはこちらの方角と出ました!」
俺を勇者さまと呼ぶ人物は一人しかいない。ソフィだ。
「ソ、ソフィ……!」
どうやらこの杖、杖を転がして行き先を決める杖占いの結果らしい。
ソフィが俺の姿を探してか、きょろきょろと周囲を見渡している。
「見当たりませんね……杖占い、不発だったかなぁ?」
「いや…ある意味、大的中してるよ…」
杖に下敷きになりながら、そう呟く。
知り合いと出くわしたら、例に漏れず酷い目に遭ってしまう……
今日はもう誰とも遭遇しないように気を付けねば。
だが人生とはままならないもので、こういうときに限ってよく知り合いに会うんだ。
まずは、冒険者ギルドの受付嬢ターニャ。
「人形が動いてる!? ギルドに報告して『謎の人形を追え!』クエストを発注するっす!」
「クエスト対象にさせられちまう! 逃げねば!」
お次はドラゴン級の浮浪者、ジークフリートさん。
「金欠で丸二日は何も食べてない……動く人形、質屋で高く売れそうだ…!」
「やべえ! ジークさん、目がマジだ! 全力で逃げろおお!」
さらに美食クラン、モンストル・マルシェのグルメハンター、シモフリさん。
「新手のモンスター!? た、食べてみたい!」
「食われるぅぅぅ! つーか人形を食おうとすな! シモフリさぁぁぁん!」
知り合いから逃げに逃げ、街角をトボトボと一人寂しく歩く。
「みんな、俺に気付かないな……仕方ないけどさぁ……」
初めてこの異世界にやって来た日を思い出す。
異世界召喚に興奮するオタクではあったけど、やはり誰も知らない世界に一人きり。
孤独を感じたものだ。
そう、今と同じく、孤独。
「お?」
身体が宙に浮く。
誰かが俺の身体を拾い上げたのだ。
その人物が、人形となった俺の身体をジッと見つめている。
「……」
「マヤ姉!」
それは我が実姉、マヤ姉こと軍場真夜であった。
そうだ、マヤ姉なら俺に気付いてくれるかもしれない!
「マ、マヤ姉! お、俺…! 朝陽…!」
しかし。
「動く人形か。面妖だな」
「うっ……マヤ姉でもダメか……」
俺はガックリとうなだれた。
「朝陽にプレゼントしたら喜びそうだ」
「いや、俺はこんな人形じゃあミリも喜びませんけど…」
クオンじゃないけど、この人形不潔っぽいですもん。
「現実世界でも、朝陽は人形遊びが好きだったものな」
「え? したっけ、そんなの?」
「よく美少女フィギュアをローアングルから覗き込んでいたものだ。あっはっは!」
「きゃあああ! 見られてたのかぁぁぁ!」
とんでもねえ恥辱!
「よし、持って帰ろう。どこにしまおうかな」
「え、家に持ってってくれるの? そりゃありがたいけど」
「ようし、ここにしまおう!」
そう言うと、マヤ姉は胸の谷間に人形体の俺を差し込んだ。
「ぬおおおお! どこに押し込んでんだぁぁぁ!?」
柔らかいしイイ匂いするし、とにかく情緒が掻き乱されるんですが!?
「なんてな」
「へ?」
ポカンとしていると、マヤ姉が優しい笑顔を俺に向けた。
「朝陽なんだろう? 分かるよ、姉なんだから」
ああ。
こんな姿になっても、やっぱり。
声が聞こえなくても、やっぱり。
気付くと俺は、マヤ姉の顔に抱きついていた。
いつもは俺が抱きつかれるのだけれど。
今回は俺から、強く。
「…………」
「…………」
「ふぁふぁひ、ひひはへひはいんはは」
「は? なんて?」
見ると、マヤ姉の顔が真っ赤になって窒息しかけていた。
「ふぁふぁひ、ひひはへひはいんはは」とは、「朝陽、息が出来ないんだが」だったのだ。
フェイスハガーよろしくがっちり顔面に抱きついてたのだ、そりゃそうなる。
「うおおお!? ごめーん!」
「はあ、はあ…はは、だが朝陽に窒息死させられるのなら、それもまた本望!」
「なに言ってんの!?」
まったく、最後まで格好が付かない姉弟である。