盛夏~昼
昼に差し掛かると、真夏の炎天下を極めた。唯一の救いだった扇風機の前は千秋さんに陣取られ、俺は仕方なく団扇を使って何とか涼を取っていた。
小春さんはそんな暑さに苦しむ俺なんて知ったことじゃないと言わんばかりに縁側で少し不機嫌そうに座っていた。千秋さんに小春さんは見えない、だから何時ものように湯飲みを持てばそれはたちまち怪奇現象になる。千秋さんは昔からそう言う心霊系が大の苦手だ、もしポルターガイスト何て見つけたら、それこそ大騒ぎだろう。
彼女の声はよく通る上に本物の悲鳴だ、誰か駆けつけてくるやもしれん。とにかく一言で表すなら面倒事になること請け負いと言うことだ。一人暮らしの男の家から女の悲鳴なんて洒落にならん。
「なっちゃんは一人暮らしで寂しくない?」
「全然」
小春さんて言う同居人も居るし、今はもう大して寂しくない。
「無理してない?」
「してません」
「えっとさ、なっちゃんはまだ子どもなんだから少し位甘えても誰も文句ないと思うよ」
「子どもって、歳だけで言ったらそろそろ十七ですよ。いつまでも子ども気分でも居れませんから」
そう、出来ることなら自分が子どもとして堂々と振る舞えていた昔に戻り、そこからは一秒たりとも進みたくない。よくよく考えればあの頃の方が今より自由だったし、何より知りたくないことを知らない振り出来た。
無意識に落としていた視線を戻すと、千秋さんはこっちを真っ直ぐ見ていた。時刻はいつの間にか午後三時を回り、そろそろ夕食の準備をしないといけない。
あっ、小春さんの飯どうやって食べてもらおう?
「ところでさ」
「はい?」
「私がいつまで泊まるか言ってなかったね」
「そうですね、いつまで泊まるつもりですか?」
「いい物件が見つかるまで」
「実家出るんですか?」
「まぁ、さすがに実家から大学通うのにも限界感じてきたし」
あぁ、そう言うこと。つまり宿泊期間は不明と。
「で、もしよければここに住ませくれない?」
「…………」
俺個人で考えると確実に拒否なのだが、おばさんにはなにかと世話になってるから断りにくい。でも千秋さんがここに住むとなると今度は小春さんの生活が脅かされるわけで……あれ、俺の事情どこ行った?
まぁ自分の事情なんて世間は誰も気にしないからな、俺だけは自分に甘くいよう。
「私は別にいいわよ、その代わりしっかり彼女に説明してくれるなら」
「はぁ。ここに住んで貰ってもいいですけど、幾つか理解して欲しいことが有ります」
「うん」
「単刀直入に言うと、この家には亡霊が住んでます」
「ちょっ、私そう言うの苦手って知ってるでしょ?」
「ふざけてる訳じゃ無いんです」
苦笑いだった顔がかなり強張ってる。人に嫌なことをされるのはよくあるがその逆は初めてかもしれない。あんまり気分はよくないな。
それでもこの話しは続ける必要がある、それは小春さんからの条件で、俺もそれを知っといて貰えるとかなり生活が楽になる。もしかしたらこの話のおかげで、出ていってくれるかもしれない。
とにかく話して俺に損はないのだ。
「小春さんって呼んでるんですけど、別に悪い人じゃないですよ」
「そっそもそも人じゃない」
「そこはつっこまない。でですね、小春さんは基本縁側でお茶飲むだけなんであんまり怖がらなくても大丈夫です」
「……なっちゃんとなら怖くない?」
「俺とじゃなくても怖くないですから」
「うぅー」
千秋さんが頭を抱え唸りながら考えること十数分、俺望んだ答えになることを俺は願い続けた。
「なっちゃんはさ、私と暮らすのが嫌なの?」
「えっ?」
「だってそんな事まで言って、本当は一緒に住みたくないだけだよね」
まぁ、そうなるわな。予想通りいい顔はされなかった、それでも話しておかないといけない事は、この世の中にごまんとあるし、人の顔色を伺ったせいでミスを犯したらそれは、誰のせいでもない自分のミスだ。
だがそう言うやつに限って誰かのさいにする、隣の席の奴が、皆が、社会が、自分がいつも悪いなんて事はないがいつでも悪いなんて事もない。だから他人のミスを被せられても黙っていた俺は、結果的に悪者なのだろう。
「違います。確かに千秋さんの事苦手ですけど、今となっちゃ俺を家族って言ってくれる数少ない人の一人ですから」
「…………」
「信用はしてません、ですが信頼は多分誰よりもしてます。だから千秋さんには打ち明けました、この家には小春さんが人間と変わらない暮らしをしてると」
「でも私には見えないし」
「そろそろ夕食ですね、その時に見せますよ」
俺はそれだけ言い残し台所に向かった。
見えるものが全てじゃない。俺はそれを知って見えないものも大切にしようと思った、でもそれは見えるものを蔑ろにしていい理由にはならい。
人間の見えるモノ全般と、俺にしか見えない局所的な者。俺はどちらも見てしまい、知ってしまった、ならもう知らない振りはしないと誓った。自分の思考を理論的に整理し、合理性だけを求めたつもりがかなり感情に流されている。織れも何だかんだで人間なんだな。
食材を切り分けながらそんな事を考え料理を続けた。