盛夏~朝
梅雨も明け、本格的な夏が三日ほど前から始まった。高温多湿なこの季節は冬以上に苦手な季節だ、何よりテレビが一年で二番目に面白く無くなる。一番は卒業式と入学式の辺り。
世の学生どもは期末試験に挑むか惨敗するか、そのくらいの時期で、俺は毎年この時期がそういう意味でも好きじゃなかった。テストは別にいい、普段から勉強してる俺には通過儀礼的なものだし、結果が目に見えると言うのはありがたい話だから。しかしその結果を打算と利害勘定でつるむ仲間と笑いあってる奴をみるのが嫌なのだ。
やべぇだの、勉強してない宣言だの、どうでもいいし聞いてて痛々しい事この上ない、勉強してないから点が低いのは当たり前とでも言いたいのか? バカと思われたくないなら勉強すればいいのに、本当に訳がわからない。
そんな自分は馬鹿じゃなくて勉強してないだけのリア充アピールを聞かなくていいと思うとやはり、気分がいい。彼らの会話は聞いてて何の意味もないものが多すぎる。あと声でかい。
無駄に騒ぐのはきっと、自己顕示欲とかの現れみたいな心理学的なものじゃなくて、単純に騒いでる自分が好きなだけなのだろう。『仲間と騒いでる俺は最高に青春してて誰よりも個性的に輝いてる』と勘違いしてるだけだ。学校には個性の意味を履き違えた奴が多すぎる。
とはいえ、そんな奴等を見て少しも羨ましくないと言えば嘘になる。そんな頭ではどうしようもないと分かってるものさえ羨ましくなるのだ、だから俺は青春学園モノのアニメは見れない。
「まぁ、異世界テンプレも嫌いだけど」
「何ぶつぶつ言ってるの?」
「一人言です気にしないでください」
「一人で話すんだったら私の話し相手にならないかしら?」
夏の直射日光の当たる縁側で汗一つかかず、涼しげに微笑む小春さんは、所謂亡霊だ。亡霊だからで片付けれる物事はかなりあるが今回も例に漏れず、小春さんは亡霊だから多少の暑さなんて関係無いのだろう。
しかし亡霊の癖にエアコンの冷暖房は嫌いなのだ。本人曰く、エアコンと部屋をどんなに掃除をしても埃っぽい臭いのする不快な風、らしい。その癖して扇風機はいけるのだから、完全に個人の好き嫌いだ。
そして今日も今日とて、俺はその弊害に見舞われ、取り分け苦手な暑さに扇風機で対抗している。扇風機は直に風がきてチラシ見たりしてると鬱陶しいんだよ。
「そんなぐったりする程暑いかしら、今日」
「今日って言いますか、これからって言いますか、夏本番ですから暑いに決まってるじゃないですか」
「なら打ち水でもすればいいじゃない」
「今年のこの地域は予想以上に雨が少なかったみたいで、計画的断水あるかもで、我が家も水を貯めてる途中ですよ」
「ふーん、大変なのね」
最悪、九州のお婆ちゃんの家に避難しよう。どうせ近所付き合いもないし二ヶ月くらい家開けても問題ないだろ。そうなると小春さんなんだけど、家から出たとこ見たこと無いな。
「小春さんって家出れるんですか?」
「それは疑問、それとも出ていけって言う皮肉かしらね?」
「疑問ですよ」
「まぁ言われても一人じゃ出てけないけどね」
「まるで誰かとなら出ていけるみたいな言い方ですね」
てかそれなら最初に答え言えばいいのに。でもこの顔は確信犯だな、俺が追い出さないことを確信しておいて少し皮肉を言ってきたに違いない。
「貴方とならどこまでも」
「うわぁ、感動的ですね。で、真面目に答えてください」
「無粋ね、淑女の事をそんな風に根掘り葉掘り聞き出そうとするなんて」
「ハイハイ。で、どうなんですか?」
「貴方とならどこまでも」
「あっ……やっぱもういいです、無限ループしそうですし」
まぁ、避難は最終手段だし今は気にしなくていいか。それより今は生活用水の確保を優先すべきだな。
「ねぇ夏輝」
「何ですか?」
「どうして千秋が家の前まで来てるのかしら?」
「はい?」
「直ぐそこまできてるわよ」
なぜ千秋さんが俺の家に来るんだ。てかあの日との家ってわりかし俺の家から遠いはずだろ、考えられる理由としては幾つかあるが、取り敢えず俺の天敵がそこまで迫ってきてるらしい。
母方の叔母さん家の一人娘な千秋さんは、本人やその周囲曰く妹や弟のいる生活に憧れてたらしい。そしてその憧れの当て付けは歳の近い俺に来るわけで、俺は猫なんかと同じで急に動かれたり話しかけられたりするのは本当に苦手なんだ。
そんな俺からすると、弟分に巡りあえてテンションマックスな彼女は天敵と言わざるを得ない。
「どうすっかな、隠れるにしても玄関に靴置いてあるし、居留守するにも俺が出掛けてるわけないしあの人この辺でも妙に有名だし」
「出迎えたらどうなの?」
「それは俺に致命傷を負えと捉えてもよかですか?」
「親戚なんだから別にいいじゃない」
小春さんはその立場だから軽く言えるんですよ。俺なんてもう胃に穴が開きそうなのに。
そんな俺の苦悩もいざ知らず、インターホンは鳴らされ玄関からは『なっちゃん遊びに来たよー!』と、トラウマボイスが響いてくる。
いよいよどうする事も出来ず、半分泣きそうな気持ちで玄関を開けた。そこには白を基調にしたトップスに薄い桃色のサマーカーディガンと、膝上丈のスカートにパンプスを吐く俺の天敵、不知火千秋さんが目を爛々と輝かせて立っていた。
旅行鞄を両手で持ち、相変わらず大きなそれを強調するような体勢なのが少し腹が立つ。茶色い流れるような長髪や、穏和そうな顔立ちから、きっと彼女に油断を見せる人も多いのだろう。
「久し振りだね」
「お久し振りです」
「もぉ、弟がお姉ちゃんにそんな堅苦しい言葉遣いじゃ可笑しいでしょ」
「従姉ってだけで別に弟じゃないですし。てか急になんですか、来るなら前もって言って貰わないと困ります」
「まぁまぁ、そんなに怒らないで。サプライズの方が喜ぶかなって思っただけなの」
どんだけ自信あんだよこの人、急にこられても迷惑なだけで嬉しくもなんともないだろ。なのにまるで自分がサプライズプレゼントみたいな言い方しやがって、そう言うとこも苦手なんだよ俺は。
「それでいつまで泊まるつもりですか?」
「つもる話しは後にして、お姉ちゃんがお昼作るよ!」
「昼は食べないことにしてます」
「ちゃんと三食取らないと体に悪いよ」
「お気遣いどうも」
「とにかく早く家入ろ?」
千秋さんに背中を押され家に戻されていく。俺の夏の始まりは天敵と合間見え始まった。