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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

危機俺シリーズ

危機的状況で示される人間性が最悪だった俺のその後。の、あと。

作者: 一集

『危機的状況で示される人間性が最悪だった俺の、その後。』の続きです。

前作をご覧になってから読むことをおススメします。



目の前をわいわいきゃいきゃいとチビたちがはしゃぎまわっている。

いつもの遊び場だ。


あのゴブリン騒ぎから少しばかり時間が経った。

俺の立場はなぜかあまり悪くなっていない。


確かに厳しく当たられることもあるけど、それ以上に優しくされることも多い。

後者の大半はここにいるチビたちの親だ。


今は元気いっぱい転げまわっているが、彼らの親が言うにはゴブリン騒ぎからこっち、彼らの怖がりは限界突破したらしく、一時たりとも親の姿の見えない所にはいかない。

足元に縋りついて、べったりもいい所だと言う。


唯一の例外が俺。

俺がいるときだけ、彼らは昔の元気を取り戻してこうして遊びまわるらしい。

そういうわけで俺は畑仕事を手伝うよりもチビどもの世話役を、と願われてこうしている。


でもな、あまりにもチビたちが元気良すぎるんだよ。

そんなわけで、最近は彼らの親の言葉の方を俺は疑っている。

子供を結果的に救った俺に対する親たちのお礼なのではないか、と。


この推論が合っているかはわからない、けど正解だとしたら一つ言いたいことがある。

畑仕事もチビどもの世話も、あんまりしんどさはかわんねーぞ…。


昔々、生まれる前より以前の俺は主導を取りたがる熱血少年だったけど、さすがにガキ大将をやって喜ぶ心境にはなれない。

むしろ死んでから熱血はどこかに置いてきた。

まあ、あんな死に方したんじゃ仕方ない。

そういうわけで、残ったのは臆病だけだ。


その臆病者に言わせてもらえば、この村は自衛策に乏しすぎる。

せめて柵で村を囲うくらいしようよ。

山間部なんだし、材料取り放題じゃないか。


と、思ったが、大人に言わせれば、柵にするくらいなら自分たちで消費するとのことだ。

日々の生活で手一杯で余力がないってことだな。


未来のために今を切り詰める。

その方が将来的には楽になると思うんだけど、切り詰められる今がないと言われると子供の俺にはなにも言えない。


しかもこの辺りには弱い魔物しか生息していない。

大人たちで何とか対処できてしまうから緊急性がないのだ。

その最たる例がゴブリン。


いや、大人たちはいいよ?

なんとかなるだろ?

でもぜひ俺たち子供の安全を考えてほしいね。


わからないでもないけどな、それだって大人が駆けつければなんとかなる問題だし?

だがしかし!


なんてだらだらと考えながら、夏休みのプール監視員のごとくチビたちを眺めていた。


ら、ふと視界にどんよりとしたものが映る。

森の方面に視線を向けながら、ぼんやりとここではないどこかを見ている少女の姿。


ここ最近よく目にする。


名をドナ。

俺の性格が激変したのと同じくらい以前とは別人の様相の彼女。


以前。

まあ、つまり、ゴブリン騒ぎのことだな。


彼女は元幼馴染たちと一緒にゴブリン集団と遣り合う為に踏みとどまった少女の一人だ。


大人しく優しい村長の孫娘ユリアと、勝ち気で快活でなおかつ面倒見のいいドナ。

村の少年たちの人気を二分する少女だった。


俺が臆病者の烙印を押された事件で大怪我を負って、外を出歩けるようになった今もドナは昔の元気を取り戻してはいない。

かたやユリアは攻撃的になったし、ドナは暗くなった。


ホントに、色々なものに影を落とした、イヤな事件だった。


ちなみに元幼馴染たちはあの後鬼気迫る表情で自主戦闘訓練に励んでいる。

そりゃもう毎日、余裕のないご様子だ。

よほど力不足が悔しかったのだろう。

無理し過ぎて体を壊さないといいけど。


最近では森にまで入っているらしい。

帰ってくるときはこの遊び場を通るからわかる。


毎回スゴイ目で睨まれるが、俺は恨まれていることを承知しているので気に障るようなことは何もしてない。

…ハズだ。


なぜか昨日はよくわかんないことを言われたけども。


「俺たちは必死に努力してる。…お前はいま一体なにをしてるんだ?」


いやいや、正直に答えたさ。

無視なんて以ての外だからな。


「えっと、…子守り中?」


質問の意図がよくわからなかったから最後がちょっと疑問符付きになってしまったが、それ以外に答えられる内容がない。


だがその答えはお気に召さなかったらしい。


アランの口からは歯ぎしりの音が聞こえるし、ユリアからはより剣呑になった視線が返ってきた。

おーこわ!


舌打ちを残して去っていく彼らに一言聞きたかった。

正答は一体何だったんだろう?


いまだ足が少し動かし辛そうなドナの出迎えを受け、今日の成果を話しながらゆっくりと歩いていく彼らはやっと殺伐とした空気を和らげ、笑顔がこぼれている。

やっぱり、子どもはそうやって笑ってる方がいい。


ええと、何の話だっけ?

ああ、そうだ。

つまり、ドナは森から彼らが帰ってくるのを待っているのだろう。


まだ体が本調子ではないドナは彼らの訓練については行かない。

そのことで落ち込んでいるのだと思う。

置いて行かれている現状は確かに辛いだろう。


いうて、どうにかなる問題ではないしな?

だが、少し気になるのも確か。


だって、その怪我には俺も一枚嚙んでるわけだし?

今だって俺が彼らに力を貸したとしてドナが怪我をしなかったかと聞かれたら答えはNOだと言えるけど、それは俺の主張であって彼らの言い分は別だろう。


特に当事者のドナからすれば恨み骨髄かもしれない。


なので余計に俺は彼女に声がかけられない。

謝るのもおかしいし、能天気に世間話なんてもっと気に障るだろう。


でもここには遠慮のないチビたちがいる。


「ねーちゃん、ドナねーちゃん!もうげんき?もう平気?いたくなーい?」

「おねえちゃん、いたいならおまじないかけてあげる!」

「…もう大丈夫だから」


さすがに自分より幼い子供たちの無邪気な声を無視はできないらしい。

言葉少なにでも、彼女は答える。


「じゃあさ!じゃあさ、いっしょにあそぼう!」

「もうへいきなら、あそんでー!」


きゃらきゃらとドナにまとわりつくチビども。

大人しく座っていたドナの背にぶら下がり、手をぐいぐい引く。

彼女の眉が困ったようにハの字になった。


そろそろ回収の時間か。

俺は重い腰を上げてチビを両脇に抱えて引きはがす。


「おいこら、大人しくしてろ」


無駄に背は高いが俺も子供には違いない。

暴れる幼児を捕まえておくのはなかなか重労働だ。


遊んでいると勘違いして腕の中で喜びまくっているチビに苦労しつつドナに目をやる。


彼女は警戒した目を俺に向けていた。

いや、何もしないよ?

むしろこの状況で一体何をできると?


「子どもたちの面倒を見させて悪かったな」

「…べつに、面倒なんて見てないから」


素っ気ない声で答えてからふいっとドナは俺から目を逸らした。

そんな彼女の目線を追うと偶然森から帰ってくるアランたちの姿が見える。


「ちょうどお出迎えの時間か」


ドナはすっくと立ち上がって、アランたちの元へと歩き出した。


「また明日な」


多分耳には届いていないだろうけど、俺はなんとなくそんな言葉をドナの後姿にかけた。


「ドナ!大丈夫か、今イサークが近くにいただろう!?」

「なにかされなかった!?あいつ、自分がドナにしたことを分かっててワザとやってるのね!怖かったよね、ドナ。一人にしてごめんね!」


…そうなりますよね~。


俺は責めるような視線に頭を掻く。

これ以上近付くなと威嚇されまくった。


でも自重しないもんね~。


俺は今日もチビたちをけしかける。


「ほら、ドナねえちゃんが寂しそうだぞ。仲間外れにされてると思ってるのかもな」

「ええ!ぼくたちなかまはずれなんてしないよ!」

「なら誘ったらいいんじゃないか?人数が多い方が楽しいだろう?」

「うん!そうだね!」


素直なチビたちがわらわらとドナを取り囲む。

戸惑うドナを余所にチビたちは勝手に彼女の周りで遊び始めた。


子どもの自分勝手な無邪気さに救われることもあるかもしれない。

あと、俺の子守りが楽になる。

ここ重要。


「イサークらしいというか何というか」


隣でシャルが苦笑してる。

なんだってんだ、一体。

俺に文句でもあるのか?


「ないない。あるわけないよ」


それでもくすくすと笑いを止めないシャルを俺は小突く。


アランたちは森へと訓練に出かけ、俺はチビたちを遊び場に放し飼いにして、チビたちは飽きもせずに反応の薄いドナにまとわりつく。


俺が近づけばドナは反射で体を固くするから、彼女にとって俺は本当にトラウマなのかもしれない。

それだけは素直に悪いことをしたと反省している。

なるべく刺激しないように遠くから見守ることにした。


アランたちはトラウマ原因である俺が近くにいるこの遊び場でわざわざ待っていなくてもいいと常々ドナに言い聞かせていたが、ドナはそれを譲るつもりはないらしい。

一緒に森に入れなくとも、一番近くにいたいのだろう。

健気なことだ。


嫌なことから逃げたくなるのは本能だと思うのだけど、アランやドナは立ち向かっていく。

別に逃げたっていいじゃないかと思う俺とは根本から違うのかもしれん。


そんな毎日が繰り返され、そうしてドナは段々とチビたちに柔らかく接してくれるようになっていった。

昔のような気風の良さはないけど、穏やかな表情が増えてきたと思う今日この頃。


いい傾向だ。

このままゆっくりと傷を癒してくれるといいのだが。


そんな折のこと、ヤツが現れた。

ひょっこりと顔を出すくらいの気軽さで現れたそいつの名は、Gもとい、ゴブリン。


多分森からふと迷い込んでしまった、撲殺される運命の憐れな害獣だ。


憐れな…。

いや、最終的に殺されることに変わりはないのだろうけど、この集団にとっては『憐れ』なんて言っていられない。

なにせ、つい先日襲われたばかりだし。


恐怖の権化。

絶望の体現者。

そう言っても過言じゃないだろう。


「ん、ぎゃああああ――――!」

「うえ!あああ、おかあさ、おとーさん!」

「っひぃいいいい!」


パニックだ。

前回より酷いかもしれない。


恐怖のあまり白目を剥いてるのもいるくらいだ。


俺は仕方なしに完全に自失しているチビを拾い上げる。


「にいちゃん!イサークにいちゃん、にいちゃん!!」

「こわい!こわいよおおおお!」

「たすけてえ!」


それを見たチビたちがわらわらと俺に群がってきた。

ぎゅうぎゅうと恐怖に比例して必死にしがみ付いてくるチビたち。

まて、くるしい、身動きがとれん!


「と、とにかく、動けるなら誰か大人を呼んで来い!」


むしろこの騒ぎだ、呼びに行かなくとも大人たちがすぐに駆け付けるだろう。


本当の所、ゴブリン一匹に子供たち無数。

ゴブリンに勝ち目はないのだけど、チビたちはそれを考えられる状況じゃない。


パニックに歯止めをかけるためにも、行動を促した俺の言葉。

しかし予想外の答えが泣き叫ぶチビたちから返ってくる。


「いやだああああ!にいちゃんのそばがいい!ここにいる!!」


なぜに!?

逃げた方が安全だろうが!


「いっしょ、に、イサークおにいちゃんといっしょにいるぅ!う、う、うええええ!」


恐怖に引きつり過ぎて嘔吐いてるくせに。


「イ、イサーク」


同年代のシャルも俺の服をぎゅっと握っていた。

おい。


「ご、ごめん。でもやっぱり怖い。君がいないと、立っていられそうにもない」


俺は空を仰いだ。

こりゃあかん。


ゴブリンは目の前の阿鼻叫喚に圧倒されて、むしろ怯えているそぶりだ。

うん、俺も突然こんな状況に遭遇したらそうなる。

わかる、わかるぞ、ゴブリン。


深くため息を吐く。

よし、取りあえずこのパニックをどうにかしよう。

怖くてもいいから、多少の冷静さを保てる人間が必要だ。

そう、俺のように。


「シャル、周りを見てみろ」

「え」

「どうだ、大混乱だろう」

「…まあ、そうだね」

「目の前のゴブリンは怖いな?」

「う、うん」

「でもお前よりもっと怖がってるのがたくさんいる」


ほれと俺は腕の中のチビを見せた。


「自分より怖がってるヤツがいたら、守ってやらないと」


だって俺たちは臆病者だからな。


「どれだけ怖いのか、一番よく知ってるだろう?」


シャルは少し考えてから深く頷いた。

俺の服を握る手はまだ震えていたけど、彼は自分でその手を離す。


「そうだね。この前のイサークがそうだった。怖いけど、でももっと怖がってる僕に手を差し伸べてくれた」


んん、あらためて言われるとなんか恥ずかしいものがあるな。


頼りなさそうな枝を拾い、シャルが前に出た。

それだけでちょっとプレッシャーが減った気がするから不思議だ。


シャルの行動に気付いた幾人かが少し静かになった。

相変わらず喚いてるチビを見て、俺を見て、それから俺から手を離す。


パニクってるチビの手を取って、ぎゅっと握る。


「大丈夫だよ、怖いけど。がんばって守るよ」


おお…なんか、感動する。

臆病者にだってできることはある。

臆病者だから、これが精一杯の勇気なんだとわかる。


決意で強く手を握られたチビたちも、ゆっくりと混乱を収めていった。

ひっくひっくとしゃくり上げる声だけがパニックの余韻。


事の顛末は特に語ることはない。


俺は相変わらず活躍なんてしなかった。

臆病な仲間たちも、ゴブリンを倒すような勇気はない。


すぐに駆け付けた大人たちが退治してくれた。


大人たちの一方的な虐殺、いやゴブリン駆除にみんなが気を取られている時に、俺はふと一言も声を上げなかった人物がいたことに気付いた。

目を向けると、最初に座っていた場所から一歩も動いていない。

臆病者の俺たちと違って、さすがの胆力というほかない。


それでも、大丈夫かと声を掛けるのは義務だろう。

そう思って俺は彼女に近づく。


「ドナ?」


だが俺は戸惑いの声をかけてしまった。

近付いて初めて見えた彼女の顔色は悪い。


蒼白だ。

しかも汗が尋常ではない。

呼吸も浅く、苦しそうに喉が鳴っている。


あ、こりゃあかん。

過呼吸だ。


「ドナ、俺の声が聞こえる?」


見開かれていた目が俺を捉えた。

何かを言おうとしたらしいけど、声にはならない。

頷くことで答えてみせた彼女は根性がある。


「落ち着いて。俺を見て。俺に合わせて息を吐いて、細く長くだよ」


つい息を吸おうとするドナを宥めながら声を掛け続ける。

生理的な涙が滲んで、目だけが助けを訴えてきた。


「わかってる、苦しいな。大丈夫、すぐに良くなる」


そうこうしている内にドナの呼吸は落ち着いてきた。

ぐったりとした彼女はきっと大嫌いな俺にもたれ掛かっている事にも気付いていないだろう。


というか、そうか。

ドナだって人間だ。

チビたちよりよほど深く、実際にその身に命の危機を刻みつけられたんだ。

こわくないわけがないよな。


ああ、自己嫌悪。

俺はやっぱり彼女を見捨てたと心の底で思ってたらしい。

アランたちみたいに五体満足ならいざ知らず、生死をさ迷うような体験をさせてしまったドナには罪悪感があったんだ。


英雄さまだから大丈夫、なんて言い訳して見て見ぬ振りをしてたのは俺の方か。


まだ小さな少女だ。

守られるべき人間だ。


「無様だって、思ってるでしょ」


俺の肩でドナが顔を埋めたまま言った。


「逃げ出すあんたを散々罵ったくせに、今のあたしは逃げる事すらできない」


おおう、これ正解はなに?

どう答えたらいいの!?


「…情けない」


あ、すいません。

前世から臆病者で。

なおかつ女心がわかった試しがないヘタレ野郎です!


「あたし、こんなに弱かったの。情けない、恥ずかしい、アランたちに合わせる顔がない」


…そんなことないと思うけどなあ。

そうは思うものの、ヘタレ野郎は何を言えばいいのかわからず、結果無言になった。


「う、うう、っ」


ドナは俺の肩で小さく嗚咽を漏らす。


泣いてる女に勝てる男はいない。

事実だね!!

真理だね!!

真実だね!!!


俺は結構な時間、金縛りにあったように身動き一つしなかった。

俺は石像だ!と自分に暗示をかけた効果である。


心の中で、こんな時にどこに行ってんだ、アランは!と八つ当たりをされていたアイツもとんだとばっちりだろう。


その間にチビたちは親に連れられて遊び場を後にした。

もちろん俺たちに目を止めたけど、俺がひらひらと手を振ればわかったと頷いてそっとしておいてくれた。

大人たちはドナの状況を最初から知っていたのかもしれない。


俺には両親はいないし、ドナの両親は狩人だ。

ついでにアランたちも森の中。

つまり日中は村にいない。

そんなわけで俺たちは時間を悠々と使うことが出来た。


呼吸と同じように、ドナの嗚咽も次第に落ち着いてくる。


「…ごめんなさい」


小さな声がそう言う。


「なんで?」


ドナがあやまるのか。

なぜあやまるのか。


心底わからない。


「情けないところ見せた。あと、八つ当たりと泣き言に付き合わせてごめんなさい」


…そこ、あやまるところなんですか。

そうですか。

俺には一般常識がわからない。


「なら、俺もごめん」


アランじゃなくてごめん。

元凶に慰められるとか、屈辱だろうし。

マジごめん。


そう言ったらがばっとドナが顔を上げた。


え、なに。


「…そんな風に思ってたの?」


泣きはらしてもさすが村を代表する美少女。

少しも見苦しくない。


「え?」

「元凶って…そんな風に思ってたの?ずっと?」

「…ああ、そりゃ、まあ…うん」


ドナが以前を思わせる少し強い目線をくれた。


「あんた、思い上がりすぎ」


おおう、ぐさっときたー!

いや、俺も少し前まではそう思ってたんだよ!

俺程度がいたって何も変わらないって。


でもさ!

女の子泣かせるのは違うだろ!


「なにそれ。…ふふ、あんた、おかしなヤツね」


少し目線を和らげたドナは普段が少しきつめの顔だから余計にどきっとくる。


「ほんとは、あたしも恨んだ。あんたが居たらあたしはあんな目に合わなかったんじゃないかって」


少し眉を下げて、困ったような顔で告白された。

当然だと思います!


「でも、森に入るのが怖くなって。あんな弱いモンスターが心底怖くて。怪我が治ったのに、治ってないふりして誤魔化し続けてる自分が情けなくて」


そういえば、森から帰ってくるアランたちは、ドナに回復したら一緒に行こうと何度も言っていた。

奴らは気を遣ってるつもりだったのだろうけど、ドナにはプレッシャーだったのかもしれない。


「毎日、言い訳しながらここに居た」


なんと言うか、不健康な葛藤だな。


「ここでは、あんたがよく視界に入った」


ちらとドナは俺を見る。

お目汚し失礼しました。


「それから、子どもたちを見てると自分と同じなんだってよ~くわかった。あの子たち、森が怖いのよ。物陰も、風の音も。だから少なくともここにいる時、あたしは一人じゃなかった」


つまり怖がり仲間?

よかった、…のか?


「それでもあの子たち、こんな森に近くて、影も多くて、葉の揺れる音もするこの場所で遊ぶの。あんたがいるからよ、イサーク」


そ、それはどうかなあ?

あいつら怖がりだけど、健康体だから元気有り余ってるし、単に怖いより遊びたいのが勝っただけじゃ…。


「心の底から思ってるんだと思う。イサークがいれば大丈夫だって。ほら、今回もあんたの傍に集まったじゃない?」


俺は曖昧に笑い返した。

絶対に違うと思う。


みんな俺がどんだけ臆病か知ってるはずだし、俺の傍にいても俺には状況を打開するような力がないことも知ってる。


「あの子たち見てたから、そのうちあんたの事、あんまり恨めなくなった」


自分が怖い思いをしている時、他の誰かを助けてた人がいる。

それは全幅の信頼を寄せるほど圧倒的な救いで。

救われた子供たちに、今度は自分が救われている。


だから自分を支えていた恨みは薄らいで、自分は弱くなったとドナは言う。


「でも、正直やっぱり思っちゃうんだ。怖い思いをしてたのはあたしだって同じなのに、なんであたしは助けてくれなかったのかって」


そう思うのは普通だ。

俺だって思った。

前世に、散々思った。


「今日、消えちゃったけどね」


え?


「イサークは、自分より怖がってる人がいたら助けるんでしょ?」


ええと、助けられるかはともかく、助ける努力はするね。

怖いけど。

怖いから。


「あたし、怖がりみたい」


うん?


「認めるの恥ずかしかったけど、認めたらイサーク守ってくれるみたいだから、認める」


じっと目をのぞき込まれた。

思わずのけ反る。


「守ってくれるでしょう?」


ドナが詰め寄る。

のけ反るには限界があった。


「女に恥をかかせる気?」


少し強めの目線が俺を睨んだけど、まったくもって怖くない。

俺は諸手を上げて降参した。


ふっとドナが笑う。


「ごめんね、でも少しだけ付き合って。あたしが頑張れるように、背中を押してね」


ドナはいい女になるんじゃないかと思った。


翌日、遊び場に連れてこられたチビたちはいつも通りはしゃぎまわってる。

親たちから何故か感謝された。


どうやら極度の怖がりが若干解消されたらしい。

両親べったりが改善したとのこと。


いや、俺じゃないよ?

全然心当たりないからね!


「イサークおにいちゃん!」

「あ、リン、ずるいぞ」


がばっと足にしがみついてくるチビども。

…なにも変わってない気がしますけど?

彼らの親をちらと見たら、苦笑された。


でもチビたちはもう大丈夫そうだ。

俺の姿が見えなくても特に取り乱すような様子はない。

シャルの一人でも置いておけば安心だ。


「イサーク、ひどい!」


良いように使われたシャルが背後で叫んでいたけど、聞こえない。

俺はなにも聞こえない。


だからドナに付き合って俺は森に足を踏み入れるようになった。

本当に少しずつ、震える足で一歩一歩進むドナは痛いくらいの力で俺の手を握ってくる。


文句は言わない、俺、男の子だからね!


ドナは自分を俺と同じ臆病者だというけど、俺はやっぱり英雄の一員だと思った。

怖いことに立ち向かうのは俺には出来ないことだと思うから。


ドナが普通に森に入れるようになるまで長い時間が掛った。

ゴブリンに対峙できるようになるのにはもっと時間が掛った。


けど、ドナは確実に恐怖を克服していった。


もちろんアランたちには内緒だ。

俺が関わってるなんて知ったら激昂ものだろうし、ドナはこんな姿は知られたくないと言っていた。


そうして俺は口にする。


「もう大丈夫だろう?」


ドナは少し心細そうな顔で俺を見た。


「アランたちと、もうきっと一緒に歩けるはずだよ」


一緒に駆けて、一緒に強くなって、高みを目指す。

ドナはきっとそれができる人だ。


日課になった俺とドナの森の散策は終わり。

ってか、俺は何もしてないけどね!

本当に付き添ってただけだし。


森に入っていくアランたちが向こうに見えた。

これからは彼らと行くんだ。

俺と違って、共に戦える彼らと。


俺はドナの背をとんと押す。


「さあ、行って」


かわいい女の子と接する機会がなくなるのは残念だけど、まあ俺にはチビたちの世話がある。


ドナは一歩を踏み出した。

一歩、また一歩。

そのたびに彼女は一度俺を振り返る。


少し笑ってしまった。


「大丈夫だよ、ドナ。今の君なら心配いらない」


そりゃあもう、俺には太刀打ちできないくらいにドナはあっという間に強くなった。

最近はゴブリンなんて瞬殺だ。

ちなみに俺にはとてもじゃないができない。


励ましの言葉は不正解だったらしい。

ドナは少しふくれっ面になった。


方向性は悪くないと思うんだけどな。


ん~、自信を持て、とどういえば伝わるかな。

俺は少し考えて、悪戯を思いついたみたいな顔で笑った。


「今度危ない目にあったら助けにきてね。きっともう、俺の方が怖がりだから」


正解か不正解かはわからないけど、ドナが弾けるように笑ったからそれでいいだろう。


「わかった、必ずいく。助けてあげる」


ドナは何かを吹っ切ったように駆け出した。

もう一度だけ振り返る。


「イサークがあたしを助けてくれたみたいに!」


ぶんぶんと手を振るドナに、小さく振り返す。


いってらっしゃ~い。


さて、と俺は伸びをして久々に遊び場に足を向ける。

俺の姿を見つけたチビたちがわらわらと群がってきた。


うん、やっぱり子供は元気が一番!






過呼吸。三度ほど経験したことがあります。死ぬかと思いました。



単発のつもりでしたが、続きを思いついたのでシリーズ化してみた。

好きに書いて楽しかったです!(小並感

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― 新着の感想 ―
[一言] うあー、見つけてしまった、何この面白さ!!好きです(小並感) 異世界転生ものによく有るモンスターを滅してヒーローになる描写も好きだけど、こっちのほのぼのヒーローと言うか主人公補正の無い身近に…
[一言]  ひとまず森の出口の木に絡める形で鳴子設置とかなら資材も縄位いしか使わずに(鳴子本体は子供たちに木片で作らせれば)簡単にできますね。  あ、そういえば村近隣に竹があるなら柵も簡単にできます…
[一言]  さすが年の功、なにかロックオンされてるようだがw    主人公の両親はモンスターに殺されてるんだで大人も安全では無かろうに・・・本当に余裕がないんだな。  まぁたかが柵とはいえ、作ろうとす…
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