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王太子殿下 ②


花の匂いに誘われて進んだ先には、ここにいるはずのない(ひと)がいた。

どうしてここにいるのか不思議だったが、側にいたシルキーの体がぶるりと震えるのがわかった。


「な、なんでテレミア様がここにいるの?私がここにいるのを知って文句を言いに来たの?みんな言うの。なんでお前なんだって。テレミア様ほど相応しい人はいないんだって。だからなの?私、怖いっ!」


シルキーが青い顔を強張らせ、私の腕にすがり怯えていた。

婚約破棄など何でもないと見せかけて、シルキーに嫌がらせをしていたのか?

私が気がつかない間に何をした?


湖のほとりで背筋をピンと伸ばして佇んでいる。その姿は優美だが、あたかも私たちを待ち伏せしていたようではないか。

手にはシルキーに贈るはずの香る花が一房あった。

王家の私有地に入りこみ、それだけではなく花まで手折るとは。

我が物顔で何様のつもりか。

アレはシルキーのモノで、決してお前のモノではない!

取り返さなくては。

シルキーのモノを。

私のこの手で。




「何をしている!!」


振り返ったテレミアは何も言わずに私たちを見ていた。


「何故おまえがここにいる!どうやって潜り込んだのだ。大方、私の婚約者だと我を通したのだろうが、王家所有の地に許可なく入り込んで、花を手折るとは。この盗人め、ここのモノは塵ひとつおまえの物にはならぬ!」


そう言って大股で近づいて、手にした花を奪い取る。


「ち、違います!わたくしはーーーーー!!!」


言い訳がましく何かを言ったが知った事ではない。

私の大切な人を傷つけ、あたかもシルキーのモノを掠め取ろうとする腹黒い(おんな)

今まで見事に騙してくれた。

だからお前に罰を与えよう。


花を、奪ったと同時に軽く後ろに押し出す。

薄紫の瞳は見開かれ、助けを求めるように手を差し伸べられる。

それを見なかった事にして見送れば、私の手の中には薄紫の花だけが残った。

少し高くなっているへりから上向きで水に落ちて行くと大きな音と水飛沫が舞った。

凍りつい顔と宙を舞った手が水に沈んで行くのをただ見ていた。

これで全てが私のモノ。

宛てがわれた女などいらない。


後ろから慌てて騎士が横を通り抜け、躊躇なく湖に飛び込む。

騎士によって助けられれるだろうがもう私には関係ない。


「シルキー、もう大丈夫だよ?あなたに害をなす者はいなくなった。だからそんなに怖がらないで?」


奪い返した花をシルキーに捧げる。

芳しく、そして可愛らしい。

あなたにぴったりの花。


「あなたのモノだ。」


蒼白な顔色だったが差し出した花は受け取ってくれた。


「あ、あのテレミア様、は?」


「勝手に入り込んで、王家のモノを盗もうとしたのだ。相応の罰は受けてもらうさ。今もそう。騎士が飛び込んだだろう?助けだされるよ。」


残念なことに。


「戻ってお茶にしようか。少し冷えてしまっただろう?」


そう言ってシルキーの背中を押し元来た道を戻った。



陽射しの暖かい南向きのティルームでお茶を飲んでいた。

少しすると邸が騒がしくなる。

ふたりの時間が邪魔されなければ良いのだが。

音を立てて扉が開いた。

カツカツと勢い良く靴音が近づいて来る。

そこには母上がいて、私たちがいる事を知って茶会に誘いに来てくれたのだと思った。


「何故、何をしたのです!どうしてテレミアがあのような事になったの!どうしてあなたがここにいるの!」


興奮してまくし立てられた。

母上こそどうしたというのだ?

あの女がどうなろうと我々には関係ないではないか。

あとは騎士団に任せておけば良い。

それよりもシルキーだ。

シルキーを紹介しなければ。


「母上、ちょうど良かった。紹介したい人がいるのです。私のーーーーーー」


「お前は『今』の状況を把握しているの?ここにいる意味がわかっているの?ああ、もうダメ。お前を庇う事は今後一切出来ない。」


乱れた息を整えると同時に、いつもの落ち着いた母上に戻っていった。

落ち着かれたなら、シルキーを紹介しても大丈夫だろう。

座ったまま唖然と見ていたシルキーに挨拶をするよう促す。

ハッと我に返ってシルキーが立ち上がったが母上はそちらを見ることもなく更に私に対して言葉を紡いだ。


「フェルナンド。今、何故、ここで、呑気に茶など飲んでいるのです。自室での謹慎の命はまだ解けてはいないはず。しかも離宮(ここ)へは私の招待客しか入らぬ様、騎士団が控えていたでしょうに。それなのに何故ここにいるのです。己のした罪は理解していて?」


「罪?謹慎などただのパフォーマンスなのでしょうし、私は王太子です。行く手を阻む事など誰も出来ない。罪などどこにもない。」


怒りと悲しみの混じった眼差しを送られ、母上の合図で後ろについて入室していた騎士に取り押さえられた。


「何をする!この手を離せ!!母上!」


暴れてもビクともしない。

訳がわからない。


「きゃっ!」


シルキーも拘束されて、短い悲鳴が上がった。


「シルキーを離せ!彼女に触る事は許さぬ!!」


いくら叫んでもまるで誰も聴こえていないように淡々と我らの自由を奪う。


「王命に背く不埒者です。すべき事をし、陛下に御報告を。」


まるで感情の抜け落ちた表情で騎士たちに命を下す。

我が子を見る目ではなかった。

母上も私の幸せを喜んではくれないのか。


「………テレミアが助かる事を願いなさい。」


母の小さな呟きが聞こえた。




♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎




それから幾日か立った。

王宮に引き戻されたが部屋には戻されず、貴族専用の牢に入れられた。

貴族用とあって備品は使い勝手はいいが、高い位置に小さく取られた窓からは殆ど日差しは入ってこない。

何故なのか。

何故私がこの様な所にいなければならないのか。

シルキーはどうしているのか。

わからない事だらけだ。

王太子である私の扱いに憤慨する。

いくら叫んでも誰も相手にするものはいない。

せめてシルキーがどうなっているのか、それだけでも教えて欲しい。

イライラが頂点を極めた頃、騎士たちの空気がピンと張ったのに気がついた。

父上が来たのだ。

ようやく解放される。


部屋の扉が開き、思った通り父上が入って来た。その後ろにはもうひとり若い騎士がいる。


「父上、やっと誤解が解けたのですね!」


近づこうとしたが騎士が間に入り、遠ざけられてしまう。


「私はこの国を治める王だ、父と呼ぶのは止めよ。何故、私の命を破った。謹慎もしかり、離宮での横暴な態度もしかり。」


「何故って、謹慎は貴族へ向けてのパフォーマンスなのでしょう?私からではなく父上から宣言してもらえば良かったのですか?離宮での横暴とは何の事です?私は王太子ですよ。騎士如きの戯言に耳を傾ける必要はありません。」


「ーーーー何故離宮に行った。」


「母上が茶会を開いていると聞いたのです。シルキーを紹介するチャンスだと思いました。一度会ってもらえばシルキーの素晴らしさを理解してもらえます。ミアよりもずっと私の妃に相応しい。」


父上に険しく見つめられ、奥の奥まで見透かされる感じに思わず後ずさっていた。


「テレミアを突き落としたのか?」


「は?誰が何を言ったのか知りませんが、あの女はシルキーに害をなす為にいたのですよ?しかも無断で離宮に入った上に花を手折っていました。勝手に持ち帰ろうとしたのです。あそこにある以上、例え花一輪でも王家の物。だとすれば盗人。罪人です。それを成敗して何が悪いのです。」


長い沈黙の後、父上は絞り出す様に言葉を発した。


「どうしてこんな事になってしまったのだ。テレミアは招待されてあの場にいた。お前がした事は冤罪による私刑だ。そもそも私が早くに気がついていれば……。」


言葉を切って、それからキツく目を瞑り、しばらく考えて、次に見た瞳には何も浮かんではいない。


「明日、場を設けて処遇を決める。心せよ。」


それだけ言うと騎士と共に部屋を出て行く。

私は?私は一緒に出れないのか?

何故なんだ。

それがわからない。




♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎




連れ出された場所は謁見の間。

私は正直に正しい事を述べたのだが、父上にも母上にも届かない。

そもそもこの場にシルキーはいなかった。

何やら全てが陰謀めいていて、誰かが私を貶めようとしている様に感じてしまう。

どうして婚約破棄くらいの事でここまで大事になってしまったのか。

愛している人と結ばれる事はいけない事なのか。

テレミアは母上に招待されていた?

花を手折る事は了承されていた?

知らない、そんな事は何も聞いていない。

でもシルキーは怯えていた。

テレミアの存在に。

恐怖を与える程の何かをしたのだと、何故誰も信じない。

私の側近であり、学友であり、幼馴染だった男から刺さる視線を受けた。

ああ、奴はテレミアの兄だった。

アールデンからの蔑みを目の当たりにして、何も言う事が出来なかった。


「フェルナンドを臣籍降下させる。新しい家名は与えない。真実の愛とやらを見つけたのであろう?ならば好きなだけ一緒に過ごせば良い。トロガ子爵令嬢との婚姻を許す。」


突然の父上の宣言で驚きのあまり言葉が出てこない。

どうして、どうして、どうして!

私は唯一の後継者。

それを後継からはずすなどあり得ない。


「フェルナンドの降下に伴いトロガ家を子爵から男爵に位を落とす。婚姻後はトロガ男爵とし、カントへ封じる。トロガ子爵、良いな。」


「謹んで、お受け致します。」


父上の視線の先に茶金の髪の線の細い男が膝をついて言葉を受けた。

シルキーと同じ色の髪。

初めて見てがシルキーの父親だろう。


「以降、貴様はトロガ男爵フェルナンドと名乗れ。」


「父、父上?何故なのです。どうしてなのです?わ、私の他に王となれる者はいないではないですか!なのに、何故臣籍降下などとっ」


向けられた視線、それは呆れを含んだ冷たいもので。


「父と呼ぶなと言ったと思うが。考える時間はあっただろうに、それでも答えは見つからなかった、それが答えだ。貴様は自分の立ち位置もはかれず、何をしたのかもわかっておらん。その様な愚鈍が王になれるわけがない。国が民が死んでしまうだろうよ。貴様の最大の過ちはアールデンを手に入れられなかった事か?敵に回した事か?王族として扱えば、国にも害が及ぶ可能性がある。故の臣籍降下だ。封じる土地はアールデンから最も離れた土地にした。ありがたく思え。」


私は何を間違えた?

どこで間違えた?

ただ愛しい人と結ばれて幸せになりたかったそれだけなのに。

愕然とする私に声をかける者は誰もいなかった。














誤字脱字、気がついた所や教えて頂いた所修正しました。

ありがとうございました。

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