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騎士 ②


離宮での()()から数日して、妹から『小さなお茶会』への招待状が届いた。

会場である自宅に戻ってみると、家族用の小さな居間に通され2番目の兄以外が揃っていた。

テーブルはオレンジの薔薇を主体に彩られ、一口で食べられる小さな焼き菓子からケーキ、スコーン、サンドウィッチが置かれ、それぞれが好きなものを自分で取りわけられる様になっている。


「遅くなりました、申し訳ありません。」


俺が座ると紅茶がサーブされ、それを終えた使用人達は波が引くように消えて行き、硬く扉が閉ざされた。


「ーーーー最近の殿下の様子を知っている者は?」


父上の一声が『小さなお茶会』の始まりの合図となった。



「婚約破棄の少し前にデビュータントに付きまとわれてると言う話しは耳にしました。実際はどうだったのかわかりませんけれど、夜会の度に側に呼んで、、、ダンスを踊っているのも見ました。殿下が嫌がっているようには見えませんでしたけれど、殿下は誰にでも優しいですから。最近は、ふたり共に見かけてませんわね。殿下は体調を崩されたとかなんとか。」


カップをソーサーに戻し、最初に社交界での近況を淡々と話したのは妹だ。

母のいない屋敷を切り盛りし、社交も積極的に行っている。

それを聞いて男達が集う社交クラブの話しを始めたのは1番上の兄。


「クラブでも噂になってた。なんでも殿下にお気に入りが出来たとか。まぁテレミア様がいるわけだし、最終的にはどう落ち着くのか賭けの対象にはなってたね。テレミア様と婚姻されたら側室に迎えるのかと思ってたのに、婚約破棄だろ?殿下が何を考えていたのかさっぱりわからないよ。」


兄上の話しを聞いて人差し指を頰に添えて首を傾げた妹が言葉を続ける。


「うーん、側室も無理かもしれませんわよ?あの方、社交界、と言うよりも貴族というものを理解されてないと思うの。礼儀もルールもわかっていないし。婚約者のいる方に媚びるのは止めなさいと諌めた伯爵家の御令嬢に『媚びなんかじゃなくて、話しをしているだけです。私といると癒されるんですって。羨ましければあなたはフェル様に媚でも売って仲良くしてもらったらどうですか?』だったかしら、そう言われたらしいわ。そもそも殿下をフェル様と呼んでそれを殿下も許していたとか。」


ふたりの最近の噂話しを聞いて、左程自分が聞いていたものと変わらないのがわかった。


「城でも同じ感じですね。側近達が頭を痛めていたそうです。割り当てられた政務もそこそこに城を抜け出していたみたいですから。しかも王妃様が真意を確かめようとした矢先に婚約破棄(あれ)です。」


ため息を吐いた父上が俺に目をよこす。


「コーネリア、離宮での詳細は?」


来た。

これが今日呼ばれた大きな理由だろう。

アレには箝口令が引かれていて、流石に父上にも話す事は出来ない。

にっこりと笑って口を閉ざす。


「離宮で何かあったのですか?」


妹にも兄上にもじっと見られて、居心地が悪い。


「その沈黙が何かあったと言ってるような物だよ。関係者が押し黙っても綻びは出てるけどね。アールデン侯爵家の方々が離宮に呼ばれていたのだろう?で、第1師団(きみたち)が警護してた。陛下は城にいたから呼び出したのは王妃様。想像するに、婚約破棄の謝罪かな?表立って出来ないし、あんな風に宣言されたら無かった事にも出来ないだろう。あの日は離宮が随分慌ただしかったみたいだね?本当に何があったのかな?城は今だにピリピリしてて怖いぐらいだよ。」


話せない。

王家の醜聞だ。

家族でも無理だな。

口を閉ざす為に出されたお茶を飲むしかない。


「そう言えば、アールデン侯爵家の方々も見かけていないわ。テレミア様は仕方ないとして、侯爵夫人も、ジルステイト様も、宰相様は、、、王城かしら?」


「否、宰相殿は辞職された。婚約破棄で陛下と揉めてはいたが、陛下が何とか押し留めていたのだ。しかし、あの日で全てが変わった。宰相殿はもう戻らないだろうな。」


父上が補足する。

それは公になっていない情報ではないのかとギョッとした。


「宰相閣下が辞めてしまったら政務が滞る。アールデンが消えれば大混乱ですよ。婚約破棄をした時点で予測はできていたかもしれないけれど、こんなに早くはなかったでしょう?コーネリア、本当に何があったんだ?」


全員の視線を受けて、内心困り果てた。

身内だけだとしても、騎士になった時から全ては国のため、王家のためにと忠誠を誓っている。

簡単に話す訳にはいかないが、(うち)は特殊だ。

臣籍とはいえ、王家の血筋に連なる。

正確に知っていなければいけない案件だとは思う。

しかも父上は俺に聞かなくてもすべてを把握しているのではないかな。

なのにどうして今、ここで?

じっと父上を見返すが、全く読めない。

俺にどうしろと言うんだ。

父上はニヤリと俺に向けて笑うと、皆を見た。


「ーーー大まかな事は聞いている。詳しくはコーネリアに聞けと陛下に言われた。現場にいた数少ない者だからな。両陛下(おふたり)共にだいぶ疲れていて、口にしたくないようだ。もう少し詳しく聞きたい。今後の事もあるから。」


宰相閣下がいない今、事が事だけに陛下を支えられるのは父上位しかしいないだろう。

殿下のこと故、陛下だけで決めてしまうのも貴族の反感を買う。

陛下が良しと言うならば話しても大丈夫だろうか。


「どこまで知っているのです?私は自分が見たものしか語れませんよ。」


何度も、騎士団長に聴取を受けた。

陛下にも直接話しをした。

あの光景を俺も思い出したくはない。


「あの日、離宮で王妃陛下の茶会がアールデン侯爵家を招いて行われた。テレミア嬢に配慮して、誰も離宮に入らないよう王妃様が陛下に願って第1師団が任についた。そこに何故だか殿下と令嬢が現れ、王命を無視して離宮に入る。そこからだ、どうしてテレミア嬢が湖で溺れたか。殿下も令嬢も今は鳥籠の中。本人達には何も聞くことは出来ないからな。」


「ちょ、ちょっと待って。お父様、これは私達が聞いて良いものですの?テレミア様が?、、殿下が?ああ、ダメですわ。もう聞いてしまいましたわ。」


妹は困惑気味でチラチラと兄上をみている。

兄上は何かを考えているようだ。


「落ち着きなさい。今後お前達にも関わってくる事だ。情報を正確に知って共有しておいた方が良いだろう。」


父上が俺に話すよう促す。

それからあの日の()()について、私情を交えずに説明した。



「ーーー助けに来た他の騎士にテレミア様を託して俺は桟橋まで泳いだから、その後の事は把握してません。離宮で治療を受けているはずですが、今はどうでしょう。動かせるようになったら侯爵邸へ戻ると聞いています。ああ、小耳に挟んだのですが、テレミア様が湖に落ちた後、殿下と子爵令嬢は薔薇の間でお茶をしていたそうです。」


妹は顔色を悪くし、父上と兄上は黙ったまま重い息を吐

く。


「王太子………あーもういいや。フェルナンドはどうしたんだ?そんなに馬鹿だったか?俺には模範的な王太子に見えた。テレミア様とだって仲良くやってたじゃないか。何でそこまでに至るんだ?」


冷めてしまったお茶を入れ直してくれた妹は再度席に着いて、指先を温めるようにカップを包み込んで持った。


「あら、お兄様、まだ王太子殿下なのですから不敬になりますわ。でも、そうね、お兄様には別人に見えるかも知れないわね。でも、そんなものだったっと思うわ。確かにお勉強は出来たかも知れないけれど、知識だけ蓄えて使う術がわからない?そんな感じ。で、プライドが高いから他の方々にご教授のお願いも出来なかったのではないかしら。笑ってれば周りが上手くやってくれるし?美味しいところだけ摘んでいたのではない?それで自分は出来る男とか思ってるのよ。側近の方々とかテレミア様が大概采配してくれていたのに馬っ鹿見たい。」


妹の言い分を聞いて皆苦笑した。


「おいおい、お前の方が不敬だろう。前々から思ってたけどフェルナンドには随分辛口だな。」


「だって、好きではないもの。あの胡散臭微笑みにみんな騙されるのよ。」


唇を尖らせれば、テレミア様と並び立つ社交界の華にはとても見えない。


「ーーーー殿下は突き飛ばしたのか?」


脱線した話しを父上が引き戻す。


「突き飛ばしたというか、花を奪おうとしたら落ちてしまった、そんな感じでしょうか。テレミア様の立っている場所もまずかった。後一歩下がれば落ちてしまう距離でしたから。それがわかっていて押したとすれば悪意を感じるし、花を取る時の不可抗力だとしても許されはしませんが、与える印象は違ってきます。だから俺ももう1人も押したように見えたとしか言えません。」


「で、助けもしないでお茶をしていたと言うの?正気の沙汰ではないわ。あの子もなんとも思わなかった訳でしょ?一緒にお茶をしてるぐらいだもの。」


「落としておいて、助けもせず、か。不味いな。『王の意向』で婚約破棄をして打撃を与え、さらに『王妃の茶会』で湖に落とされた。テレミア様に対する嫌がらせを通り越して、なんだかアールデンへの宣戦布告の様にも取れるよね。アールデンにそっぽを向かれたら、隣との壁がなくなるし、流通も悪くなる……その子、どこかの工作員か?」


「それはないわ。歴きとした我が国の子爵令嬢。父親は伯爵家の子飼い。母親は病死。その母親の治療の為に資産をだいぶ削ってしまって平民レベルの生活をしていたようよ。ひとり娘だし婿探しの社交界デビューだったけれど、失敗だった。地元でジェントリを相手にしているべきだったわ。」


「我が妹ながら仕事が早い。じゃあ、あの令嬢は他意もなくただ殿下を婿として選んだだけ?」


「さぁ?幾ら何でも婿にはなれないのはわかるでしょう?王太子殿下だもの。」


ひとり、パクパクと小腹を満たしていると、側近の嘆きを思い出したので付け加える。


「あー、最初は『殿下』だと気がつかなかったらしい。それが気に入ってお忍びで会ってたそうだ。何と言ってたかな……『本当の私を愛してくれる』?気が付いてたら殿下が本気になって側近が慌ててた。流石にジルステイト殿にはバレないようにしていたようだが。」


「どちらも愚かね。」


父上は目をつぶって我々の話しを聞き、長い時間考え込んでいる。


「どちらにしろ、もう駄目かも知れない。」


ポツリと漏れ聞こえた言葉がやけに耳に残った。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



陛下が殿下と面会をした次の日、約束通りに場が設けられた。

シナリオ通りに運べば、茶番のような断罪だけで終わるはずだった。


「嘘つき」


殿下が叫んだ一言。

それが全てを台無しにした。

稚拙な言葉だが、今まで国の為に尽くしていた侯爵家に吐いて良い言葉ではない。

ジルステイト殿の身体がブルブルと震えているのが見えた。幼馴染で学友で側近だった男を、長い間王太子妃候補として努力し続けた婚約者を、陛下を支え、国を導き、誰よりも忠誠心の高い宰相を「嘘つき」と。

皆の前で愚弄したのだ。

どんなに王家に尽くしても、信頼を得られず最後には嘘つき呼ばわりだ。

貴族から王家への忠誠が薄れてしまう。

最悪だった。


殿下の言葉に怒りを通り越して皆、呆れているのではないだろうか。

全ては自分の幸せのため?

自分が幸せなら他も幸せ?

なんだそのとんでも理論は。

その裏で涙する人がいる事を想像出来ないのだろう。

王太子殿下は今まで誰も気がつかなかった事が不思議なほどに、上に立つ者の資質に欠けていた。

だから陛下の采配に否を唱える者は誰もいない。


自分の幸せのためにテレミア様を捨て、その幸せのために陛下に切り捨てられる。

それでも、殿下……フェルナンドは彼女と一緒ならば幸せなのか。

否と言ってももう後戻りは出来ない。

すでに王太子殿下でも、王子殿下でもない。

トロガ男爵になってしまったから。



それから直ぐ、トロガ男爵夫妻は拝領された地へ送られた。

少しの農地があるだけの、小さな何もない土地。

己の領地から出る事は禁じられ、使用人という監視がつく。

一代限りの男爵位で世襲ではない。

子が出来る事もない。

果たしてフェルナンドは、自分に課された罰の意味を理解して、享受する事が出来るのか。

更なる罪を犯し、破滅への道をたどるのか。


その答えを知るには、もう少し時間が必要だった。










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