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侯爵令嬢 ②





何が起こったのかわからなかった。

唖然としたまま感じたのは、纏わりつく冷たさ、重さ、息の出来ない苦しさ。

そして、水面越しに見えた冷たいアイスブルー。


わたくしはこんなにも嫌悪されていたの?

水の底に沈められるほど疎まれていたの?


ドレスの重みで引きづり込まれるみたいに水の底に落ちて行く。

何も見えない。

何も聴こえない。

光さえも感じない。

あなたが望むならこのまま消えてしまっても良いのかもしれない。

静寂の中を漂うのも良いのかもしれない。

きっと、そこには悲しみも、苦しみも、憎しみも、喜びも、希望も、愛もない。

ただ無になって。

何もないわたくしにはピッタリなのかもしれない。

抵抗もせず水に身を任せ目を閉じる。

ゴボゴボと口から最後の泡が立ち上る。

苦しくて、苦しくて、かなしい。

王妃様とのお茶会だったのに、どうしてこんな事になってしまったのか。

わたくしはただお別れをしたかっただけなの。

想いの花に。

恋心に。

愛しいあなたに。


それさえも許してはもらえないの?




♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



あの日以来、ほぼベットで過ごすようになってしまった。

何をするのも億劫で、何をしていても虚しいだけで。

着飾るのも、食事をするのも、話をするのも。

全てがどうでも良かった。

皆はどうにかして外に連れ出そうとしてくれるのだけれど、無理。

どうしても体が動いてくれない。


そんな時、秘密裏に王妃様からお茶会の招待状が届いた。

場所は、離宮。

あなたと初めて会った場所。

今はちょうど()()の盛りの頃ね。

だから気力を振り絞って、お誘いをお受けした。

どうしても最後に一目見ておきたかったから。


席に着いたのは王妃様、お母様、お兄様、そしてわたくし。

他には誰もいない、決して邪魔が入らない王家が所有する広大な離宮の、風が通る東屋にその席は設けられた。

わたくし達が席に着けば、王妃様は深々と頭をお下げになられた。


「大変申し訳なく思います。まさかあの子があの様な暴挙に出るなど思ってもいませんでした。正妃はあなたなのだと皆の思いでしたから。」


「王妃様お顔を上げて下さいませ。そもそも何に対してお謝りになっていらっしゃるのですか?王家の御意向なのですもの、謝る必要などございませんわ。」


ぼんやりとした頭で思った事を口にする。

幼い頃に交わされた政略的な婚約だ。

時の流れと共に相手が変わってもおかしくはない。

ただわたくしが必要ではなくなっただけの話。

そう考えると心が軋んだ。

必要とされなくなったわたくしは何処に行けば良いのかわからないでいる。


「これだけは信じて欲しいのです。あなたは皆が、王が認める王太子妃候補でした。」


怒りを瞳に灯した王妃様の、握った扇がしなった気がした。

王妃様は殿下の勝手な振る舞いに憤っているのがわかった。子を持つ親としては親の気持ちや今後のわたくしの事などを考えて申し訳なく思っるのだろうけれど、この方は親である前に陛下の隣に立つ輝かしい方だ。為すべき事を知っていて、それが出来る人。


「ですが……あの様な場で宣言してしまった以上覆す事は王の威光に関わります。宣言を撤回する事は出来ません。」


「謝罪の必要などありません。ただの小娘など捨て置けば良いのです。わたくし達は国の僕のようなものですから。」


歪みそうな笑いを覆い隠して綺麗に微笑んで見せた。

何があっても社交の場で心の内を見せてはならない。

ーーーー悲しくても、苦しくても、微笑んで見せなさい。

この方はわたくしにそう言った。

だからわたくしはそれをする。

だってわたくしにはそれしか残っていないから。

もう必要のない知識だけがわたくしに残されたモノ。


「ーー大勢いる娘の内の一人になるのですから、もう個人的にお会いする事もこちらに足を運ぶ事もなくなりますわね。」


目の前に置かれたカップを手に取り、一口口に含む。

王妃様が準備された物だから、きっと美味しいお茶なのだろうけれど……やはり香りも味も何も感じられなかった。

あの日からずっとそう。

味も匂いも何もしない。

砂を噛んでいるようで飲食するのも嫌になった。

ため息を飲み込み、カップを元に戻す。


「何故です?また私とこうして話をしてくくれば良いではなくて?ここでは色々な催しをしますもの。」


王妃様は不思議そうだった。

ただの侯爵令嬢に戻っただけなのだから、また公式でも非公式でもここに来て良いと仰る。

でもそれは周りが良い顔をしないだろうし、この後も何もなかったフリをして社交が出来るとは思えなかった。


「わたくしは、、殿下に婚約破棄をされた粗忽者ですから。皆さまにきっと不愉快な思いをさせてしまいます。」


もう表舞台には立たない、、立てない。だから今回だけは気力を振り絞って離宮(ここ)に来た。

最後に見ておきたかった。

初めて会った時に偶々見つけた、想いの場所を。


「わたくし……庭園を歩きたいのです。お許し頂けますか?そして、出来たら花を一房頂いてもよろしいでしょうか。」


あの日の花の香りは楽しむ事が出来ないかも知れないけれど。

見ておきたかった。

お別れをしたかった。

わたくしの想いに。

王妃様は快く許可をくれた。

でもひとりで行く事は許されなくて。

それもそうだろう。

食事もままならず、ふらつく体を持て余しているわたくしをひとりに出来るはずがない。

お母様からの妥協案でお兄様がエスコートするならばと許可をもらう事が出来た。



「で、妹君はどこに行きたいのかな?」


ゆっくりとした歩調に合わせて一緒に歩いてくれていたお兄様に聞かれた。

わたくしの行きたい先はただひとつ。


「湖の、、、桟橋のあたりまで。お願いしても、いい?」


「ミアは謙虚だねぇ。君はもっと我儘を言ってもいいんだよ?」


「…これだって充分我儘でしょう?王の庭を散策したいなんて。」


「全然だろ?もっとすごい事でも許されるよ」


「例えば?」


「例えば、、、何だ、、。うーん、、思いつかん。」


「ふふふ、お兄様ったら。」


こんなたわいも無い話を最後にしたのはいつ頃だったか。お互いに忙しくて業務連絡みたいな事しか話さなくなっていた。


「ミアは10年縛り付けられて過ごして来たんだ。これからは好きな様に生きればいいさ。なんなら俺と一緒に領地の経営でもしてみるか?」


少し驚いた。

女は嫁いで、世継ぎを産む為の器に過ぎない。

ただ子を成す事。

それが女に求められる唯一の事だと思っていた。

だからほとぼりが冷めたら、格下の相手でも引き取り手を探して家を出されると思っていたのに。


「でも、駒は必要でしょう?家の為になるなら…」


「ミアは駒じゃない。俺の大切な、大切な妹だよ。幸せになれるなら喜んで送り出すけど、じゃなければ俺の元で幸せになれば良いさ。覚えておいて、君は俺達の大切なお姫様なんだよ。……ほら、桟橋が見えて来た。ここが来たかった場所かな?」


お兄様は照れ臭そうに視線を逸らして、歩く先を伺った。

視線を上げればもう、直ぐに水辺で、わたくしの目指す場所はそこから少し道を外れた水辺のほとりにある。


「ここを、少し入った所ですわ。……ありがとうございます、お兄様。わたし、お兄様の妹で良かった。」


久しぶりに、本当に久しぶりに心から笑えた気がした。

初恋は実らず、愛にも敗れて、自分の居場所は無くなってしまったと思っていた。でも、そうではなかった。それが嬉しかった。


「ああ、ミアが妹で良かったと俺も思っているよ。」


ひと時、軋んだ心が和らいだ気がした。




「ここ、です。この花が見たかったのです。」


目前に広がったのは薄紫の小さな花。

辺りにはきっと素敵な匂いが立ち込めているはず。

満開に咲きほこるライラック。

匂いに誘われて、あなたと見つけたライラック。


「匂いの元はこれかな?」


「そうですわ。今年も綺麗に咲いてくれました。」


薄紫のハートの花。

わたくしにぴったりの花だと思ったの。

毎年重ねた秘密の儀式。

それももうおしまい。

王子様は本当のお姫様を見つけてしまったから。

そこにはもうわたくしの幸せはないの。

だから、今日はお別れを、決別をしたかった。


「お兄様…少し、少しで良いのです。ひとりにしてはもらえませんか?」


じっと花を見つめるわたくしを見て思う所があったのか、渋々と頷いてくれた。


「少し、近くを歩いて来るよ。10分くらいで大丈夫?」


「ええ、充分です。ありがとう、お兄様」


そう約束してお兄様は桟橋の方へと行ってしまった。

ライラックの花を見上げて、目を凝らす。

毎年探して、手にする5つの花弁。

それは幸せの象徴(しるし)

それを見つけ出して飲みこむと幸せになれるというジンクス。

あなたは知っていた?

一緒に歳を重ねて、最後にあなたに告白するつもりだったの。

幸せでしたって。

でも、もう、おしまいね。

だって、もう、幸せにはなれないから。

最後に見つけて、わたくしの心と共に捨ててしまおう。

それで本当におしまい。

そうなるはずだったの。



「何をしている!!」



見つけた花弁を湖に落とそうと、水辺に近づいた時だった。

慌てて振り返ればそこには殿下と、寄り添う様に可愛らしい令嬢がいた。


「何故おまえがここにいる!どうやって潜り込んだのだ。大方、私の婚約者だと我を通したのだろうが、王家所有の地に許可なく入り込んで、花を手折るとは。この盗人め、ここのモノは塵ひとつおまえの物にはならぬ!」


そう言って大股で近づい来ると、手にしたライラックを奪い取ろうとする。


「ち、違います!わたくしはーーーーー!!!」


殿下の手を避けようとしたが素早い動きについて行けず、手元の花を奪い取られる、その拍子に強く背後に押しやられた。


えっ


そう思った瞬間に激しい衝撃を背中に感じて、冷たい水が身を包む。


助けて!


手を伸ばしてもあなたは冷たい瞳でただわたくしを見ているだけで。

その手にライラックの花が握られていて。

その姿も直ぐに見えなくなった。






あなたは知っていた?

ライラックの花言葉は『初恋』『恋の芽生え』

五つの花弁は幸せの象徴(しるし)

毎年の秘密の儀式。


わたくしの心をここに置いていくつもりだった。

でもあなたは心も取り上げて、わたくし自身も要らないモノみたいに捨ててしまうのね。

だからここに沈んで行くの?

それがあなたの望みなの?

痛くて、辛くて、寂しくて、虚しくて。


ならば、もう、これでいい。

このまま消えて無くなって、わたくしは自由になるの。

何者にも囚われず、何も望まず、何も求めない。


さようなら、さようなら。

大好きだったあなたも。

大好きだった家族も。

青い空も、綺麗な花も。


みんな、さようなら。

















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