俺に手を出さない方がいい
名もなき辺境の村が、三体のオークに襲われている。
破壊された家屋、荒らされる田畑、逃げ惑い泣き叫ぶ住民たち。
一言で言うなら蹂躙だ。蹂躙に他ならない。
「酷いもんだな……」
軍場朝陽はその様子を遠くの茂みから眺めていた。
……などと他人事のように言っているが、軍場朝陽は俺だ。
オーク三体が一人の幼女を標的にする。
「人間のガキがいたぞ、長兄! 末弟!」
「幼子の血肉は極上のグルメ……興奮を禁じ得ん」
「グフフフ! ごちそうだぁ!」
三兄弟だったのか、お前ら。
見るからに弱そうな女子供相手にイキりたがるのは、現実世界の人間もこの世界のオークも一緒らしい。思わぬ共通項だ……なんて悠長なことを考えている場合ではない。幼女は恐怖からか、足がすくんで動けない様子。
幼女を助けんと、俺は茂みから駆けだした。
「『投石Lv:1』!」
俺は石を投げるスキルを発動し、オーク長兄の頭にぶつけた。
この世界では石ひとつ投げるのにもスキル習得が必要なのだ。そんなバカな。
「ぬ!?」
オークがひるんだ隙に、俺は幼女を抱きかかえてその場を離脱した。
十分距離を取った後、幼女に逃げるよう促す。
「今のうちに逃げるんだ! さあ!」
「う……うん!」
幼女の背中を見送った後、俺は振り返ってオーク三兄弟と対峙した。
改めて近場で見ると、威圧感がエグい。3メートルはあろうかという体躯に、筋骨隆々の肉体。右手には巨大な棍棒。バリバリ人間撲殺します!といった感じの風体だ。正直、怖すぎる。
「小僧……何者だ……!?」
長兄が尋ねる。
俺は恐怖心をおくびにも出さず、冷静沈着に言い放った。
「軍場朝陽……冒険者だ」
「たった一人で我らとやり合おうと……?」
「こんなチビがオレら三兄弟と!? ゲハハ、笑えるぜ!」
「女みてぇな顔しやがって」
そりゃあ俺は165センチしか無いが、オークから見れば誰だってチビだろうに。それと女みたいな顔と言うな、中性的な顔立ちと言え。
俺はスッと右手を前方に掲げた。
それはオークを制止させるような仕草。
「”俺に手を出さない方がいい”……いいな? 忠告したぞ?」
不敵な笑みを浮かべながら、オーク三兄弟にそう告げた。
圧倒的弱者に見える俺が、圧倒的強者にしか見えないオーク三体に、だ。
命知らずもいいところだろう。というか、もはやただの自殺だ。
怒りが一瞬で沸点に達したオーク長兄が、俺を撲殺せんと棍棒を振りかぶる。
「度し難い思い上がり! ひしゃげよ、人間ッ!!」
その刹那だった。
地面が割れ、巨大な槍状に隆起した大地がオーク長兄の身体を貫いた。
「ガアアアアアア!!」
20メートルはあろうかという大地の槍に、下から勢いよく貫かれたオーク長兄。
即死だった。
「ちょ、長兄ぇぇぇ!!」
突然の兄の死に、遺された次兄と末弟は恐れおののいている。
周辺の大地を一瞬でクレーター化させるほど、デタラメな威力の土属性特大魔法が展開されたのだから、その反応も当然だろう。
“こうなることを予測していた俺”でも、内心ドッキドキだ。
相変わらず、凄すぎる。
しかし俺は平静を崩さず、二の句を継げた。
「だから言ったんだ……俺に手を出すなって。パッシブスキルって言うのかな? 攻撃を受けてから発動するタイプの、ある種の加護が俺には付いているんだ。加護って言うより、庇護とか過保護って感じだけど……」
そう独りごちる俺の佇まいに、恐怖を覚える次兄と末弟。
「な、何を言ってやがる……!? だが、コイツはやべぇ! オーク種でも上位の力を誇る長兄を一発で倒すなんざ、並の冒険者じゃねえよ! 逃げるぞ、末弟!」
「じ、次兄! お、置いてかないでぇ!」
長兄の仇を取るでもなく、一目散に逃げ出す次兄と末弟。
俺はホッと胸をなで下ろした。
「追い払えればそれでいいか……オークとはいえ、無益な殺生はな。ああ、俺は鬼じゃない」
しかし、鬼は別のところにいた。
敗走するオーク二体の遥か上空を滑空するひとつの影。
その影は掌を眼下のオークに向けると、魔法を詠唱した。
「爆ぜろ」
「ほぎゃあああああああ!!」
影から放たれた雷鳴魔法により、オーク次兄は肉塊となって爆散した。
その爆風により、ついでに俺も吹っ飛んだ。30メートルはぶっ飛んで、地面をゴロゴロ転がった。身体めっちゃ痛いんですけど。
間髪入れず、残った末弟に狙いを定める影。
「ま、待ってく……ギャアアアアアア!!」
命乞い虚しく、影の魔法を至近距離で浴びた末弟は、兄二体同様に粉々になった。
まさに瞬殺……出会って5秒で皆殺し。
爆風で吹っ飛びひっくり返っていた俺は、ゆっくり身体を起こすと、その影に向けてこう言った。
「相変わらず容赦ないね……マヤ姉」
オーク三兄弟をそれぞれ一撃で屠った影……その影の正体は女性だった。
彼女の名前は軍場真夜。
そう、俺の実姉である。