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子爵令嬢 ①


私は運命と出会ったの。

キラキラ輝く金糸の髪にスカイブルーの瞳を持つ綺麗な人だった。

垣根に髪を絡ませてしまって、どうしたら良いのか途方に暮れていた私を颯爽と助け出してくれた。

優しくて、優雅で、『王子様』みたいだったの。


『綺麗な髪なのだから、少し待って。、、、ほら取れたよ。』


微笑んだ瞳と視線があった時、私は恋に落ちた。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



お父様は伯爵家に仕える文官で、一応は子爵位を賜っているけどほぼ平民と変わらない。

何せお金がない。

亡くなってしまったお母様のお薬代で、貯蓄を使いはたしてしまったから。

使用人は2人だけで、私も家事をしないと生活出来ない。

貴族なんて名ばかりなのが現状。

私は1人娘でどこからかお婿さんを迎えないといけないんだけど、貧乏子爵家に来てくれる人なんていない。

会った事もない親戚にこの家を取られてしまう前に何とかしないといけないんだけどね。

最終的には爵位の欲しい小金持ちとかが相手になるのかな。

それも仕方がない事だけど、いつか私だけの王子様に出会って膝をついて愛を請われてみたい。

まるでお伽話みたいに。

そんな夢を見ても良いじゃない?

その人が次男だったら即決よね。



年頃になって、お父様の仕える伯爵家の娘さんが社交界にデビューする事になって、何故だか私も一緒に行く事になった。

最初で最後の社交界。

お父様は私にチャンスをくれた。

自分で夫を捕まえてみせる。

意気揚々と王都に来たけど、そんなに甘いものじゃなかったわ。

まず、礼儀作法から厳しく指導し直された。

お嬢様の取り巻きとしては落第点だったらしい。

それからダンス。

元気すぎると注意された。

もっと優雅に、もっと美しく、淑女になれと。

ダンスは弾む様に踊らないと楽しくないのにね。

そして最大の苦痛はぎゅうぎゅうに締められるコルセット。あんなの付けて平然と踊るなんてある意味尊敬する。

旦那様探しはきっと上手くいかない。

垢抜けない、地方の貧乏子爵に婿入りしてくれる奇特な人なんて、都会の煌びやかさに慣れている御子息にはいないだろう。

私自身に魅力があるかと言われると、返答に詰まる。

お父様譲りの茶金の髪はまぁまぁだけど、濁った沼の様な深緑は美しいとは言えない。

陽に当たりすぎて出来てしまったソバカスに、家事でついた二の腕の肉。

好まれる要素なんてどこにもない。

高望みなんかしないで地元の商家の次男辺りとお見合いした方が良かったのかも知れない。

そんな鬱々とした社交の半ばで出会ったのが、フェル様だった。


初めて会ったのは、お嬢様と出かけた伯爵邸での音楽会。

あまり馴染みのないものだったけど、お付き合いだもの仕方がない。

毎日、毎晩、お茶会やら夜会やら今までとは180度違う生活に疲弊していた。

王都にいる男の人は皆紳士だなんて、嘘ばっかり。

ジロジロと舐めまわすみたいに人の事を見て、子爵の娘だと知れば鼻で笑う。

社交界なんてちっともステキな所じゃない。

弱った心を撫でる様に吹く風に誘われて、庭に下りてしまったのも仕方がない事だわ。

外は青空が広がっていて、風も爽やかだった。

日傘も差さないでって怒られるかも知れないけど、久しぶりに浴びた日差しに心が踊った。

開け放たれた窓からバイオリンの音色が聞こえ始める。

音楽会が始まってしまったみたいだ。

行かなくちゃいけないってわかっていたけど、後もう少しだけここにいたかった。


一瞬、風が強く通り抜ける。


ハーフアップにまとめた髪が宙を舞う。ドレスの裾も遊ばれてしまい慌てて両手で抑えた。

突然、なんだったのかしら?

童話の妖精にでもイタズラされたみたいに乱されたドレスを整えて、乱れているだろう髪を整えようとしたのだけど。


「痛っ」


後ろ髪が引っ張られ。

確認すれば蕾を持った茨に引っかかっていて、自分では上手く取れなくて。

早く行かないといけないのに、どうしたら良いのか途方に暮れる。

大声を出して人を呼ぶのは淑女としてやってはいけない事に分類されるはずだ。

どうにもならなくて、最後の選択肢は切るか、抜くか。

もちろんナイフなんて持っていないから、思いっきり引っ張る事しか考えつかなかった。


「綺麗な髪なのだから、少し待って。、、、ほら取れたよ。」


王子様だ。

そう思った。

絡まった髪を丁寧に解き、優しく撫で付けてくれた。

柔らかく微笑む青い瞳。

どくりと胸が鳴った。


「昼間だけれどこんな所にひとりでいたらいけない。案外、危険が潜んでいるんだよ。」


さり気なくエスコートをされて、邸宅の入り口へと歩き始める。

こんなに丁寧に、淑女みたいに扱われた事はなかった。

歩調を合わせて、ゆっくりと歩いてくれる。

雲の上を歩いているみたい ホワホワしてまるで夢見たいだった。


「あ、あの、ありがとうございました。す、すごく困ってしまって、思い切って引き抜こうかと思ってたんです。」


邸宅のバルコニーへ続く階段の下まで来て、王子様は手を離した。

暖かかった温もりが無くなってしまい、途端不安になる。

伏せた目をあげると、そこには青く澄んだ瞳が瞬いていて。

ああ、この人なんだ。

私の運命の人。

ビビッとしたとか、鐘の音を聞いたとか本には色々と書いてあったけど、全然信じてなかった。

でも今なら信じられる。

だってまるで祝福するように私たちの周りには光が溢れていたから。


「ここまで来れば行き方はわかるね?あ、と、庭で私に会ったのは内緒にして欲しい。約束してくれる?」


ドキドキしながら頷いた。


「約束、します。だから、お名前を、教えてくれませんか?」


王子様は少し驚いて、それから直ぐにはにかんだ。


「ふふふ、名を聞かれるのは久しぶりだね。私は、、フェル。また会えると良いね。」


そう言って手の甲に挨拶のキスをくれた。

顔が赤くなったのがわかった。

嬉しくて、恥ずかしくて、ドキドキが止まらない。


「わ、私は、シルキー。本当にありがとう!」


去って行く後ろ姿に投げかけると、振り返って手を挙げて答えてくれた。



次にフェル様に会えたのは公爵家で開催された夜会だった。

少し変わった趣向で、参加者は青い物を身につけて、顔を覆う仮面をつける。

誰だかわからないように……なんて言ってたけど親しい人ならピンと来るんじゃないかしら。

今日は青いドレスに、髪飾りに変えて青のガーベラを髪に差し込んだ。仕上げは蝶の仮面。

いつもの自分を隠す装いは、ちょっぴりだけ大胆にさせる。

壁の花になっていた私をダンスに誘ってくれた紳士と踊る事にしたんだもの。

黒のジャケットから覗くコバルトブルーのチーフ、青い物はそれだけ。優雅でそれでいて巧みな足さばきで、今まで踊った人の中で1番上手。楽しくて、楽しくて仕方なかった。


「シルキーはとても楽しそうに踊るね。」


名前を言われて驚いて顔をあげる。

青の瞳だった。

私が囚われたあの瞳。 でも髪の色が違う。


「ああ、髪?これを変えるだけで誰だか気がつかれないんだ。似合わないかな。」


「いいえ、いいえ!何色でも素敵です。……フェル様も来ていたんですね。びっくりしました。」


体だけじゃなくて心も弾む。

王都ではあまり楽しく感じられなかったダンスもフェル様とならこんなに楽しい。


「シルキーは髪の色で直ぐにわかった。花に蝶なのだね。とても可憐だよ。」


社交辞令だとしても、褒めてくれた事がとても嬉しい。

言葉使いも丁寧で、所作も優雅、着ている服も上質で。

きっと(うち)とは真逆の高位貴族の御子息なのだと思う。

地方の子爵の娘だと知ったら、この人も見る目を変えてしまうのかなぁ。

きっとこのまま『王子様』で終わらせてしまった方が私の為なんだろう。

初恋は実ることはない。

そう言う事だ。


「どうしたの?疲れてしまった?少し休憩しようか。」


手を握られてダンスの輪から外れ、バルコニーへ出た。

火照った体に夜風が心地良かった。


「無理に誘ってしまって疲れさせてしまったかな?」


「違うんです。ただ、どうして私を誘ってくれたの不思議で……」


「どうして?……うーん、、どうしてだろう。」


少し首を傾けて親指の爪を噛む。

ふと気がついた様子で、苦笑した。


「ああ、またやってしまった。爪を噛むのは紳士的ではないと良く注意されるんだ。申し訳ない。」


不思議に思う。

誰にだって癖はあるし、爪を噛むくらい別に大したことじゃないのに、なんで謝るんだろう。

不快に思う所か素を見せてもらえたようで嬉しいのに。


「謝る必要なんてありません。癖なんて誰にもあるし、それだってフェル様の個性の1つなんだと思うんです。無理に止める必要なんてないと思いますけど、、それに私の事を親しく思ってくれてるんだって感じて嬉しいです。」


思ったまま、感じたままを話すとフェル様は瞳を大きく見開いて固まっていた。

どうしたんだろう?


「あなたは、あなたは、、、とても優しい。そんな風に言われた事は一度もなかった。私の個性、そう捉えてくれるのだね。」


「フェル様はとってもステキで優しい人です。はしたなくもひとりで庭に留まっていた私を咎める事もしないでそっと助けてくれました。それだってフェル様を形成する個性のひとつでしょ?至らない所も含めて全部フェル様なんだと思います。」


思わずまくし立ててしまい、ちょっと恥ずかしい。

あんな事で申し訳ないなんて思って欲しくなかったんだもん。


「ありがとう、シルキー。これからも、これからもっとあなたと話しがしたい。あなたといると元気になれる気がする。」


憑き物が落ちたように満遍の笑みを浮かべていた。

王子様全開で少し眩しい。

身分は違うかも知れない。

それでもお友達くらいなら傷は浅くて済むかしら。

そんな事を浅はかにも考えてしまった。




それから何回も突然現れてはみんなに気がつかれないよう連れ出され、話をした。

淑女としてはどうなのかと思うけど、フェル様はお友達だから。そう自分に言い聞かせた。

回を重ねるごとに距離は近づいて、今日は暗い庭の片隅でキスをされた。

ダメだと、やめなきゃと思うのに、体が動かない。


「私の求める唯一の人。どうか私の思いを受け止め欲しい。」


抱きしめられたまま、告げられた。

私もあなたが好き。

でも、家の事がある。


「フェル様は次男ではないでしょ?私はひとり娘なんです。婿を取って家を継がないといけないんです。だから、、」


「お願い、シルキー。私を拒まないで。私もひとり息子で家を継ぐ身なんだ。だけどもうあなたを手放す事なんて出来ない。シルキーの家の事は私がどうにかしよう。だから、どうかお願いだ。」


大好きな青い瞳が煌めいた。

こんなに望まれてお嫁に行くのはとても幸せな事じゃないかしら。お父様は喜んでくれる?

ずっとフェル様と一緒にいられる未来を思い描くと、コクリと頷く事しか出来なかった。




なのに。

どうして?

遠くに見えたあなたはそれはそれは綺麗で優雅で本物の淑女をエスコートしていた。

お互い見つめあってにこやかに笑い、皆に囲まれて幸せそうで。

あなたの本当の名前を知った。

フェルナンド サムエル ノーフォス王太子殿下。

隣にいるのは婚約者のテレミア アールデン侯爵令嬢。

誰もが認める未来の国王夫妻。



今までの事は全部夢だったの?

現実を知ってしまったから、夢は消えてなくなってしまうの?

1枚の絵のような2人を見てそう思ってしまった。
















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