悪魔のペンデュラム
「それは神の啓示か何かかい?」
自分でも驚くべきほどに冷静にそれでいて彼女の突拍子も無い言葉を信じて反応を返した。
「いいえ、ともくん。今回の話を私に提供した主はそうね…悪魔のような様相だった。でも彼女の口ぶりからは信憑性と説得力とともにとても強い思いと焦りを感じた」
彼女はそう続けた。そして心の中で僕にドクはこう囁いた。
「そんな悪魔のような身なりをした異形に対して信用しているこの女はとうとうどこかイかれてんじゃないか」と。
僕自身もその意見には同意だ。神様みたいな人類の守護者ならいざ知らず、情報元が悪魔というのはなんらかの陰謀を感じざるを得ない。
本当ならば、その発言についての信用度を測りたいと思うのが一般的なのだろうけれど、ドクには「そっちかよ」と突っ込まれることを覚悟の上で別の質問を姫先輩に返した。
「姫先輩には珍しいですね。あえて見えたものの様相を悪魔と断定せず悪魔の“ような”なんて表現するのは」
僕的にはこれが最善の答えと感じての判断である。
人は正しさを一方的な視点から指摘されることを恐れるのだ。
ならば、自分の疑問を感じている部分ではなく、彼女が信じている部分に対して擦り寄っていく姿勢が異常に慣れきってしまった僕のできることだと思うのである。
「ええ、そうね。さすがはともくん。彼女は自分のことを“偽善に溺れた堕天使”だと…そう言っていた。悪魔と堕天使、その境界は私にはよくわからなかったけれど、文献をいくつか当たってみた結果、我々が悪魔として読んでいるものの中には多くの名を持ち、なおかつ堕天使と同一視されているものの存在が多くあることがわかったの。そのことを踏まえて彼女を悪魔と形容することを遠回しにさせてもらったのよ」
明確に答えを返され、ドク自身は引いている様子だったが、僕自身は文献については彼女の知識であるがゆえにこれ以上の追及は無意味であると判断し、別の話題を振ることにした。
「それにしても解せない部分があるんですけど、教えていただけますか。これまで姫先輩が見てきたものは人、または現実世界に存在したものの霊がほとんどだったはずです。今回はそれよりも異形…高次の存在といえば良いのかはわかりませんが神秘性を帯びた個体を確認しています。これまでとの差異が大きければそれだけ情報の信憑性が薄れてしまいます。」
あくまでも彼女の意見を信じる姿勢は崩さず、自分の信用度を上げるための投げかけを行なっていく。
「そうね…たしかにともくんのいう通りだわ。私もその辺りについて明確に応えることができないのは心苦しいのだけれど、仮説で説明させてもらえるのであれば私たちにとっての不可侵の領域が大きく広がっているか、もしくはあちら側の何らかの事情でこれまで行われてこなかった侵攻が積極的に行われているかだと思うわ」
そう、歯切れの悪い返答をした後、彼女は付け加えて言った。
「あなたのお父様の研究が何か影響しているのではなくて?」
その言葉を聞いて少しばかりの嫌悪感が顔に出たとは思うが彼女の言葉と最近の父の研究に対する現れには合致する部分も少なからず感じた。
少し黙り込んでしまったが、彼女自身、僕の前で父親の話をするのは一種のタブーであることは知っている筈だ。
そんな彼女から父親に関する話題が出たということはそれだけ「世界が滅ぶ」というニュアンスは彼女にとって曖昧な形であれ信ぴょう性の高いものとなっているのだろう。
そこまで察したところでこの部屋を去るタイミングも生まれた。
「そろそろ、お暇するよ。」
その言葉に対し姫先輩は僕を不快にさせたかもしれないという焦りの表情を受けべながら、僕を遮る形で扉に回り込み、僕に黒く先の尖ったペンデュラムを渡してきた。
「これはともくんが持っていて。」
このペンデュラムには見覚えがある。彼女が僕と出会った幼いことから肌身離さず持っていた大切なものであると記憶している。
「突き返したほうがいい」そうドクが僕に囁いてきたが、今日はそんなドクには逆らいたい気分だ。
そして何より、有無を言わさず渡そうとする姫先輩の強い眼差しに僕自身が気圧され、少しペンデュラムを握ってからは黙ってそれをポケットに入れた。
「姫先輩それじゃあ…」
部屋から覗く姫先輩に、少し距離をあけたところから彼女に聞こえるか聞こえないかわからないくらいの声で、僕は別れの言葉を口にした。
先輩とはいつもこんな距離感だが、ふとドクの目を気にして発言しているような自分が浮かんで嫌になる。
彼女との関係はこれからもこんなものなのだから、特に何かを気にせずとも良いというのに。