真夏~朝
世間的には夏休みが始まった頃の朝、俺は庭で洗濯物を干していた。単純に一人分増えた洗濯物には爽やかなところで白いワンピースから生々しいもので黒レースの下着まで様々。しかし、小春さんに毒された俺が今更そんなもので取り乱すわけもなく、わりと飄々と様々な家事を変わらずこなしていた。
そんな俺の様子を見て千秋さんは、『つまんない』って言ってたな。まぁ、そんな事知ったこっちゃないけど。
夏真っ盛りでプールや海水浴場は連日大賑わいらしい、懸念されていた計画的断水も何とかなり煩わしい日々を送らずにすんだ。ジメッとしたまとわりつく暑さは鬱陶しいけど。
「はぁ、やっと終わった」
「お疲れさまね」
「小春さんも一応触れるんだし手伝ってくれてもよくないですか?」
「働きなさい若人」
「うるせ見せかけ若人」
背中におぞましいオーラを感じながら、打ち水の用意を進める。進めるといっても、ただバケツに水入れて柄杓を持ったら完了だけど。
玄関から外に出て少し憂さ晴らし気味に思いっきり撒く!
「冷たっ!」
「…………すみませんでした」
そこには猫のシルエットの描かれたに薄めのパーカーと短めのスカート、そしてそれらが水でべちょべちょになった秋山さんが苦笑いで立っていた。
一緒に持っていたトートバックは辛うじて助かったみたいで、それだけでも少しは救われるだろう。
「タオル持ってきます」
「……うん」
小走りで脱衣所から大きめの白いタオルを持って戻ってくると、そこには苦笑いで済ましてくれた秋山さんとは対極の顔をした……誰かがいた。
あきらかに天然のものではない金色のストレートにピアス、少し漂ってくる薬品の臭いに少し不快感がました。この格好からいく俺の天敵に部類されること間違いなしだ。
強気そうにつり上がった両目できつくにらまれる、秋山さんの知り合いらしい。
「悠里に呼ばれて来てみたら、何で悠里はびしょ濡れな訳?」
高圧的にそう訪ねてくる。
「打ち水してたらたまたまかかってしまいまして」
「言い訳になんねぇよ!」
そんなキレんなよ。誰か知らないけどお前が被害被ったわけでもないし、友達が酷い目に遭ったからキレるなんてのもおかしな話だ。
痛みは受けた本人しかわからないし、怒りや悲しみなんて感情は本人にも理解できてないことだってある。
本人すらもわからないのに他人がわかるわけがない。しかし周囲の人間は本人のために怒り笑い涙する、理解できてない本人からするとそれが正解にみえてしまうだろう。わかったつもりは間違いを植え付けることに他ならないのだ。
「あっ、タオルありがと」
「こちらの方はどちら様ですか?」
「元クラスメートの名前も覚えてねぇのかよ」
何故にそんな高圧的?
てか明らか不機嫌そうだし、秋山さん無理矢理つれてきただろこいつ。無理強いなんてしたら八つ当たりが俺に来るじゃないですか迷惑だなこの野郎。
「星月冬華。で、何でお前がここにいるわけ?」
「ここ俺の家ですし」
「どう言うことだ悠里?」
「水瀬君の誤解を解くために連れてきたの」
余計なことを。別に俺はこいつに誤解されてようとされてまいと、どうでもいい。嫌われるのは慣れっこだし誰かに傷つけられるなんてのは当たり前だ、だから俺はその辺のことを見限っているだけのこと。
いつだって限られた手札で最善を選んできたに過ぎない、だから俺の今の現状も最善の結果だ。それを誤解とかわかった気でとやかく言われる筋合いなんて無い。
「誤解って文化祭のことか?」
「うん」
「でもあれはこいつが悪いだろ」
「だからそれが誤解なんだってば」
余計なお世話もいいとこだ。こういうタイプの奴は、人に優しく出来る自分を見て『私にはまだ人を気遣える余裕と立場がある』と認識したいだけだ。
よく人の為と書いて偽と言うが、なら人の為の善意で偽善と読むのだろう。自分の善行が正しいと信じて疑わず、自分は清い人間だと、人の為に何かを出来る素晴らしいは強い人間だと思い込む、偽善者はだから迷惑なのだ。
「水瀬君も本当の事言ってよ」
「誤解もなにも、事の解はあの場所で決まりましたし」
「えっ、ちゃんと弁解してよ」
そう、あの場所じゃあいつだって集団が正しくて集団が偉くて、誰かといることを煩わしく思うことですら罪なのだ。グループはお互い身の潔白を証明しあい、時には嘘をつく。その理由は『友達』だからだろう。
自分のグループのメンバーが面倒事を起こせば多祥なりと、理不尽な火の粉も降りかかることだってある。ならいつも一人で、こいつが悪くても自分は損も得もしない奴を犯人に仕立てあげるなんて、高校までの九年間で誰もが学んできたところだ。
学校と言う勉学の場に頭の悪いやつの居場所があっても人付き合いの悪いやつに居場所は無いのだろう。
「クラス劇の道具も背景も、使えないほど酷くドリンクを溢したのは俺ですから」
「悪びれるきなしかよ」
「たかだか高校の文化祭ごときで、俺は反省も後悔も、感動も何も感じませんよ」
「皆が一致団結して時間懸けて作ったもの全部無駄にしたんだぞ」
金髪が凄む、がベクトルは違えど小春さんを体験した俺に恐怖なんて欠片もない。
「その皆に俺は含まれてましたか?」
「なに図々しい事言ってんだよ!」
「所詮星月さんの言う皆ってのは、俺みたいに馴染まなかったやつや意図的に省いたやつを除いた皆でしか無いんですよ」
金髪の顔がみるみる内に赤くなっていく。沸点が低いことこの上ない。隣の偽善者以上の馬鹿だな。
俺の蔑む冷ややかな視線にやっと気づいたのかさらに機嫌を悪くした。中途半端に偽善者をやってるだけあって、ここで仲裁に入れない秋山さんは俯いて顔が見えない。まだ水気でしっとりしてる服の裾を強く握ってるのが見えた。
「一致団結ですか。辞書貸しましょうか?」
「どういう意味だよ」
「こっちはやりたくもない学校行事に無理矢理付き合わされて迷惑してんのに、楽しむのはお前らだ。それなのに一致団結ですか? 頭湧いてるんじゃないですか?」
「そんな自分勝手通じる分けねぇだろ」
「星月さんもとい、貴女方が人に言えたことじゃないでしょ」
「……もういい帰る。悠里もこんな餓鬼放っておいて帰ろ?」
そうだそうだ、俺みたいなやつ放ってさっさと帰れ。
依然として俯いたままだった秋山さんは、金髪が手を掴むとそれをあろうことか振り払った。こいつは何してるんだよ。
「何、悠里はまだこいつの肩持つっての?」
「冬華が思ってるほど、水瀬君は悪い人じゃないよ」
「はぁ!?」
「ちょっと前に水瀬君も話す機会が会ってさ、それなりにいじめられる原因作ったのに普通に接してくれたもん。そりゃ水瀬君からしたらたかが文化祭かもしれないけどさ、私の事恨んでると思ってたからちょっとだけ救われた」
顔をあげてやっとなにかを言ったと思えば、また事態の終息を遠退けるモノだった。何かの覚悟を決めたのか、少し勢いが空振りしていて滑稽に見える。
梅雨のあの日、俺からすれば確かに秋山さんへの怒り的なものは何もなかった。全部終わったことだ、真実も犯人も多数決で決まるんだからしょうがない、だから一連の出来事について考えるのをやめていた。
しかし、秋山さんは違うらしい。きっと明確に恨まれたと思えることは今回が初めてなのだろう。経験がないだけ、だからどういう風に風化させればいいかしらない、それだけの話。
だから彼女の台詞は優しさではない、無知の取る愚行だ。
「なんで悠里が恨まれんのさ」
この場を終息させつつすべて丸く納める方法。俺の立場の関係で限られた手札の中からそれを切るとすればきっと、アレしかないのだろう。
大丈夫、元から嫌われてるからプラスマイナスゼロだ。
「安心してくださいよ秋山さん、俺は秋山さんの事恨んでません」
「……よかった」
「恨む程俺の眼中に秋山さんはいませんから」
真上から照りつける太陽にもうじき昼だと告げられたような気がする。まだやらないといけない家事は沢山あるんだ、早くこの話を終わらせよう。
《続く》