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story teller's archives  作者: 神ヶ月雨音
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二幕・ヘイコウセン

 六月初旬、荒木(あらき)慎也(しんや)はクラスメイトの半強引な召集により、嫌々ながら体育大会の打ち上げに参加していた。

 あまり乗り気じゃないものの、皆のテンションに合わせて無理矢理盛り上がっていた慎也に、クラスメイトの(よう)が言った。

「なあ慎也、彼女と別れたんだって?」

「はっ……なんで今その話題出すんだよ」

「今日元気ねえのはそのせいかー?」

「……悪いかよ。呼んだのお前だろ」

 陽の言うとおり、慎也は一ヶ月ほど前に彼女と別れていた。そのショックを引きずっているが故、今日の打ち上げも乗り気ではなかったのだ。

「何が原因だったんだー?」

「おい、やめてやれ陽。触れてやるな」

「ちぇっ、わかったよ」

 陽の振りを阻止した親友の翔太(しょうた)に、慎也は小声で礼を言った。

「さんきゅ、翔太」

「気にすんな。ほっとくとアイツは面倒だからな」

 そんなやり取りをしていると、クラスメイトの女子が慎也に話しかけてきた。

「ねえ荒木くん。何ヶ月付き合ってたの?」

「と、突然どうしたんだよ浅海(あさなみ)

 話しかけてきたのは浅海日向(あさなみひなた)。先日慎也と同じように破局の噂が流れていた女子だ。

「なんとなく、気になっただけ」

「……九ヶ月だよ」

「やった! 勝った! 私一年と二ヶ月!」

「何の張り合いだよ……」

「そうだ、荒木くんの連絡先追加してもいい?」

「どうぞ勝手に」

「おっけー、じゃあ帰ったら追加するね」

 このとき慎也は、これから彼女との物語が始まるなど、思わなかった。



「物語をはじめよう。彼らの紡ぐ、平交線(ヘイコウセン)の物語を」



 打ち上げの日の夜。震えた携帯電話の画面を覗くと、日向からのメッセージだった。

『言ってた通り追加したよ~。よろしくね!』

『よろしく』

 そう短く返信をした後、携帯の画面を閉じようとした瞬間、返信が来た。

『一つ聞きたいんだけどさ、まだ彼女さんのこと好きなの?』

 突然の問いに慎也は固まった。一瞬ためらったが、なぜか日向のことを信頼できるように思えたので、こう返した。

『そうだよ。じゃ無きゃこんなに沈まない』

 彼女は笑うだろうか。と慎也は思った。しかし日向の返信は、思ってもいなかったものだった。

『そっか。私もなんだ』

 慎也は目を疑った。あんなに楽しそうに、笑い話のように振舞っていた日向が、まだ未練を抱えていたなんて。

『そうは見えなかった』

『ああでもしてないとやってられないの』

『そっか、大変だね』

『荒木くんは、どうして別れたの?』

 誰にも聞かれたくなかったはずの問い。しかし慎也は、日向になら話してもいいと思えていた。

『少し喧嘩しちゃって、その時に冷めてたのかな。新しく好きな人が出来たかもしれないって』

 別れを切り出されたときの記憶がフラッシュバックし、息が詰まりそうになる。それでも、「誰かに話してしまいたい」という心の底の願いが、辛さに勝った。

『そっか。私と似てるね。わたしも冷められちゃったみたいなの』

『じゃあ、お互いに振られた者どうしってことか』

『そうだね』

 同じ境遇の仲間を見つけたことで、慎也の心は緩んだ。それから二人は、互いの失恋について語り合った。相手への未練や、これからどうしたいか、などを。

 そんな中、ふと日向が言った。

『私、荒木くんがもう一度付き合えるようになるまで、サポートするよ!』

『そんな、サポートって』

『辛いときに相談に乗るとか、何かしらアドバイスするとか、出来ると思うの!』

『どうしてそんな』

『だって、私に似てるから。荒木くんには幸せになってほしいなって』

 今まで、元カノにしか言われたことが無かったような言葉。ありふれた言葉だったが、その言葉が慎也の何かを動かした。

『じゃあ、俺も、浅海がもう一度戻れるようにサポートするよ。一緒に頑張ろう』

 無意識に放っていた言葉。しかしそれは慎也の本心だった。助けてもらうなら、自分だって力になりたい。そう慎也は思った。

『ありがとう荒木くん。お互い頑張ろうね』

『うん』

 結成されたリベンジ同盟は、二人の運命を、覚悟を、未来を、どう描くのだろうか。

 それはまだ、二人にはわからない。



 七月中旬。夏休み目前となった土曜日の夜。突然日向の携帯が鳴った。

「もしもし?」

「浅海? 今時間ある?」

「荒木くん? 大丈夫だよ?」

「悪い。少し相手して欲しい」

「うん。わかった。いいよ」

 突然慎也から電話がかかってきたのは驚いたが、慎也の声のトーンで日向は理解した。

「何か、あったんだね」

「まあ、大したことじゃないんだけどな……」

「大丈夫だよ。話聞くって約束だし」

「ありがとう」

 ポツリポツリと慎也が話し始めた内容は、確かに大したものではなかった。しかし、同じような境遇にいる日向には、彼の気持ちが痛いほどわかった。

「うんうん。私もわかるよ、そういうの」

「すまん……こんな話で時間を割いちまって」

「大丈夫だよ。話してくれて嬉しかった。いつでも頼ってくれていいからね」

 ふと零れた言葉。慎也の前でだけだ、こんな言葉が出るのは。日向は自分をおかしく感じたが、友達を、仲間を思う気持ちの表れだと思うことにした。

「ありがとうな浅海。お前も、なんかあったら頼って来ていいからな」

 電話の始めと比べ、すっかり元気を取り戻した慎也の言葉に、日向は自然と笑みが零れた。

「うん。ありがと」

「じゃあ、この辺で」

「じゃあね」

「おう。また月曜」

 ツー、ツー、という音を確認し、日向は電話を下ろした。

「私も、頑張らなくっちゃ」

 電話が切れたことを、日向は久々に「寂しい」と感じた。



 八月初旬。二人はカラオケに来ていた。気分転換兼親睦会という名目だ。

「いやあ、女子と二人でカラオケなんか始めてだわ」

「ホントにー? 私は元彼と何回か行ったな~」

 日向は容赦なく曲を入れる。まだ来て数分しか経っていないのに、ノリノリだ。

 透き通るような歌声。一瞬驚いた慎也だったが、すぐさま日向が中学校時代合唱部だったことを思い出した。

「ああ、これね。いい曲だよな」

「知ってるんだね。私毎回一曲目はこれにしてるの」

 とても歌の上手かった元カノと、日向が重なって見えた。慎也は下らない思考を振り払い、ジンジャーエールを一口飲んだ。強い炭酸で、思考を纏まらせる。

「俺も何か入れるか」

 日向の歌が終わり、一発目から高得点で喜んでいる日向を横目に慎也は歌い始めた。

日向は聞きなれた失恋ソングを耳にして、オレンジジュースを飲む手を止めた。

(荒木くん、歌上手だな……)

 こんな状況で、失恋ソングを歌える慎也をすごいと思った。自分だったら必ず泣いてしまう。日向は心の中で慎也を賞賛した。

 機械が示した点数はそこまで良いものではなく、日向は不思議に思った。

「ま、いつも通りか」

「荒木くん上手いのに、なんで低いんだろ」

「んなこと無いぜ? いつもこんなもんさ」

 トイレ行ってくる。と部屋を出て行った慎也の背を見つめ、日向は呟いた。

「歌い方、似てたなぁ……」



 それからは、二人ともカラオケを大いに楽しんだ。偶然にも、二人の曲の趣味はほとんど似通っていて、二人で一緒に歌うこともしばしばあった。

 そうこうしているうちに、終了時間が迫ってきていた。

「時間的にあと一曲か、どうする?」

「そうだねぇ、どうせなら二人で歌える奴がいいよね」

「あ、じゃあ、この曲知ってる?」

「どれどれ?」

 慎也は端末に曲を表示させ、日向に見せた。日向も知っていたようで、喜んで送信ボタンを押す。

「好きなの? この曲」

「まあね」

 それは、不特定多数の「頑張る誰か」を応援する曲。慎也が図らずともそれは、互いが互いへ向けた応援だった。



 駅に着き、日向が電車を下りると、続いて慎也も降りた。

「あれ、荒木くん二つ先じゃなかった?」

「時間も時間だろ。家まで送るさ」

「そんな、私そんなに家遠くないよ?」

「自転車で十五分だろ? さっき自転車壊れたって言ってたじゃねえか」

「そ、それは……」

「……こんな時間に女子一人で歩かせられっかよ。ここ治安悪いみたいだし」

「あ、今この町馬鹿にしたでしょ!」

「んなつもりはねえよ」

 慎也は切符を取り出して改札へ向かった。その様子を見ていた日向には、慎也の背中が元彼に重なって見えた。

「違う。荒木くんは荒木くんだもん」

「おーい、早くしろって。帰るの遅れるぞ」

「う、うん! 今行く!」

 走り出した日向とすれ違った少年が、振り返って二人の背中を見つめた。

「そろそろ頃合い……かな」



 十月下旬。中間テストも終わり、皆の気も緩み始めた頃。家でゲームをしていた慎也の携帯が震えた。

「もしもし?」

「もしもし……荒木くん……?」

 電話越しに聞こえてきたのは泣き声。いつもの雰囲気とは全く違う日向の声色に、慎也は困惑した。

「ど、どうしたんだ?」

「あのね……私、もうダメかもしれない……」

「今更どういうことだよ……」

 この四ヶ月間、互いの傷をただ舐めあっていたわけではない。互いの言葉は、行動は、それなりに互いの力になっていたはずだ。二人とも、辛い心を引きずって頑張ってきた。しかし、日向は今「ダメ」だと言った。その言葉に、慎也は納得いかなかった。

「俺たちは頑張ってきただろ。なのに今更ダメだなんて……」

「違うの」

「え?」

悠真(ゆうま)ね、新しく彼女が出来たらしいんだ」

「は?」

 知らない名前だった。しかし、それが日向の元彼の名前であることは慎也にはすぐわかった。

「中学校の友達が言ってたんだ」

「そ、そうか……」

 自分では手の届かない、どうしようもない現実に、慎也は歯がゆくなった。無意識に、拳を握り締めた。

「私、どうしよう……。もう、可能性なんか無いよね……」

「浅海……」

「せっかく頑張ってたのに……無理だってわかったら、私、どうすればいいかわかんないよ……」

「……」

 機械の向こう側で零れる泣き声をどうしようも出来ないことに、慎也は悔しさを覚えた。どうにかしてやれる自信は無かった。それでも、支えると約束した以上、綺麗ごとでも言葉を重ねるしかなかった。

「まだ可能性はゼロじゃないさ。俺だって、アイツに振られたのは新しくアイツに好きな人ができたからだ。まだ、希望はある」

「でも、そんなの……」

 可能性が限りなくゼロに近いことも、慎也はわかってた。それでも、言葉を続けなければいけなかった。

「ここまで頑張ってきたんだ。絶対に成功させなきゃ。約束しただろ?」

「そう……だね」

 電話越しの日向の声は、お世辞にも希望を取り戻したようには聞こえなかった。無謀な希望的観測だが、そうするしか術は残されていなかった。

 だから、慎也は最後に付け加えた。

「……もしも、もしもダメだったとしても」

「ん……?」

「――――――」



 電話を切り、日向はベッドに寝転がった。服の袖で涙を拭い、頭の中で慎也の言葉を反芻した。

『もしもダメだったとしても、俺だけは、一緒にいてやるから。大丈夫だ。一人じゃない』

 もちろん、その言葉は志を共にした仲間、親友に向けられたものだというのを日向は理解していた。しかし、日向の心は揺らいでしまっていた。

「そんな……なんでそんなに……」

 画面の消えた携帯を握り締める。こんなにも電話を切りたくないと思ったのは久しぶりだった。寂しいと思ったことはあったが、慎也ともっと話していたいと思ったのは初めてだった。

「もう……自分がわかんないよ……」

 うつ伏せになり、枕に顔をうずめて泣きじゃくった。小さな嗚咽が、部屋にこだました。



 通話の切れた画面を眺め、慎也は自分の言葉を思い返した。

「あんなこと、アイツくらいにしか言ったことなかったな……」

 まるで、彼氏が彼女に掛ける言葉のようだ。慎也には、そんなつもりは無かったのだが。

「いや、どうなんだろうな……」

 慎也は自分の仲の日向への気持ちがよくわかっていなかった。果たして本当にただの親友なのか。同じ境遇にいる仲間なのか。はたまた別の何かなのか。

「こりゃあ、嘘吐きみたいだな」

 困惑の混じった顔で、慎也は己を嘲笑した。



「〝起〟と″承〟は終わった。さあ、〝転〟の時間だ」



 十一月中旬。慎也は元カノに呼ばれてとある場所へ向かっていた。目的地は初デートの場所。町のシンボルの噴水の前。

 電車を降り、懐かしい道を歩いていく。日向の助力もあって、慎也はそれなりに元カノと仲良くなっていた。元カノ自信も、あの時の選択に追い目を感じていたらしいことを話をしていて慎也は知った。

 コンビニで水を買い、一口飲んで少し休憩した。慎也の心は揺れていた。正直、気持ちが日向に傾いてしまっているかもしれないと思った。もしも、復縁を持ちかけられたら、どうするだろう。

 そう考えていると、不意に声をかけられた。

「これから、どうするんだい?」

 同い年くらいの少年の声。周囲に人はおらず、明らかに自分に向けられた言葉を、慎也は理解できなかった。

「は?」

「支えてくれた仲間を選ぶのかい? それと望みをかなえる?」

「な、何言ってんだお前」

 少年は口元に笑みを浮かべる。その雰囲気は、普通の者とは何かが違った。

「中途半端な想いは身を滅ぼす。今の君が復縁したとしても、また同じ絶望を繰り返すことになるよ」

「お前、俺の何を知って……」

 慎也の境遇を知ったような口ぶり。慎也は恐怖と共に怒りが湧いた。

「俺は、復縁はお勧めしないな。きっとあの子も、君を想っているだろうし」

「は……?」

「今の君に、復縁して上手くやれる覚悟は無い。仲間のあの子と二人で過ごす方が、よっぽど似合ってるさ」

「お前に……俺の何がわかる! たまたま会った、見ず知らずのお前に!」

 少年は慎也の方を見ると、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「どうだろうね、案外色々知ってるかもよ? 例えば――」

 その雰囲気に、慎也は口をつぐんだ。言葉が喉から出ない。

「君もとっくに気づいてるはずの、その想いとか、ね」

「お、お前は一体何なんだよ……」

 少年はクルリと慎也に背を向けると、目線を慎也にやって言った。

「俺はこの世界の〝心〟。ストーリーテラーさ」

「な、なんだよそれ……意味わかんねえよ……」

 少年の放った台詞は完全に痛い人のものだった。それでも、馬鹿に出来ない雰囲気を、慎也は感じ取っていた。

「あの子と、お幸せに」

 そういい残し、少年は歩き出した。その背後を人が通り過ぎた次の瞬間、少年の姿は消えた。

「なんだったんだよ……」

 慎也は少年のことを頭から振り払った。しかし、彼の言葉が頭の中にこだまする。

「違う、俺が好きなのは、アイツだけだ。浅海と約束したんだ。絶対にもう一度付き合うって」

 慎也は自分に言い聞かせた。ここで気持ちを、約束を曲げてしまえば、日向に失礼だ。

 慎也は、噴水の広場へ足を早めた。



 部屋で一人、日向は携帯に何かを打ち込んでいた。真剣な面持ちで、次々と文字を入力していく。

「ふぅ。できた」

 日向が打っていたのはメール立った。宛先は、浅上悠真(あさがみゆうま)。元彼だった。

「ごめん、悠真、荒木くん」

 画面に表示されている文章を今一度読み直す。そこにはこう綴られていた。

『悠馬へ

 今更突然ごめんね。少し言いたいことがあってこのメールを送ります。

 新しく彼女が出来たんだってね。真希(まき)から聞いたよ。おめでとう。少し寂しいな。

 いや、本当はとっても寂しかった。とても辛かった。でも、今は新しく好きな人が出来たの。だからもう大丈夫。言わなくてもいいかもしれないけど、私のことは忘れて幸せになってね。

 私を好きになってくれてありがとう。』

 自分の想いに噓を吐いてはいけない。日向は意を決して、メールを送信した。次は慎也だと想った次の瞬間、慎也からメッセージが届いた。

『俺、もう一度付き合えたよ。ありがとう。浅海のおかげだ』

「……!」

 日向は胸が強く締め付けられるように感じた。辛い。苦しい。息が出来ない。

「つ、辛いはずなんか……だって、そう願って一緒に……」

 そう自分に言い聞かせながら、日向は深呼吸をした。そうだ。何も間違ってはいない。慎也のそれが正解で、元々願っていた結末だったのだから。

「ごめん荒木くん……私、仲間失格だ……」

『そっか、良かったね! おめでとう! 実は私もね、付き合えることになったの!』

 震える指で紡いだ噓。迷い無く送信されたそれは、もうどうしようもない、不可逆を生む己への呪い。

「ごめんなさい……ごめんなさい荒木くん……」



 三月中旬。春休みに入り、慎也は部屋で一人寝転がっていた。

 あの日、復縁を持ちかけられ、迷うことなくそれを承諾し、再び元の関係に戻った。

 それでよかったはずだった。最初から願っていた結末のはずだった。日向も同じように戻れたらしい。この上ないハッピーエンドのはずだ。なのに。

「なんで……なんで浅海がちらつくかな……」

 ふとしたときに蘇るのは、日向と二人で奮闘した日々の記憶。辛くも楽しかった記憶たち。

 思い出すたびに、自分の選択は正解だったのかと不安になる。そしてあの少年の言葉がフラッシュバックする。そしてその度に慎也は自分に言い聞かせるのだ。

「間違ってない。俺が好きなのはアイツで、浅海なんかじゃない」

 それがたとえ、騙し騙しの偽りの恋だとしても、慎也は続けるのだ。



「見知らぬ人に突然自分の内面を指摘されれば、人は誰しも反抗心を抱き、その言葉に従おうとはしない」

 少年は、窓辺の椅子から立ち上がって呟いた。手に持っていた本を閉じて、窓の外を眺める。

「平凡なノーマルエンドじゃつまらない。もっともっと面白い、トゥルーエンドじゃなきゃ」

 少年は本を窓辺に置くと、コートを手に取った。

「そこに、ハッピーもバッドも関係ないのさ」



 夕方、バイト帰りに休憩がてら座ったベンチで、悠真はメールを見た。

「……日向」

 告げられた別れ。新しい彼女というのは、あの時、一時の感情に流され、付き合った〝ことになっていた〟彼女だろうか。

「もう俺にチャンスは無い……か。いつかちゃんと謝って復縁したいなと思ってたけどな……」

 抱いた希望は夢のように散った。ふと、部屋に飾ってある鈴蘭の花が頭に浮かんだ。

「どうせならば、終わってしまった夢に縋りたい。と?」

 突然横から聞こえた声。そちらを見ると、コートを着た少年の姿があった。

「どういう意味だ?」

「散ってしまった鈴蘭の花弁は戻りはしない。それは君もわかっているだろう?」

「……俺の何を知ってるんだ」

「色々知ってるよ」

「例えば?」

 少年はフッと笑うと、得意げに言った。

「いつか見た 夢の雫は 君影草」

「……!」

 悠真は少年を睨んだ。何故、自分しか知らないはずのその詩を知っているのか。

「誰なんだよ……お前」

「俺? 俺はね」

 少年は悠真に向き直り、言った。

「この世界の〝心〟。ストーリーテラーさ」

「は……?」

 少年は悠真に手を差し伸べた。

「浅上悠真。君は〝どの〟トゥルーエンドを望む?」


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